三人の編入生
放課後、花神楽高校の屋上に隆弘・テオ・ノハの三人の姿があった。
床に広げた菓子袋に手をのばしながらテオが口を開く。
「まさかあいつらがぐら校に編入してくるとはな」
あいつらとは今日編入生として紹介された葛城くずはと宮下灰花の事だろう。先日の騒動を思い出して隆弘は眉間に皺を寄せた。
「編入先がこの学校といいタイミングといい、偶然とは思えねえな」
「大人の複雑な事情がありそうで恐ろしいでござる」
「知ったら消される類のやつな」
「この学校ならありえそうで笑えないつらい」
言いながらテオが後ろに倒れ込み大の字になって寝そべった。
「そういえば、昼休みリアに会ったんだけど、うちのクラスに編入生が来たんですよーって言ってた」
「1年にも?」
「今日の話か?」
「そうだよ」
「たかちゃん、俺嫌な予感がしてきた」
「落ち着けテオ、まだ慌てるような時間じゃねえ。ノハ、リアはその編入生の事、他に何か言ってなかったか」
問われて、ノハは宙を見上げながら昼休みの記憶をたどる。
隆弘と、いつの間にか起き上がっていたテオがノハの次の言葉を緊張した面持ちで待つ。あれだけの事件を平然とやってのけた連中だ、もしかしたら大人の複雑な事情なんかじゃなくてこの花神楽高校でまた何か事件を起こそうと企てているのかもしれない。
宮下と呼ばれていた男は比較的まともな考えを持っているようだったが、葛城とつるんでいる以上安心はできない。
嫌な妄想が脳内をぐるぐる回り始めた二人の耳にノハの呟きが届いた。
「そっくりだって、言ってた」
「ん?」
断片的な発言に二人は戸惑う。
「それは、どういう…」
「さあ」
ノハの頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ。リアトリスが口にした言葉をそのまま思い出しただけのようだ。
「そっくりって…誰かにそっくりって事か?」
「誰にだよ」
「もしかして、第二のテオ?」
「第二の俺って何それ」
「テオのそっくりさんって事。気を付けてね、もう一人の自分の姿を見てしまうと死んでしまうんだって」
「そういや昨日ドッペルゲンガーの特集番組してたなあ…」
隆弘がため息を漏らした。
「ここで問答してても仕方ねえ。その編入生のツラ、拝みに行こうぜ」
◇
うちのクラスに編入生が来たと言っていたリアトリスは1年生。
1年生の教室がある1階を目指して三人は階段を下りていた。
「その編入生、葛城くずはとは関係ないのかもな。リアトリスがそっくりだって言うような顔をした奴はあの廃工場にはいなかったし」
「あの騒動の中見た顔なんざよく覚えてるな」
「ふふん、物覚えは良い方でね」
「そのドヤ顔むかつく」
わざとらしく前髪をかきあげていたテオの頬を隆弘が抓った。テオの悲痛なうめき声があがる。
「誰にそっくりなんだろう」
「人にそっくりとは限らねえかもな」
「猫、とか?」
「そりゃまたかわいらしい例えだな」
ククッ、と隆弘が喉の奥で笑った。
2階と1階の中間にある踊り場、ここを下ると目的地であるリアトリスの教室が見える。
「あ、くずはのそっくりさんだ」
ノハが階下を指差した。人差し指が指す先、階段を上ってくる人物がいた。
「ノハ、そっくりさんじゃなくて、あれはくずは―」
言いかけてテオは違和感を感じた。
葛城くずはは左目が黒で右目がグレーのヘテロクロミアだった。しかし目の前にいる男は両目共黒色だ。
つい階段をくだる足が止まる。男の方も階段をのぼる歩みを止め、テオ達を見上げて口を開いた。
「アンタ達知ってるの、葛城くずは」
「あ、ああ。同じクラスだ」
「ふーん…じゃあさ、今どこにいるか知らない?」
男は小首を傾げながら問いかけた。その仕草が葛城くずはの面影と重なる。
―もしかして。
テオの脳裏に嫌な可能性が過った。
「まだ教室にいるんじゃねえか?今日中に記入してほしいって言われて担任からたくさんプリント貰ってたし」
「そう」
男が歩みを再開したので、踊り場に立ち止まっていた隆弘達は道を開ける。その間を抜けて階上へ上がろうとする彼の背中に隆弘が声をかけた。
「なあ、今日編入してきた1年ってお前か?」
「だったら何」
男が立ち止まって振り返り、面倒そうに答える。その不機嫌そうな表情も、見れば見る程葛城くずはに似ていた。だからテオは確認せずにはいられなかった。
「お前さ、もしかして葛城くずはの…」
「弟だけど」
嫌な予感が当たっていたテオの、ただでさえ白い顔面から更に血の気が失われていく。
