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シロツメグサ

作者: 櫻井 総一

 子供の頃、一度は手に取る花と言っても良いんじゃないかと思う。

 遊びに行った公園に咲いている花。白くて丸くて純情な少女を思わせる花。

 手先の器用な人間は、それで花冠を作りそれを満足げに誰かの頭にのせられて


「お姫様みたいだね」


 決まり文句を言ってくる。

 そんな自分は、男という性別のせい、というよりも不器用なだけなのかもしれないがそのセリフを言われる側の人間だった。



「あっ、先輩見てください」


 会社の後輩である、高島(たかしま) 涼香(すずか)は、取引先との話し合いも終わり会社へと戻る途中自分より少し早く歩きスーツ姿ということも気にせず、その場にしゃがんだ。


「何?」

「懐かしくないですか?この花」


 彼女は立ち上がり、一輪の花を見せてきた。彼女の足元には白い花がいくつか咲いていた。


「あー、そうだな」


 俺は彼女に見せられた花に目線を配るが、気にもしないように彼女を追い越し歩いた。

 後ろからは、つれないなぁと呟く彼女の声が聞こえた。


「先輩は知っていますか? この花の名前って、男の人が知るわけないですよね」

「シロツメグサ」

「え?」

「シロツメグサだろ」


 隣を歩く彼女を見ると、一輪のその花の茎をくるくる回していた。


「意外です、先輩そういうの興味なさそうなのに…」

「興味ねぇよ、その花の名前以外分からねぇもん」

「好きな方の、好きな花とかだったんですか?」

「は?」


 彼女は、むかつくほどニヤニヤした表情で俺を見つめていた。


「そんなんじゃねぇよ」


 俺はカバンを持っていない手で彼女の後頭部を軽く叩いた。


「痛いですよ~、セクハラですよ。セ・ク・ハ・ラ」

「後頭部に欲情しねぇよ」


 耳元では彼女が何かを訴えていたが、俺自身には届いていなかった。

 気付いた時には、彼女の手にはあの花はなくきっとどこかで捨てたんだろうっと、考えた。


「ただいま」

「おかえりー」


 会社からも近いということで、実家から通っているが24歳といういい年の人間でもあるわけで一人暮らしを求められてもいるが、やはり帰ってきて何もしなくても良いというこの環境は素晴らしいと思いなかなか踏み出せずにいる。


「母さん、今日の飯何?って優貴(ゆき)、来てたのか」

「おかえり、はるちゃん。今日は肉じゃがだって」


 はるちゃん。と気安く呼んでくるのは、太田(おおた) 優貴(ゆき)俗に言う幼馴染というやつだが彼女は俺よりも一つ上の今年25歳になる人間だ。


「....はるちゃん言うな」


 軽く溜息を吐きながら、彼女の隣に腰かけた。


「やだ春樹、スーツしわになるんだから着替えてきなさい」


 母親は、腰かける俺に慌ただしく注意してきた。


「あー...」

「着替えておいで、は・る・ちゃん」

「へいへい…」


 俺は少し彼女を睨みながら、自分の部屋へ行った。

 一体、何しに来たんだ。

 ネクタイを外し堅苦しいシャツやズボンを脱ぎ捨てた。

 頭の中では、先程久しぶりに出会った彼女の顔が思い浮かぶ。

 数か月に一度ふらりとやってくる彼女。まだ自分が学生だった頃は数日に一度、下手したら毎日来ていたのに俺の学生生活が終わると同時にめっきり来なくなってしまった。

 彼女は一つ年上だから、自分より社会人になるのも一年早い。

 社会人だから来なくなった。そんな単純な理由ではない。なんてったって一番疲れるであろう新入社員時代は、俺が学生の頃と変わらないペースで家に来ていたのだから。

 急に来なくなったのは、彼氏が出来たってことなんだろうか?

