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源内倶楽部  作者: 修大
3/13

3,夜遊び

吉原からほろ酔いの帰り道。生憎と月は雲に隠れて辺りは漆黒の闇。足元は駕籠の担ぎ棒の先にぶら下がっている提灯のみが頼み。

 源内一行は通りの木戸の閉まらぬうちにと急いでいた。

「浅右衛門様、何やら嫌な気配がいたしすが」

 蔵造が後をつけられている様な気配を感じて、浅右衛門に囁いた。

「蔵造殿にはおわかりか」

 浅右衛門は気配が分かった。やはりただの手代ではないなと改めて思った。

「いえ、そんな気がしましただけで」

「半刻ほど前から後をついてきていますな。しかし危険はない様です」

 浅右衛門もその気配は前から気付いていた。しかし、ただ後をついて来るだけで襲って来る様な危険な殺気を感じていなかったので様子をみる事にしていた。


 源内達はそのまましばらく進んだ。

「旦那、今度はあっしにも分かりますぜ」

 伊左次が後をまたつけられていると言い出した。

「止まらずにそのまま参りましょう」

 浅右衛門が伊左次に耳打ちした。

「やっと出ますか」

 帰雲が浅右衛門に近付き、何かを期待でもしていたかの様な、ちょっと弾んだ声で確かめた。

「いえ、先程のは途中で消えました。しかし今度は前とは違う連中です」

「ほほー、新手でござるか」

「今度のは早めに片付けた方がよろしい様です」

 新手の曲者は伊左次にも見抜けた。

 それは程度の低い連中か荒っぽい連中だろうと浅右衛門は見抜いていた。

「それは面倒な」

「それでは手はず通りに伊左次殿。みな様もお願い致します」

 源内達は大通りから外れて脇の路地に入った。

 次の路地で角を曲がると、それまで縦一列に歩いていた。源内の乗った駕篭の右脇に浅右衛門と豊吉それに伊左次。その反対側を蔵造と臥煙の三吉が、さらに駕籠の後ろに帰雲と良信それに臥煙の吉次の三人とに、各々分かれて駕籠を囲む守りの並び変えた。

 浅右衛門達は何ごとも無かった様に歩き続けた。

「大丈夫ですかい旦那方」

 吉次が帰雲と良信に確かめる様に聞いた。

「これしき大丈夫よ。久しぶりの吉原遊びで飲み過ぎたようじゃが。良信殿はいかが」

「おお、たのしゅうござった・・・いやいや大丈夫じゃよ」

「本当に大丈夫ですかい」

「何かあったのかい、道が違うようだか」

 駕籠の中から源内が気配を感じて浅右衛門にたずねた。

「何でもございませぬ、野良犬が後をついて来るだけでございます」

「旦那、まだついてきますぜ」

「面倒な事にならぬうちに、早めに片付けましょう」

 浅右衛門達が守りの隊形に変えたのに、そのまま構わず後をつけて来るのは、必ず襲って来るつもりで機会を計っているか、無能が故の実力を過信している厄介な連中だろうと浅右衛門は判断した。

