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源内倶楽部  作者: 修大
1/13

1,全員集合

ハラハラドキドキ幕末SF時代劇平賀源内と仲間達が登場

「源内倶楽部」


嘉永五年八月あの怪物が江戸を目指していると知らせが来た。


江戸城の中奥、老中御用部屋で人を遠ざけて月番老中の三人がなにやらひそひそと密談を始めた。

「やはり、この様な天下の一大事には、あの男以外にはおりませぬ」

「さようでござりますな、内々に事を進めるには、あの幽霊が最適でござろう」

何やら天下を揺るがす大事件が迫っていて、その対処策に打って付けの男を選んだ様だ。

「なれば急がねばなりませんな」

「しかし阿部様は、大した事ではない、その様な事はすておけと」

筆頭老中の阿部正弘は、この事実を黙殺し、大した事にはならぬと無視する様に月番老中達に指示したばかりだった。

「琉球と対馬からの文では、海に浮かぶ山の様だと。このままでは清国の様な恐ろしきことになりかねませんぞ」

「急がねばなりませんぞ」

「さようではござるが・・・阿部様に無断では」

「そのように躊躇している場合ではござらぬ」

「急がねば、あの男でも時が過ぎれば間に合いませぬぞ」

「・・・さっ、左様でござるな」

「決まりましたな」

「では早速に手配致しましょう」

「しかし、我々は表立っては動けませぬ故。差配役の者を起用せねば」

「万が一の時には我々は預かり知らぬ事に出来ますからな」

「では、早速呼び出しましょう」


江戸の大通りを差配役に適任と抜擢された中年の侍が走っていた。

「こりゃ旦那、そんに急いでどちらへ」

「帰雲の旦那、寄ってってくださいな」

「ごめんよ、今度な、また寄るからよ」

町衆に帰雲の旦那と呼ばれているこの侍、町人の楽しみである歌舞伎が天保の改革で無くなる危機を救った功労者としても町衆に慕われている人気者だ。

今は隠居して家督を倅に譲っているが、現役の頃は北や南町奉行を勤めた、名奉行の遠山金四郎景元だ。

若い頃から桜吹雪の刺青が看板の遊び人の金さんとしても町衆に親しまれてきた。

腰に大小はさしているが、隠居を機に思い切って剃髪し頭は丸坊主。あの若い頃の粋でいなせな金さんの面影はまったくない。

しかしそれが潔いと、今も江戸っ子達に親しみをもたれている所なのかもしれない。

「おっとっと、すまんすまん、先を急ぐでな」

帰雲は通行人にぶつかりながらも小走りで先を急いでいる。

帰雲は裏の仕事とはいえ、久し振りのお役目に張り切っている様だ。


表通りの大店。材木問屋と回船問屋を合わせて商う江戸随一と評判の大店相模屋の暖簾を帰雲は潜った。

「邪魔するよ」

「これはお殿様、これ旦那様にお殿様がおいでだと・・・早くしないかい」

店の番頭がそばにいた小僧に、奥にいる主人に帰雲が来た事を告げる様にと促した。

「へーぃ」

「いいよいいよ小僧さん。それよりも殿様はやめてくれ、たたの隠居のじじいだよ」

「これ、何をしてるんだい、早く旦那様に」

「いいって事よ、昔から通い慣れてらーな、勝手に上がるよ」

帰雲はそのまま、店を通り抜けて屋敷の奥につながる廊下を歩き出した。

「何ですか店先で大声で」

「すまんすまんわしじゃわしじゃ」

「これは、帰雲様おしさしぶりでございます」

この店の一人娘のさなえが店の騒ぎを聞き付けてやって来た。

「おお・・・また一段と美しくなったのー、さなえ坊」

「まあ相変わらずお口のお上手な事。伯父様は変わっておりませんね」

「ところでお元気でござりますかなご隠居様は」

「はい、お元気でございます。さあどうぞ奥へ」


相模屋の奥の奥の秘密の奥座敷に向かって帰雲とさなえが歩き出した。

さなえが先にその座敷の障子が開き入って行った。

「帰雲様がおみえでございます」

「やっと来たかい」

遅れて帰雲も座敷入って来た。

「おしさぶりでございます。御隠居お元気で何よりでございます」

