8,前夜
「ここをこうして回すのです」
「そしてエレキが出るのですね」
さなえと豊吉はエレキテルを動かしていた。
「おやおや、お似合いのお二人さんで」
三吉が仲のいい二人を見付けて冷やかした。
「三吉さんたら、そんなんじゃないわ意地悪」
「お嬢さん申し訳ござんせん」
伊左次は三吉の頭を殴った。
「馬鹿野郎!普段ならここは俺たちの居られる様に場所じゃーねーんだ隅っこで小さくなっていろい。はんぱ野郎が」
伊左次はもう一発殴ろうと三吉に手を上げた。
「いいんだよ伊左次さん、そんなに叱っちゃいけねーよ。おいらだって二人はお似合いだと思うぜ」
伊左次を止めたのは源内だった。源内は豊吉とさなえの仲を邪魔したらいけないとしばらく座敷に入るのをためらって廊下に立っていた。
「おじい様まで意地悪、知らない。豊吉さん行きましょ」
さなえは豊吉の手を引っ張って隣の座敷に行ってしまった。
「いつまでもおぼこだと思っていたが、いつの間にか大きくなっちまって」
「しがねー恋が情の仇だ、なんて事にならなきゃよろしいのですがな」
「おお、待ってたよ帰雲さん」
「これはこれはご隠居さん、いやさご隠居様、あっ久し振りだなあ・・・」
そこに芝居掛かった台詞で帰雲が現れた。
「お前さんも見たのかい中村座の切られ与三郎」
「団十郎の五役早変わりで、おまけに初演大評判連日満員札止めのところを座頭に無理を言って見て参りました」
「座頭もお前さんの頼みじゃ断れないだろうよ」
「昔の事が今になって役に立ちました」
「わたしも、相模屋の名前を使って見て来たよ。こんな時は大店の看板も便利なもんだ」
「これはこれは楽しそうな、何のお話で」
そこに良信もやって来た。
「これでみんなさん揃いましたな。それじゃ蔵造さん」
「はい」
源内に言われ蔵造は隣の座敷の襖を開けた。
「初めてのお方で」
見るからに実直そうな二人の男が座っていた。
「皆さんに紹介しょう、秩父吉田村の七兵さんと長次郎さんじゃ」
源内に紹介された老人と若者は静かに頭を下げて挨拶をした。
二人は源内の依頼通りに作り直した新しいロケトを運んで来た村の長老と花火を作った若者だった。
「これはこれは新しいお仲間でございますか、遠い所からよくお出で下されたご苦労様でございます。長旅でどこか痛いところなどござらぬか、わしゃ医者じゃ遠慮なく申されよ」
あの良信が真っ先に二人に話しかけた。もうすっかり裏の仕事など忘れてしまった様だ。仲間がどれだけ増えようとも、もうどうにでもなれと開き直りの心境の様だ。
それに新しい仲間が加われば、それを理由にまた吉原遊びに出かけ様と言う話になるだろうと期待もしていた。
「ウエルカムじゃ」
源内が突然叫んだ。
七兵と長次郎は何の事やらちんぷんかんぷんと言う顔で源内を見た。
「またエゲレス語でございますか」
「良信さんの言う通りエゲレス語さ、良信さんのお二人に言った気持の意味じゃな。要するによーぅいらした大歓迎と言う意味じゃ。なっ、良信さん」
源内の言葉に、何か本心を読まれた気がして良信はちょっと照れくさそうに笑った。
「ウエルかめ」
突然、三吉が大声で言った。
「おしいのー、かめではなくてカム。ウエルカムじゃ」
「馬鹿野郎、調子にのりゃがって」
伊左次が三吉の頭を殴ろうとした。
「いーじゃねーかい三吉さんも仲間を一生懸命歓迎しよとしとるんじゃ」
良信は、ここでそろそろ「それではウエルカムと言う事で吉原に」と言い出そうと身を乗り出した。
その時帰雲が先に話し出した。
良信は「こりゃしめた帰雲殿が言ってくれれるわい」とニャと笑った。
「さればでございます。皆様にお知らせの通りとうとう江戸にやってまいるとの知らせがまりました」
「それでいつ江戸に」
「明日にはとの事でございます」
「それはまた急なおいでござるな。されば急がねば、吉・・・」
良信が慌てて言いかけたが、源内が良信の言葉を遮った。
「そこで明日は早朝の出立とあいなりますので、今夜は皆様相模屋さんにこのままお泊りいただくと言う事にあいなりました」
良信は「こりゃ話の流れが違うぞ」と思わず口から出かかった。
「仕方がないないの良信さん」
良信は心の中を見抜かれたハッとした。咄嗟に「なっ何の事でご隠居」と言うのを腹の内に呑み込んで笑ってごまかした。
「では、席を設けてございますので皆様おいでくださいませ」
蔵造が立ち上がり皆を案内した。
「取り合えずはお二人の歓迎の宴じゃ、ささ上座にお二人様」
帰雲が七兵と長次郎の手を引いて座敷に招き入れた。
「おっと帰雲さん待った待っておくれ、明日のための大事な事を忘れる所じゃった」
「何でございます大事な事とは」
良信が座敷に並んでいる宴席の料理を横目で見ながら言った。
「新しい花火じゃよ。明日は早いから確かめておかねばなりません」
七兵と長次郎がかしこまりましたと源内に一礼して座敷から出て行った。
「伊左次さん達も手伝ってあげておくれ」
しばらくして木箱を二つ運んで伊左次達は戻って来た。
「ご隠居、花火の箱が増えてますしたぜ」
「三吉さんそっちの小さな方を開けておくれ」
三吉が源内に促されて木箱の蓋を開けた。
「おや、ご隠居」
不思議そうに三吉は箱の中を覗き込んで首をかしげた。
「どうしたい」
「真ん丸い花火ですぜ。普通の五寸玉の花火ですぜ、ご隠居」
「そうさ普通のひょろひょろぱの花火さ」
「なんでまた」
「その訳はさ、めくらましさ」
「めくらましでござんか」
「ウエルカムさ。よくいらっしゃいましたと祝いの花火をめくらましで打上げるのさ」
「ウエルかめ」
「普通の花火を打上げて油断をさせておいて、こっちの例の花火を打上げると言う算段だ」
「こいつは手の込んだ企みでござんすね」
「普通の花火を打上げて、こっちの花火を打上げる。そして花火が失敗したと思わせて火事になったって思わせるのさ」
「さすがはご隠居」
源内の企みの深さに感服「これならば依頼主にも害がおよぶまい」と帰曇は胸を撫で下ろした。
「名案だろぅ三吉あにい」
三吉はまだその訳が呑み込めず首をかしげたままだった。
「とがめられた時に言い逃れができる様にと言う算段よ」
箱の中をもう一度覗き込んだ三吉の襟首を引っ張って伊左次が三吉を引き戻した。
「そんな訳さ、三吉さん」
「・・・?」
「三吉さん覚えているだろ。名無しの権平」
「ああ!だからただの花火。名無しの権平」
「そういう事さ、三吉さんも合点がいってよかったよ」
「合点がいきやした」
「さあ、三吉さんも合点がいった所でそろそろ宴会の方へ行こうじゃないかい」