5,花火
それから数日後。源内の呼び出しがあった。
「ご隠居、出来上がりましたので」
「試作品じゃができましたわい。それが届きましたぞ」
「おおーっ、それは上々でございます」
良信が嬉しそうに身を乗り出した。
「伊左次さんや隣にある右の箱を持ってきておくれ」
「へぃ、おい三吉」
伊左次と三吉が隣の座敷から木箱を皆のいる前に置いた。
「開けて中身を出しておくれな」
伊左次が木箱の蓋を開けて中の物を出して座敷の真ん中に置いた。
「何でございます、花火と書いてありますが妙な形の花火でござんすね」
伊左次が不思議そうにまじまじとその花火を見つめた。
「まったくだ、あっしも花火は見た事ありやすが・・・こんな形の花火にお目にかかったのは初めてで、これが花火ー」
「皆さん、これがわしらの花火じゃ」
源内が嬉しそうに披露した。
「花火てーのは真ん丸ですが、こいつは先が玉子のように細い形をしてますぜ。おまけに羽みたいなのがはえてますよ」
三吉がそーっと花火に触ってみた。
「まことに・・・」
良信も近付いて、しげしげと花火を触った。
「これがご隠居の奥の手でございますか、これが・・・花火が」
良信は源内の言っていた奥の手が花火と知って拍子抜けしたのか一つ唸って腕組みをした。
「みなさん合点が行かぬのも無理はない、のう帰雲さん訳を話してあげておくれ」
「さようでございますな、花火とは書いてあるがそれは人の目を欺くための方便。花火ならば関所も通れるって訳だ。これは花火であって花火ではない。そんじょそこなのひょろひょろ花火じゃねーて事だ。花火であって花火にあらず。さてこいつの正体やいかに」
帰雲は講釈師気取りで扇子で膝を叩いた。
「お前さん、もういいよ。私が話すよ」
「あいすみません」
源内はゆっくりと立ち上がり話し始めた。
「みなさん龍勢祭りと言うのをご存じかな」
どんな祭か知っているかと、良信は浅右衛門や他の仲間の顔色をうかがって確かめた。誰も知らないという素振りだ。
「龍勢祭り、それは江戸の祭りでございますかな、聞いた事のない祭ですが」
「いやいや、江戸から遠く離れた武蔵の国のはずれの秩父吉田村の祭りじゃよ」
「秩父とはこれもまた随分と田舎の話でございますな」
「昔じゃが一度だけその祭りを見た事があるのじゃ、それでこいつは使えると思い付いたのさ」
「それにしても村祭りの花火がなぜに切り札に」
「花火と言っても龍勢祭りの花火はお前さん方が見てしっている、しゅるしゅるぱのひょろひょろ花火とはちょいと違う。それに夜ではなく真っ昼間に打上げる花火なのじゃ」
「へー、あのいつもあっしらが見ている花火じゃないんですかい」
三吉はもう一度ましまじと花火を覗き込んだ。
「大きな櫓を組みましてな、長い竹竿の先に火薬の入った筒状の花火を縛り付けて打上げるのじゃ。それが龍が威勢よく空を登って行く様に見えるのじゃよ」
「知っている江戸の花火とはだいぶ違いますな」
良信も確かめる様に改めて見直した。
「それがこの花火でございますか」
「いや違う、龍勢花火を改良した武器の試作品じゃ。吉田村の衆にお願いして、改良し作ってもった武器じゃよ。まったく花火とは別物。こいつは西洋の大砲よりも強力で新しい武器となる」
「大砲よりも凄い」
「それにな帰雲さんや、ぼーとしとらんであれを出して皆さんに見せて上げなされ」
出番を奪われて少し悄気て座っていた帰雲に、源内は書棚を指差した。
「あっ、はいはいかしこまりました。少々お待ちを」
「これこれ」
帰曇が棚から出してきた絵図の束を、受け取った源内は畳の上に並べた。
「それは何でございますかは」
まず良信が置かれた絵図の所にやって来た。伊左次達臥達も直ぐにやって来て輪が出来た。
それまで浅右衛門の横でおとなしく座っていた豊吉がそわそわしだした。豊吉が隣の浅右衛門の顔を伺う様に横目で見た。
「よいのだぞ、この仕事ではお前も仲間。一人前の仲間だ」
「そうさ、ここにいる仲間はみんな平等じゃ。自由におやりな遠慮はいらねーよ」
豊吉は浅右衛門に一礼してみんな輪に加わった。
「西洋にダビンチと言うお人がいてな、絵師なのじゃがいろんな物を空想して書いたのじゃ」
「これは何でござるかな見た事もないが」
「これは空を飛ぶ乗り物さ、ヘレコプター」
「へー鳥みてーに空を飛べるんですかい、こいつが・・・こっちは?水の中を泳いでるやつ」