 それに帰雲と良信のおぼつかない足取りが少々気になっていた事もあった。

 浅右衛門が次の角を曲がると同時に、路地の奥の闇に消えていった。

「大丈夫かい」

 源内が心配して駕籠の簾の隙間から浅右衛門の消えた路地の奥を見つめて呟いた。

「山田殿ならばすぐに片付けて戻られるでございましょう。案ずる事はございません」

「心配なのはお前さん達だよ」

 帰雲と良信は照れくさそうに駕籠の後ろを黙って歩いた。


 大通りから外れた路地の闇の中。数人の男達が源内達の後をつけていた。

「何か用かな」

 突然闇の中から声がして不意をつかれた男達がびっくり仰天その場に立ちすくんだ。

 男達が後ろをふりかえると、浅右衛門が闇の中からあらわれた。

「な・・・なんでもねー」

「用が無ければすぐに立ち去れ」

 源内達の駕篭が闇の奥に遠のいて行く。

 男達の中で頭格の男が吐き捨てる様に舌打ちした。

「ご用の筋だ。邪魔するとお武家でもおためになりませんぜ」

 男は懐から十手を出してちらつかせてすごんで見せた。

「岡っ引き殿か」

「そうさお上の御用だ、こんな夜更けに急いでいるのは盗人か、大方千両箱でも運んでいるのだろう」

「親方、駕籠がいっちまいますぜ」

「ええぃ、構わね加勢が来る前にさんぴん一人だ、さっさと片付けちまえ!」

 岡っ引きは十手を懐にしまうと、腰に差してた小刀を抜いた。

 手下の連中も、懐の合口を抜いて浅右衛門の回りを取り囲んだ。

「仕方がない、怪我をするぞ」

「しゃらくせー、早いとこやっちまえ!」

 岡っ引が小刀を振り回してつっこん来た。

 同時に浅右衛門も動いた。一瞬、岡っ引き達の間を浅右衛門が風のごとく通り抜けた。

 それはあっという間だった。岡っ引きと手下の三人が気を失って道端に転がっていた。


 源内の駕篭の側に浅右衛門が戻って来た。

「すみましたか、何者でした」

 すぐに帰雲が近寄って来た。

「たちの悪い目明しでございます。盗人が金を運んでいると勘違いして奪い取ろうと考えた様です」

「切ったのかい」

 源内が駕籠の戸を開けて浅右衛門に聞いた。

「いえ、峰打ちでございます」

「なんと幸せな連中ですな、山田殿に峰打ちを頂くとは」

 良信が少し皮肉を込めて言った。

「それがよろしい、無駄な殺生はいけませんからな」

 源内達は、また先を急いで歩き出した。


「先程の先客は何者でござるかな」

「目付の探索方ではと、得体の知れぬ連中が吉原で騒いでいたので、ついて来たのでしょう。こちらがつけられていると分った途端消えました」

「豊吉」

 突然、浅右衛門が豊吉を呼んだ。

「父上、何でございますか」

 駆け寄って来た豊吉に浅右衛門が耳打ちした。

 頷いてすぐに豊吉が走る。

「伊左次殿、しばらくここで待ちましょう」

「へぃ」

 駕籠が下ろされた。浅右衛門は豊吉の走り去った闇を黙って見つめる。

「何事でござる、また曲者でも」

「前方に殺気が」

 すぐに豊吉が小走りで戻って来た。

「いかがであった」

「はい、一人のお方に三人掛かりで諍いかと、物取りではないようです」

「多勢に無勢か」

 浅右衛門と豊吉の話を聞いていた伊左次が喧嘩と聞いて、一日中おとなしくしていた虫が動き出して押さえきれなくなった。

「旦那、今度はあっしらが、なーに喧嘩ならまかしてくだせー。野郎供行くぜ!」

 言うが早いか浅右衛門の返事も聞かずに伊左次が真っ先に走り出した。

「待ってました」

「ありがてー」

 三吉や吉次達ほかの臥達も水を得た魚の様に威勢よく伊左治を追って飛び出した。

「わたしくも」

 豊吉も伊左次に刺激されて後を追って走った。

「豊吉!」

 浅右衛門の声にも振り返えらず豊吉は走って行く。その豊吉の背中を見ている浅右衛門の顔は父親の顔に戻っていた。

「大丈夫でございましょう、分かります親としては心配ですからな」

 帰雲が浅右衛門に声を掛けた。

「それにしても、伊左次達で大丈夫かの、喧嘩と言っても仲裁ではなくて三度の飯より喧嘩が好きな連中じゃからのう、こちらの方が心配じゃわい」


「俺を勝と知っての闇討ちか」

「腕の一本もへし折ればいいだろう」

「ひと思いにやってしまうか」

「そんな金はもらってないぞ」

「誰だ、誰に頼まれた」

 林太郎は塀を背にして浪人達に追い詰められていた。