編入生は側近でもなくとりまきでもなく身内だった。葛城くずはと、その配下と、その身内が同時に花神楽高校にやってきたのだ、ただごとじゃない。やはり花神楽高校で何かしでかそうと企んでいるのではないか。あの時の報復にやってきたのかもしれない。
テオが一人焦っている隣でノハはいつも通りを崩さない。
「そっくりって、くずはの事だったんだね」
「は?」
「顔。ドッペルゲンガーみたい」
「似てるとはよく言われる」
背を向け階段をのぼろうとしたが、また振り返る。
宣戦布告でもするのかとテオが身構えた。
「アンタ達、くず兄と一緒のクラスなんだっけ」
「ああ、そうだ」
「そっか。くず兄ちょっと頭のネジゆるいけど、悪気はないんだ。宜しくしてやって」
テオ達に向き直り、小首を傾げながら、屈託なく告げた。
「…あのくずはの弟だって言うから、またとんでもなくぶっ飛んだ奴かと伺ってしまったけど、なんだ、まともな弟じゃないか」
テオが一人ごちる。
弟だからと言って決めつけた自分の浅はかさを反省した。
あの日。隆弘が、ノハが、裕未が、大事な友人達がたくさん傷付いた。だからついその首謀者の身内が現れて冷静さを欠いたのかもしれない。らしくもない。
テオが邪推してしまった事を心の中で詫びていると、聞き覚えのある声が耳に届いた。
「なあなあ、ここの購買にプリンって置いてあるかー?」
声がした方、階下を見ると今日編入してきたもう一人、宮下灰花が1階からテオ達に向かって話しかけているようだった。
「置いてあるけど、ここのプリンは競争率が高いぞ」
「マジで?!じゃあもう売り切れちまってるかな…」
「もう放課後だしな。プリン狙うなら昼休み開始のチャイムと同時に購買に走れ」
「分かった、そうする…って、くるさんじゃないっスか!」
灰花が階段をのぼろうとしていたくずはの弟の姿を見つけて親しげに手を振る。どうやらくるさんとは弟の事らしい。くる、が名前なのだろう。
「今からくずはさんのとこに行くんスか?あ、場所分かります?案内しましょうか!」
言いながら灰花は階段をのぼろうと足を踏場に乗せる。くずはだけではなく、その弟にも敬意を払っているようだ。
苦労してそうだな、とテオが肩をすくめる横をくるがすたすたと通り過ぎ、そしてそのまま階段の踊り場から階下に向かって跳ねた。
「は?」
何が起こったのかテオと隆弘は理解出来なかったがその行為が危険だと頭が理解するよりも早く二人がくるに向かって腕を伸ばすが間に合わない。くるの行動に驚いた灰花がくるをキャッチしようととっさに両腕を前に突きだす。
しかしその行動が不快だと言いたげにくるの表情が歪んだ。
落下する自分を助けようと伸ばされた両腕を無視して、くるは落下の勢いそのままに灰花の顔面を蹴り飛ばした。
「?!」
その場にいる全員が何が起こったのか理解出来なかった。
蹴り飛ばされた衝撃で灰花が床に倒れ込む。
「気安い」
吐き捨てるようにくるが呟いて、汚物でも見ているかのような視線を灰花に向けた。
蹴られた部分をさすりながら灰花が起き上がる。
「くるさん、あんな所から飛んだら危ないですよ!」
「うるせえお前がいなきゃしねえよ。俺の身を案じるなら消えろ」
「そういう訳にはいきません。お二人を見守るのが俺の役目っスから!」
「頼んでねえよ!くず兄にの編入先にまでわざわざくっついてきやがって!目障りなんだよ!」
くるがいつの間にか右手に握っていたはさみを灰花に向かって投げつける。灰花はそれを慣れた手つきで受け止めた。
「はさみを投げるのも危ないっスよ。前の学校でもこれで―」
「あああああぁぁぁあうるさいうるさいうるさいうるさい!!」
新たに取り出したはさみを灰花に向かってふりかざしながらくるが叫ぶ。
「た、た、たかちゃんどうしよう何あの人達コワイヨコワイヨ」
「止めなくていいの?」
「今俺達が止めに間に入った所で火に油って感じだよなあ…」
かと言って階下の修羅場を放ってこの場から離れる事も出来ず、先生を呼んでこようかと隆弘が考えを巡らせていると、後ろからその場にそぐわないのんびりとした声が聞こえた。
「おや、くる。何をしているのですか?」
声の主はくるの兄、葛城くずはだった。
その声が聞こえた途端くるがぴたりと動きを止めてゆるりとくずはに振り返る。
「くず兄…」
「帰りましょう。それとも、今はお取込み中ですか?」
「大丈夫。帰ろ」
未だに灰花に対して腸が煮えくり返っているのであろう、頭にのぼった血をクールダウンしきれていないくるを気にする事なく佇むくずはに、くるが駆け寄る。
待ってください!とくるの後を追いかける灰花に再びはさみが投げつけられていた。
「まともな弟って言ったの、撤回するでござる」
テオがそんな3人の後ろ姿を呆然と眺めながら、誰に言うでもなく呟いた。