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源内倶楽部  作者: 修大
7/13

7,時の氏神

 源内一行は大井村から江戸府内に戻った。

 人々が慌ただしく急ぎ足で行き交えっていた。その通りを源内一行は進んだ。

「ん・・・?」

 帰曇は訝し気に辺りを見渡した。

「旦那、火事場の臭いですぜ」

 三吉が得意気に言った。

「馬鹿野郎見りゃ旦那はお分かりだ」

 店先の焼け焦げた後が店の者が片付けている。

「おい、どうした火事か」

 帰雲はすれ違った町人を呼び止めてたずねた。

「どうのこうのって、突然雷様がなって空から火の粉が降って来たのよ」

「雷に火の粉がかい」

「びっくり仰天だー、もういいかい旦那」

「おおっ、呼び止めてすまなかったな」

「まあどっこもぼや程度で助かった様にだけどな」

「ぼやで済んだか、ぼやで済みましたか」

 帰雲は駕籠の中の源内に聞こえる様に大声で繰り返した。

「それじゃー行きますぜ」

 町人が忙しそうに走り出した。

「おお、ありがとよ」

 帰雲はほっとして一息ついた。

「落ち着け、慌てるんじゃねー、三吉火事は消えてるよ」

「そんな事言ったって・・兄ぃ」

 他の臥煙達も騒ぎ出した。

「馬鹿野郎。今は大事な御勤めの最中だ。みんな静かにしろい!」

 伊左次はいきり立つ仲間の臥煙達を必死に抑えた。

「しょうがないさね。火消の血が騒ぐのさ、あの火が飛び火しちまった様だからな。わしのせいじゃ」

「騒がしくて申し訳ありやせん」

 伊左次は申し訳なさそうに言った。

「誰かに様子を見に行かせたらいいんじゃないかい。帰雲さん」

「左様でございますな。それでは行ってもらいましょうか」

「帰雲さん、あれを忘れずにな」

「かしこまりました」

 帰雲は懐から財布を取り出し、小判を紙で包んで伊左次に手渡たした。

「長屋は難儀してるだろうから火事の見舞いと言って渡しておくれ」

「申し訳ございません」

 伊左次から紙包みを受け取ると三吉達数人は走り出した。

「ここで待っておるからな、よろしく頼むますぞ!」

 帰雲は駆け出した三吉達に叫んだ。

「お前も行ってまいれ」

「はい」

 浅右衛門に言われた豊吉が三吉の後を追って走った。

「町中の真っ昼間、こんな所で待っているのもなんですな・・・おおちょうどよい、あそこで一服いたしましょうか」

 辺りを見回すと数軒先に都合の良さそうな茶店を帰曇は見付けた。

「ちょっと見て参りますのでお待ちくだされ。浅右衛門殿お願い致します」

 帰雲は小走りで茶店に向かった。

 間もなくして茶店の暖簾の間から顔を出した帰雲が手招きをした。


 源内も駕籠から降りて茶店の中に入った。

 直ぐに蔵造が茶店から出てきて、懐から出した相模屋の名前の染めねかれた前掛けを茶店の軒下に三吉達の目印にと下げた。

 それから半刻ほどして三吉達が戻り、源内一行は、また相模屋に向かって通りを歩き出した。


 突然、数人の町火消が源内達一行の前を遮った。

「おやおや何でー、よく見りゃ臥煙の兄さん達が今日は駕籠かきだぜ」

「おベベもいつもとちょいと違いやすぜ。どちらにお出かけでございますかね、三吉のお兄さん」

 伊左治達定火消と町火消は犬猿の仲。事あるごとに街中で大立回りの喧嘩を繰り返している。

 悪い事に数日前に火事場で消し口の取り合いでもめた町火消の連中だった。

「ちょうど良かったぜ」

 火事場での火消しの最中でもあり、その時は喧嘩にはならなかった。その鬱憤晴らしもあるが、町火消達は火事場帰りで殺気だってもいた。

「聞いてるぜ、お大臣様のお供で騒いだそうじゃねーかい。今日も吉原かい・・・えー」

「おめー達はどぶ板横町がお似合いだぜ」

 町火消達は挑発する様に大笑いした。

「何だとこの野郎!」

 三吉達臥煙が騒ぎ出した。

「乗っちゃならねー我慢するんだ」

 伊左次が三吉達を懸命に両手を拡げて制止する。

「おやー、おかしいぜ伊左次兄貴が止めてるぜ。こいつは面白れーぜ」

「何だとこの野郎兄貴に向かって」

 制止する伊左次の腕を掻い潜ろうと三吉がもがいた。

「止めるんだ、大事なお勤めの最中だ我慢しろ」

 侮辱されても堪えている伊左次を見て、堪らず浅右衛門が前に出た。

「何でい何でい、さんぴんは引っ込んでろい!」

「この野郎、旦那に向かってさんぴんだと」

 三吉が止める伊左次の腕の間から町火消の胸ぐらを掴もうと懸命に手を伸ばした。

「何でー何でー、ほれほれ」

 おちょくる様に町火消が胸を突き出して挑発する。

「止めるんだ」

 伊左次はなおも必死に三吉達を制止する。

「おやおや、喧嘩の伊左次と言われているお兄さんがおかしいぜ、これじゃーふぬけの伊左次だぜ」

「何をふぬけだと」

 三吉達を抑えて我慢しろと言っていた伊左次だったが、ふぬけと馬鹿にされ堪り兼ねて思わず叫んでしまった。

 伊左次は自分の声に驚き(しまった)とつぶき、我に帰った。