「サブマリ」
「魚の様に水の中を泳ぐので・・・ございますか」
初めて触れる西洋の話に豊吉は目を輝かせて食い入る様に絵図を見つめた。
「そうさ、こいつが火薬で空を飛ぶ武器じゃ」
「西洋の花火ですかい」
「まあ、そんな物かいな、絵図にはロケトと書いてある。ちょっと参考にさせてもらたのさ」
源内の所には長崎出島から西洋書物等が届けられていた。
「大した野郎だダ・・・ビン」
「ダビンチじゃ、三百年も前のお人さ」
「それじゃ三百才ですかい、ご隠居と同じ怪物だ」
三吉がちょっとおどけ言った。
「なんぼなんでもダビンチさんはもう死んどるわい。それにまだまだ私は妖怪くらいと言うところじゃよ」
「あいすみません」
伊左次が三吉の頭を拳骨で殴った。
「す、すんません」
「まあ、こいつの凄さは後でわかるさ試してみるから。見てなされ驚いて腰を抜かすぞ」
「伊左次さん、もう一つ箱を持って来ておくれ。ちょっとそいつは重いから気を付けて」
伊左次達が隣りの座敷からもう一つ箱を運び出そうとして持ち上げた。
「本当でござんすね、こいつは小さーわりに重いぜ」
「私も持ちます」
豊吉も加わって伊左次達はもう一つの箱を隣の座敷から運び出した。
「こいつが発射台。鉄製じゃ」
「だから重いんでござんすね」
「まあ組み立ては後にしょう。またしまうのが面倒だからな。試し打ちじゃ、三吉さんにち上げてもらいましょう」
「それならあっしらに任せておくんなーぃ。火には慣れてます」
「頼みますよ三吉さん」
「ところでご隠居、こいつの名前は」
「名前かい・・・名無しの権平、花火でいいよ」
「花火ですか?」
「花火は空で破裂して火薬の花が咲かせる。しかしこいつは的の上空で破裂すると中に詰めてある火がついた火薬玉と油が雨の様に落ちて火事を起こす。名前の訳は後で分かるよ」
「火事ね」
三吉は不満顔で花火を見た。
「さよう、火事とは」
良信も不満顔。
「ご不満はごもっともじゃが、大砲の様に破壊する武器と分かっては後々問題になる。のー帰曇さん」
「さよう、花火が失敗してたまたま火がついて火事になっとなれば言い訳がつく」
「なーるほど、花火ですねご隠居」
三吉が納得顔で言った。
「ではそろそろ参ろうかい帰雲さん」
源内達は相模屋を出て大通りを進んでいた。
通行人は源内達一行を気にもせず忙しそうに足早に歩いている。
「真っ昼間に大丈夫でございますかな、こんな表通りを」
良信が不安そうに回りをキョロキョロしながら歩いていた。
「この方がかえってよいのです、人通りの少ない裏通りの方がかえって目立ってしかたありません」
「表通りなら大勢の人目もございます。こんな所で襲ってくる者もございませんでしょう」
「そうじゃ蔵造さんの言う通りじゃよ」
「そんなもんかいな、山田殿、山田殿」
鋭い目付きで辺りを見ている浅右衛門の様を見て、通りの町人が通りの隅に避けていた。
それを見た源内は浅右衛門に声を掛けた。
「浅右衛門さんそんなに殺気立ってちゃ、ほらみんな怖がってるよ」
「はぁ、申し訳ありません」
「頭巾をしててもそれじゃー何にもならねー恐い顔が身体から滲み出てるよ。蔵造さんの言う通りこんな所で襲ってきやしない、心配いらねーよ。リラックス、リリラックス」
「なんでございます。リラ・・・クスとは」
「エゲレス語じゃよ、まあ身体と心をフニャフニャ、ブラブラにして普通にしてなって事さ」
「リラ・・・クス、リラクスですか」
「父上。リラクスではございません、リラックスでございます」
「リラックス・・・分かっておるわ」
「まあいいさね、そんなもんだ。気にしない気にしないじゃ」
浅右衛門はちらりと後ろを見た。
「ほれほれ、心配無用」
「は、はい」
源内達の後を歩いていた侍と行商人風の男が物陰に隠れた。
「気にしない気にしない」
通りを歩いていた周りの町人達が足早に走り出した。
「降り出してきました。用意が役に立ちましたな」
突然ふりだした雨に、良信は持ってきた傘をさした。
「そろそろ品川宿でございますな。雨はやみませんし、雨宿りにちょうどよいのでは。のぅ帰雲殿」
「さよう品川宿で雨の上がるのを待ちますか」
「雨宿りが目当てではござるまい。白粉の匂いのする方がお目当てではござらぬかな帰雲殿」
「良信殿とてご同様」「図星」
三吉の絶妙の合の手にみんな大笑い。
「まずは急いで品川宿に・・・花火は雨には禁物じゃからの」