「本当に金さんかい、お前さんおつむの方がめっきりと寂しくなってしまって」

「いゃー(頭をなでながら)御隠居はいくつにおなりで」

「御隠居はやめとくれ、まだまだ現役・・・ほれこの通り」

帰雲にご隠居と呼ばれた老人は、すっくと立ち上がって手足を激しく動かし踊ってみせた。

「いけません」

さなえが慌てて止めた。

「また叱られちまった・・・ああ」

元気だと言っていたが、さすがに歳である、息が上がってぺったりと、そのまま座り込んでしまった。

「大丈夫でございますか、源内様」

ちょうどそこに、蘭学医師の石川良信が座敷きに入って来た。

良信が源内と呼んだ老人が、老中達が幽霊の様な怪物と言っていた天下の一大事を託された男、平賀源内だ。

源内は世間では七十年以上も前の安永八年に死んでいる事になっている。表舞台には出る事のない幽霊の様な存在なのだ。

なぜ源内が生きているのかだが。

世間では、友人と些細な事で諍いとなり、刃傷沙汰を起こして捕えられ入牢し、そのまま牢内で病死したとされている。

友人との諍いごとで突然刃物を振り回し無抵抗の相手を殺した罪は重罪、死罪はまぬがれずとされていた。

しかし、源内の知識と頭脳を惜しんだ幕府が牢内で病死したと処理し、相模屋お預けとして食い扶持を与えて長年庇護してきたのだった。

「おお、良信殿お見えになったか、ちょうど良かった、ささご隠居様のお脈を」

帰雲に促されて良信は源内の側にそのまま進み、むんずと源内の手首を掴んだ。

「何をするのじゃい、お前さんは誰じゃい」

源内は良信の手を振払った。それでも良信は強引に源内の腕を掴んで脈をみた。

「何じゃ何じゃ」

良信の強引さに圧倒されて、源内も諦めておとなしくなった。

「このお方は石川良信殿、蘭学医でございます」

「医師か・・・わしはまだまだ医者などには用はないわい」

源内は苦虫を踏みつぶした様な顔で上目使いに良信を見た。そうとうの医者嫌いの様だ。

源内は良信の手を汚い物でも扱う様に、指で摘みあげて自分の手から離した。

「これはまた医者嫌いの方が重症ですな」

「お祖父様。おとなくなさいませ。往生際が悪い諦めなさいまし」

さなえが源内を睨み付けた。

「そうですぞ、ご隠居」

「ああ怖っ、二人して老いぼれをいじめるか、はいはい分かりましたよどうとでもなさいませ」

源内は仕方なく良信の目の前に腕を突出した。

「御隠居様はおいくつで」

良信は脈をみながら確かめる様に聞いてみた。

「わしは今年で還暦じゃ」

「おじいさま嘘はいけません。還暦はだいぶ前に過ぎました。それも二度目の」

それを聞いた良信の目が光った。

良信は依頼された仕事以外に医者として源内の身体の秘密にちょっと興味が沸いてきた様だ。

「・・・(なんじゃいな?こいつ)」

源内も良信の変化を感じでいた。

良信は源内の腕を離し帰雲のそばに戻った。

「まずは何ごともなくお元気でこざいます。源内様は百を越したお歳しとはとても思えませぬ」

「だから言ったではないか、医者など用はないと」

「まずは何事もなくよろしゅうございました。それでは早速でございますが」

「おっと、いいのかい」

源内は帰雲の話を遮り良信を見た。

「この事は良信殿も御承知でございます」

良信はこの企みを仕掛けた老中達から直接命じられ、源内の身体に万が一の事があったらと考えて仲間に加わった人物だ。

良信自身も、今まで漢方医しかなる事のできなかった奥医師の地位を初めて蘭学医師として狙っている野心を持った人物だ。

しかし、この世界も昔からの慣習や漢方医の反発などがあり、苦戦している現実がある。

良信はこの仕事が幕閣とつながりを持つ糸口になれば自分の野心を実現するためになるのではと考えて引き受けた仕事だ。

だから、それほど帰雲や源内達の企みには興味はなかった。

さらに良信には、帰雲にも内緒の、内々に老中達に指示された汚れ仕事がある。

その良信の裏の汚れ仕事とは、企てが露見したりして表沙汰になる危険が生じた場合には、企みに関わっている者達を毒殺し始末しろと命じられていたのだ。