 その時、伊左次の隣にいた帰雲が叫んだ。

「ええぃ、もう構うこたねー、やっちめーな!」

 伊左次の健気に堪えている様子に、帰曇は堪らずもうこれまでと叫んてしまった。

 帰雲の言葉を合図に箍が外れた臥煙達が弾けた。

「ありがてー旦那!」

 真っ先に三吉が町火消達目掛けて飛び掛かった。

「ええぃ、旦那もおゆるしだ。野郎どももういい構うったねーやっちまえー!」

 伊左次も待ってましたとばかり町火消の中に飛び込んだ。

「おもしれーそうこなくっちー、待ってたぜー」

 挑発に乗って来た臥煙達に、町火消も喜び勇んで伊左次達に向かって飛び掛かった。

 通りの真中で臥煙と町火消の大乱闘が始まった。

「喧嘩だ喧嘩だ久しぶりに、わくわくするわい」

 堪らず源内も駕籠から出ようと身を乗り出した。

「危のうござる、中に中に」

 帰雲はこれはまずいと、慌てて源内を駕籠の中に押し戻した。

 直ぐに浅右衛門と豊吉に蔵造が駕籠の前に立って身構えた。

 しかし、町火消は火事場帰りでもあり喧嘩しやすい火事装束、おまけに頭数も多い。伊左次達は多勢に無勢で押され気味になっていた。

 町火消の数人が源内の乗った駕籠に迫って来た。

「お駕籠の中身は、どこのお大臣様だ」

「構うこったねー、引っ張りだせー!」

 駕籠が危ない、一色触発。浅右衛門達に緊張が走った。

 浅右衛門が刀に手をかけた。

「面白れー、おぅおぅだんびらが恐くて喧嘩が出来るかよっ。抜きやーがれさんびん」

 浅右衛門の刀を握った手に力が入った。

 町火消達が今にも浅右衛門に飛び掛かろうとしたその時だった。

 浅右衛門と町火消の間に半纏が投げ込まれた。

「お待ちなせ、待っておくんなせー旦那」

 遠巻きに喧嘩を見ていた野次馬の後ろから声がした。

 野次馬達が一斉に声のした後ろを振り返った。

 一人の初老の男が野次馬達の前に出てきた。

「新門のお頭取だ!」

 野次馬の誰かが叫んだ。

 江戸ご府内にはいろは四十八組の火消組があり、それを一番から十番組に分けてそれぞれに番組頭取を置いて取り締まっている。新門辰五郎は十番組の頭取でを組の頭でもある。

 町火消達の動きが止まった。

「お前たち、手をひくんだ」

「新門の頭取。止めねーでおくんなせー。こんなさんぴんの一人や二人」

「お前達が束になっても敵う相手じゃねー。止めとくんだ」

 それでも町火消達が浅右衛門に飛びかかろうと動き出した。

 伊左次が駕籠の所に戻って来て、浅右衛門の前に盾になる様に両手を広げて仁王立ち。

「野郎、戻ってきやがったな。てめーから先に片付けてやらー!」

「馬鹿野郎!俺の言う事がきけねーてのか」

 他の町火消達も集まって来た。

「止めろと言ったら止めるんだ。俺の仲立ちが不足だって言うのかー!」

「とッ、頭取。あっしら何も不足だなんて」

 辰五郎の迫力に、いきり立っていた町火消達が気勢を失った。

「そっちも手をひいてくれ。伊左次さん」

「新門だが何だが知らねーが、こちとら定火消だ。余計なお世話だ引っ込んだでろい」

 なおも三吉が町火消の言う事なんか聞くもんかと悪態をついた。

「手を出すんじゃねー。止めるんだ」

 伊左次が三吉の腕を掴んで抑えた。

 その時、野次馬の間から浅右衛門目掛けて傘が投げ付けられた。

 間髪を入れず浅右衛門が刀を抜いて傘を切り落とした。

 浅右衛門は被っていた頭巾を脱ぎ捨てて身構えた。

「構わねーやっちまえよ」

 野次馬の中の誰かが叫んだ。

「誰でぃ!」

 辰五郎が野次馬を睨み付けた。しかし、それらしき下手人は消えていた。

 傘は意図的に浅右衛門を狙って投げられたのは確かだ。

「旦那もここはひいておくんなせー」

 浅右衛門は刀を鞘に納めて後ろに下がった。

「見ただろうが、お前さんらのかなう相手じねーって言っただろう」

 町火消達は浅右衛門の一振りに唖然としていた。

「伊左次さんもよく了見してくれてありがとうよ」

「仲裁は時の氏神て言うじゃねーか。ここは有り難く新門頭取の仲立ちを受けようぜ」

 帰雲も何とか収まってほっとしていた。

「ありがてーおいらのしょうもねーこんな顔が役に立ってうれしいよ」

「礼を言うのはこっちだよ頭取」

「こいつはおせっかい冥利につくてもんだ」

「頭取ここは借りとくよ、近いうちに一杯やろうぜ」

 帰雲は辰五郎の投げた入れた火消印半纏を拾って辰五郎に手渡した。

「ありがとうございます。金ッ・・・帰曇様」

 帰雲と辰五郎はお互いの顔を見て笑った。

「お駕籠の中のお方もお元気で」

 辰五郎は源内の駕籠に向かって一礼した。

 辰五郎の手下の火消達が野次馬を手早く整理し通を開けた。源内一行は歩き出した。

「首斬り浅右衛門だ」

 通りの野次馬の中から声が上った。野次馬がざわめき出した。

 その中を頭巾を被らず浅右衛門は歩いていた。

 その横にいる豊吉も真直ぐ前を向いて胸を張って歩いていた。


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