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源内倶楽部  作者: 修大
2/13

2,倶楽部誕生

それから数日過ぎた昼下り、帰雲が相模屋の奥座敷を訪れた。

「いかがでございますかな、進んでおりますか例のものは」

源内は畳の上に大きな図面を広げて何やら考え込んでいた。

「これは大砲でございますな、またどうして」

帰雲が図面を覗き込み描かれているの大砲である事に首を傾げた。

「これは象山に頼まれた大砲さ」

「では佐久間殿が失敗した例の大砲てございますか」

「わしの教えた通りに造っていれはあんな失敗はせなんだにの」

昨年、佐久間象山は自作の大砲の試し撃ちで暴発事故を起こして大失敗していた。

「しかし大砲でございますか?」

「いやいや、わしの考えているのは大砲なんぞではない、まったく別ものさ」

「さようで、大砲ではご隠居らしからぬと思いましたので安心いたしました」

「そりゃそうじゃ、大砲なんぞで追い払おうなんて幕府のおえらいさん達が考え付きそうな事だ。相手さんは大砲なんぞ驚きもせんじゃろ」

「さすがご隠居。でもまた何で大砲の図面なんぞ」

「ただこの鉄の筒が利用出来ないかと思っただけさ」

「キャー!」

突然,表の店の方から悲鳴が聞こえた。

「なんじゃい、何の騒ぎじゃ」

「どうやら連れの者達がまいったようですな、ちょいと迎えに行ってまいります」

帰雲が立ち上がり座敷を出て店の方へ廊下を歩きだした。


「ごめんよごめんよ、さなえ坊」

さなえが店にやって来た男達を睨み付けていた。

「おじさま」

「驚くのは無理はない、お前さんたちの評判は悪いからの、それにそのなりでは、さすがのさなえ坊が驚くわな無理はない無理もない」

帰雲の言う通り、男達の風体は大店の客には思えない格好だ。

奴銀杏の髷、褌に下ろしたてのさらしを巻き、白足袋、素肌にそのまま役半纏を羽織っただけの格好。それに全身に見事なクリカラモンモン。

定火消の人足、臥煙達は年がら年中この格好だ。

みんな火事となれば、火の中に飛び込んで行く恐いもの知らずの江戸っ子達ばかりだが、町衆には評判が悪い。暇な時には小ずかい稼ぎに商家にサシを無理矢理売り付けてゆすりたかりまがいの悪さをする者がいるからだ。

「申し訳ありゃせん、組頭から相模屋さんに行って帰雲様をお訪ねしろとだけ言われたものですから」

臥煙人足の若頭を勤める伊左次だ。この臥煙達は帰雲が旗本仙石兵庫から借りて来た助っ人だ。

「まあいいやね、こっちだ入らせていただきな」

「へい、それじゃごめんこうむりやす」

帰雲に促されて伊左次と五人ほどの人足が店の奥に入って行った。

「帰雲様、もうお一方お客様がお見えでございます」

帰雲を呼び止めたのは相模屋手代の蔵造だった。

「山田様も、おいでになったか、ちょうどいい」


しばらくして良信もやって来た。

「揃いましたな」

源内が座敷を見回した。

「これはこれは頼もしい助っ人に、首斬りのお人もいらっしゃるわ」

源内は浅右衛門を見て皮肉を込めて呟いた。

もしかしたら源内も何代か前の浅右衛門に首を斬られていたかもしれないからだ。

「山田様には、私が御無理を言ってお願いして加わって頂きましたのでございます」

源内に首斬りのお人と言われた侍は、山田浅右衛門吉利。町奉行所の裁きで、打ち首を言い渡された罪人の首斬りを行なう人物だ。しかし、役人とではなく一般の民間人。奉行所から首斬りを委託されて行なっているだけなのだ。

浅右衛門は、もう一つ公の仕事がある。

将軍家御試御用役を賜っている。将軍様の刀の試し切りだ。

将軍家以外にも各諸大名家からも刀の試し切りや刀剣の鑑定の依頼があり、罪人の首斬りは試し切りに一石二鳥の仕事でもあるのだ。

浅右衛門は帰雲が町奉行の時からの顔馴染みで、帰雲自身が直接今回の仲間に依頼した最強の助っ人だ。

「前髪のお方もおられるが」

「これは倅の豊吉でございます。お邪魔とはぞんじましたが・・・お仲間にお加えくださいませ。これ豊吉ご挨拶を」

浅右衛門が倅を連れて来たのには訳があった。

豊吉は山田家の長男で、八代目浅右衛門を継がせなくてはいけない息子なのだ。

だが、豊吉は山田家の仕事に疑問を抱いている様なのだ。そこで家業以外の父親の仕事を見せる事で家業に興味を持ってもらえるのではと考えて連れて来たのだった。

「豊吉でございます、よろしくお願いいたします」

「これはこれは、ご丁寧にお若いのに頼もしきかな。はいはいこちらもどうぞお願いいたします」

「ありがとうございまする」

浅右衛門も一安心した様子だ。

「外にいるお方達も中にお入りな」

源内が廊下に座っている伊左次達に声を掛けかた。

「とんでもね、あっし達はこちらで」

「ここじゃ、みんな仲間だ、お侍もお医者さんも町人もおんなじだよ、それが仲間だ」

「あっしら人足ふぜいにもったいない事でございます」

伊左次達には初めて他人に言われた言葉だった。

「ご隠居のおっしゃる通りだ、入った入った。のう良信殿」

「おっ、おお。その通りじゃ」

良信は、どんどんと関わる人数が増えていく事に動揺していて、話は耳に入ってはいたが上の空「こんなに聞いておらぬ」「もしもの時にはどうするのじゃ」と予想外の進展に頭の中は混乱していた。