「それでは」

帰雲が再び話を始めようとする。

「あのー、お茶をいただけますかな。さなえ様」

今度は良信が帰雲の言葉を遮ったのだ。

「そうそう良信殿にお茶をな」

源内は帰雲の言葉を遮った良信と事情は異なるが、今回の仕事にさなえを巻込みたくないという思いは同じだった。

「はいはいお邪魔でございましょ。帰雲のおじ様、お祖父さまにあまり無理をさないようにお願いします」

良信はやれやれとほっとしていた。

万が一に汚れ仕事を実行しなければならなくなった時、なるべく人数が少ない方がよいと思っていたからだ。

それに良信にはさなえと同じ年頃の娘がいたからでもあった。

「はい。申し訳ございませぬお邪魔ですね」

さなえは座敷から出て行った。

「これでございますが」

帰雲は懐から一通の文を取り出し、源内に手渡した。

その文とは、月番老中から預かった長崎出島のオランダ商館長のドンケル・クルチウスが長崎奉行に提出し、筆頭老中の阿部正弘が黙殺した公文書だった。

「御隠居の事でございますからすでに御存じでございましょうが」

「万次郎さんからも文はもらったがな、あいつがそろそろこっちに来る時分だと思っていた。とうとう江戸に来るか」

源内は帰雲が手渡した文を読み始めた。

「ところで、こっちのほうは満腹かい」

源内は懐をポンと叩いて帰雲の顔を覗き込んだ。

「はいはい、ご心配なく満腹でございます」

帰雲も胸を張って突出した自分のお腹をゆっくりとなで回した。

その二人のやり取りをそばで見ていた良信が、何の事やら合点がいかぬと首をかしげた。

「では早速まいりましょうかな、金さん」

そう言うと源内は嬉しそうな顔で立ち上がった。

「しかしでございたす御隠居、今日のところは」

「なんだいお前さんらしくない。こんな時は真っ先にお前さんから話が出ると思っていたのに、どうしたい金さんよ」

「この度はお神の仕事でございますので用心には用心が寛容かと。年寄りだけでは不用心でございます」

「せっかくの満腹で、たらふく楽しめると思ったに」

良信がまた訳の分らない二人の会話に首をかしげた。

それに何だか自分だけが除け者にされているみたいで、ちょっとムッとし顔をした。

「帰雲さんや」

源内は良信の態度に気付き、帰雲に目配せした。

「これは申し訳ございませなんだ。良信殿には何の事やら合点がいきませんでしたな、あいすまぬ事でございました」

「満腹とか、どちらかに行くとか?何の事でございます」

良信もそれならばとはっきりたずねてみた。

「いやいや、軍資金の事でございます。今回の事でその筋よりたんまりと軍資金を頂いておりますのでな、懐の財布には小判が満腹という訳で」

「おおぅ、それで満腹と」

「左様でごさまいます」

「なれば、その軍資金でどちらかにお出かけで」

「仲でございます、前祝いにぱーっと仲にぐりだそうという魂胆で」

「仲とは、吉原でございますかー吉原」

良信は源内達の話が吉原行きと分かって、慌てて身を乗り出した。

「良信さんもお好きなようですな、それはそれは上々上々」

良信の嬉しそう顔に、源内の良信に抱いていた印象が少し変った。

伊達家の侍医で蘭学医者とくれば、さぞかし遊びも知らず、学問一途の堅物だろうと源内は決め付けていたからだ。

「まっ、参りましょう吉原へ」

「参ろう参ろう吉原へ」

良信と源内は一緒になって、今から吉原へ行こうと、帰雲に子供がせがむ様にはやし立てた。

「いやいやご両人。これからは何が起こるか分かりませんぞ、お役に立つ者を揃えまして参上いたしますのでしばらくお待ちくださませ」

「そのような心配はいらぬがのー」

源内はまだ諦められない様子だ。

「そうは参りませぬ。用心にはご用心、これからの仕事は日本国のためでございますぞ」

「せっかくのう・・・残念じゃ」

「まあしばらくの我慢でございますからご隠居」

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