「早いとこ片付けようぜ」

「可哀想だが、出しゃばるとこうなると言う事らしい。俺達も商売だ悪く思うなよ」

 一人の浪人が棍棒を振り上げて林太郎に襲いかかろうとした瞬間、小石が飛んできて浪人の頭に命中した。

「だっ、誰だ!」

「喧嘩はいけねーよ、それともお侍さん達は追い剥ぎかい」

 伊左次が小石を手の中で転がしながら現れた。

「何をする邪魔するとただではすまぬぞ」

 浪人は刀を抜いて伊左次達に凄んで脅しをかけた。

「邪魔じゃねー、おせっかいだよ。仲裁は時の氏神って言うじゃねーかぃ」

「斬るぞ!」

「そんなへっぴり腰じゃー。無理だよ」

「黙れー!」

 浪人が伊左次に切り掛かる。他の浪人達も刀を抜いて三吉達に切りかかろうとした。

 次の瞬間、伊左次や三吉達それに豊吉も加わり、浪人達目掛けて一斉に小石や土を投げ付けた。

「なっ、何をする!」

 浪人達は不意をつかれて怯んだ。頭を手で押さえてしゃがみこむ者、土のめくらまし攻撃に視界を奪われ目を押さえる者と皆戦意喪失。

「やっちまえー!」

 ここぞとばかりに、真っ先に三吉が浪人達に向かって飛び掛かった。他の臥達達も遅れまいと飛び掛かった。

 もうこうなったら勝負にはならない。浪人達はあっという間に打ちのめされてしまった。


「大丈夫かのー」

 帰雲が心配そうに前方の闇の奥を見つめている。

 浅右衛門も無言て見つめる。

「私が見て参りましょうか」

「そうじゃのう」

 蔵造が浅右衛門の気持ちを察して、様子を見に行こうと歩き出したが、すぐに立ち止まった。

「それにはおよびませぬ様です」

 前方から豊吉が走ってくるのが見えた。

「おお、戻ってきた戻ってきた」

 帰雲が嬉しそうに叫んだ。

「帰ってまいりました、ありがたや」

 浅右衛門もやはり父親である。思わず本音が口から出ていた。

「無事に済んだか」

「はい、済みました」

 伊左次達も林太郎を伴って戻って来た。

「坊っちゃまも大した腕前でございましたよ」

「さようか」

「楽しゅうございました」

「おお、それは良かった」

 浅右衛門の顔が綻んだ。

「そのお方か」

「へぃ、礼なんていいっ申し上げたのですが、お侍様がどうしてもっておっしゃるので」

「申し訳ございません、危ないところをありがとうございました」

「いやいやこれしきの事、お気になさらずとも」

「どなた様かはぞんじませぬが誠にありがとうございました」

 林太郎は駕籠に向かって礼を言った。

 一瞬、林太郎が顔をしかめて腕を抑えた。血が着物ににじみ出した。

「怪我をされている様じゃ」

「なーに、これくらいの傷」

「どれ見せてみなされ、わしゃ医者じゃ、提灯をもそっとこっちにお願い出来るかな帰雲殿」

 怪我と聞いて良信が林太郎の腕の傷の具合を見た。

「大丈夫ではないわい、しかし慌てて出て来て薬箱を忘れてきたのじゃ面目ない」

「それは難儀じゃのう」

 提灯を持った帰雲が覗き込んだ。

 提灯の明りで帰雲の顔が闇に浮かび上がった。

「もしゃ、帰雲様とはあの遠山様では」

「あっ、いやー」

「いいじゃねーかばれちまってんだから、あんたは人気者だから仕方ねーよ」

 駕篭から源内が背伸びをしながら出て来た。

「ご隠居」

「大丈夫だよ、ずーと駕籠じゃたまらねーよ、それにその怪我だ、ほって行く訳にはいかねーよ。家ももうじきだお連れした方がいいよ」

「かしこまりました」

 良信が林太郎の傷の応急処置を終えると、源内達はまた歩き出した。

「お侍、大事なものでございましょ、そのお怪我では、お荷物お持ち致しましょう」

「かたじけない、西洋の書物だから少し重いぞ」

「こいつは片手じゃ無理だわ」

 林太郎が荷物を伊左次に手渡した時、良信が書物と聞いて覗き込んだ。

「ほほぅー蘭学ですか」

「はい、お分りですか」

「いゃいゃほんのかじった程度じゃよ」

「それにしても物取りではないようだが心当たりでもおありかな」

「蘭学などしていると何かと目の敵にする連中がおりますから」

「新しいものをやろうとすると敵が多いのは今も昔も変らねーって言う事よ。わしもな・・いゃいゃ」

 駕籠の中で話を聞いていた源内が呟いた。

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