「それではお言葉に従い失礼いたしやす」

伊左次達も座敷の中に入って帰雲達と一緒に座った。

「それじゃ出かけようじゃないかい」

源内は嬉しそうな顔で帰雲に言った。

「はいはいそれではまいりましょうかご隠居」

帰雲は懐をポンと叩いて立ち上がった。

「おお、参りましょう参りましょう」

それまで浮かぬ顔で話を聞いていた良信も、晴れ晴れとした笑顔で立ち上がった。

「ちょっと待った、忘れちゃいけねー事があった」

「また、何でございます」

「何じゃい」

帰雲と良信は拍子抜けした顔をして座り直した。

「せっかく何かの縁で集まった皆さんじゃ、わしら仲間の名前をつけようじゃないか」

「それはようございます。それで何と」

「エゲレス語では人が集り会を作りクラブと読んでいるそうじゃ」

「確かに確かに」

良信は聞いた事があると頷いた。

「クラブでございますか」

「では源内倶楽部と言うのはいかがでしょうかな」

良信が名前などどうでもいいと内心思っていた。

手っ取り片付けて早く吉原へ出掛けたいの一心だった。

源内は側にあった短冊に書いてみた。

「源内倶楽部ね、ちょいとこっぱずかしいが」

帰雲は源内から短冊を受け取り、しばらく眺めていた。

「よいのではございませんか源内倶楽部で」

「それじゃ決まりました」

「おめでとうございます、では参りましょう」

良信は「早く早く」と勢いよく立ち上がった。

「どちらへ」

今度は浅右衛門が訳が分らず、良信に聞いてみた。

「それはそれ・・・ほれ楽しい所でお祝いの宴会じゃよ。そうでしたな帰雲殿」

「お祝い・・・おめでとうございます」

豊吉は祝いと聞いて訳の分らないまま祝いを言った。

「豊吉殿にはちと早いかな、まあ何ごとも勉強じゃからよろしいか」

「左様左様」

「それではご一同参りましょう」


源内達が廊下に出ると相模屋主人の仁左衛門が店の方から表れた。

「ご隠居さま、お出掛けでございますか」



源内は仁左衛門を無視する様に横を向いたまま返事もしない。

「これはこれは相模屋さん。何かご用でございますかな」

帰雲が源内に代って仁左衛門の相手をした。

「お出かけならば一人お供にお加えいただければと存じまして。何かとお約に立つと存じますので」

源内は仁左衛門の申し出に「また金の匂いでも嗅ぎ付けてきたか」と呟いた。

手代の蔵造が店の方から小走りでやって来た。

「旦那様お呼びでございますか」

「お前さん、これから源内さまのお供しておくれ」

仁左衛門は懐から財布を出すと蔵造に渡した。

源内は、仁左衛門の強引な申し出に、まだ納得していない様子で横を向いたままでいた。

「大勢の方が賑やかでよろしかろう」

良信は「また増えたか、ええぃどうとてもなれ、わしゃもう知らんわ」とすでにあきらめの心境だ。

それにぐずぐずしていたらば、また楽しみにしていた吉原遊びが日延べにでもなったらと心配しただけで賛成したのだ。

「よろしゅうございましょうご隠居蔵造さんなら」

帰雲は蔵造に興味を持っていた。

「帰雲さんがよいならばそれでよいわ」

「ありがとうございます、蔵造さんしっかりとお願いしますよ」

「さあ早く出掛けましょう」

源内はさっさと歩き出した。

「おおそうじゃ」

源内は何かを思い出し、立ち止まる帰雲達の方に向き直った。

「ご隠居、また何か」

「ちょうどよい、蔵造さん、伊左次さんたちに着物を用意しておくれではないか」

「あっしらならこれでかまいませんが」

「その役半纏はうるさい奴等の虫除けにはよいが、どうにも目立っていけねーよ」

「そうでございますな、蔵造さんお願いいたします」

「かしこまりました着物をすぐに用意いたします」

蔵造は屋敷の蔵の方に小走りで向かった。

すぐに蔵造が戻って来て、伊左次達が着替えを済ませると、源内が乗った駕籠を伊 左次達が担ぎ、源内達一行は相模屋を出て吉原へと向かった。

「やれやれじゃ」

良信がほっとした顔で呟いた。

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