 俺は怖くて聞けないでいる。


「はるちゃん、仕事はどう?」


 隣でおいしそうに母親の肉じゃがを食べている彼女は昔からひとつも変わっていない気がする。


「あー、別に。そっちは?」

「うーん、まぁ普通かな」


 彼女は別に、仕事の愚痴を言ったりそういったことは言わない。

 本当に世間話をするだけだった。


「それにしても、優貴ちゃんもそろそろいい年齢なんだし、どうなの? 結婚とかは?」

 俺は口に入れた、お茶を吹き出しそうになった。


「あはは、そうなんですよね~、結構周りも結婚してきてて…」


 そういう彼女をちらりと盗み見してしまう自分がどこか恥ずかしい。


「.……っ」


 気のせいかもしれないけど、盗み見ていた彼女と目線が合った気がした。



「この前来たのいつだっけ?」


 夕食も食べ終えて、母親からの勧めで送ることになった。


「二か月前、くらいじゃねぇの?」

「寂しかった?」

「別に」


 寂しいなんて気持ちもう忘れてしまったのかもしれない。

 新入社員として奮闘していた時期。不満やイラつきを解消したかったがそんな時期に彼女はあまり来てくれなかった。

 まだ思春期の延長なのか、気恥ずかしくて自分から行くことなんて出来ずに一人でジタバタしていた記憶が蘇る。


「ふふっ、でも今日はいつもより落ち着いた感じだったね?」

「そんなことは...」

「いよいよ私をうっとおしく思えた?」


 余裕じみたその顔を俺は見るたびに、あぁ叶わないなと思ってしまう。


「今日は、来る気がしてたから」

「え?」

「ほら、着いたぞ」


 気付いたら、彼女の家の前でまだ家族は起きているのか家の中の電気はついていた。


「え、あ、うん…」


 彼女は、少し気まずそうに玄関のドアを開けた。


「今日はありがとう。また、ね」

「おう」

「おやすみ」

「おやすみ」


 ガチャンと閉まるドアをしばらく見つめ、溜息をした。

 さっきの言葉に偽りはない。

 今日の後輩とのやりとりを思い出しあの花を思い出す。

 昔からそうだ、あの花を見るとアイツを思い出す。

 昔、器用にアイツが作った花冠をかぶせられた記憶。

 きっと、あの時から俺は彼女に恋をしていた。



「先輩、何たそがれているんですか?」

「あ?」


 またあの時と同じように、後輩の彼女と歩いている時に声をかけられる。

 あれから一ヶ月、彼女、太田 優貴は家に来ない。


「先輩ってそんなにぼーっとする人間でしたっけ?」

「お前、先輩に対して...」

「良いじゃないですか~、うわっ先輩見てください!」


 またあの時のように彼女は俺の先を少し小走りで走る。

 彼女が走った先には、前回とは違う道なのにあの花が咲いていた。

 しかも前回のより範囲が広く花畑状態だった。


「お前、仕事中...」

「まあまあ、少しぐらい良いじゃないですか。もう少しで出来上がるんで」

「なにがもう少しだ」


 そういう彼女を呆れながらも待ち、辺りを見回した。

 ちらつくのはアイツの顔で、あの時の思い出。


「会いてぇな...」


 なんとなく泣きそうだった。


「せーんぱいっ!」


 後ろから高島の声がしたと同時に、何かが頭に乗せられた。

 微かな重み。そしてちらつく思い出。


「先輩、お姫様みたいですね」


 俺は、頭の重みを手に取った。


「先輩、知っていますか?」

「何を?」

「この花の花言葉」

「いや、知らない」

「復讐、約束、あと...         なんですよ」

「…なあ」

「はい?」

「これの作り方教えてくれ」

「部長に叱られますよ」


 そう笑いながら教えてくれた。



 後輩に教えられながら、不器用なりに作った花冠を持ってある場所に来ていた。

 ずっと、来れずにいた彼女の家。

 ただ来たのはいいけど、ここからのことなんて何も考えていない。

 例えば、チャイムを鳴らす。

 アイツの親が出る。

 もしいなかったとしても、かなり恥ずかしい状況だ。

 大の男が花冠を持って現れるんだから良い笑い者だ。

 そう思うと、急に恥ずかしく思い冷静になり今日は帰ろうと家への道へ向き直した。


「はるちゃん?」


 この時に思ったのはコイツの親とかじゃなくて良かったと心から思った。


「どうしたの? それに、その花冠...」


 まだ少し遠くにいた彼女は、俺に近づき俺と持っている不格好な花冠を交互に見つめた。


「あのさ」

「ん?」

「…ちょっと時間もらってもいいか?」

「あ、う、うん」

「あとさ、これ持っててほしい」


 俺は持っていた花冠を彼女に渡した。

 彼女は、少しとまどいながらも少し笑いながら受け取ってくれた。

 来たのは昔よく二人で来た公園。

 ただし、来たのは幼い時でこんな夜の21時になんて来たこともない。


「ねぇ、これはるちゃんが作ったの?」


 何も言わなくてもあいているベンチに座る彼女の隣に腰かけた。


「あ、あぁ、まぁ...」

「ふふっ、どうしたの?昔はこんなの作れるほど器用じゃなかったのに…」

「別に、器用になんてなってない...」


 まじまじと冠を見つめる彼女から冠を奪った。

 そのまま、彼女の頭にそっと被らせた。


「はる、ちゃん?」

「お姫様みたいだな」

「え?」

「昔、お前はこう言ったよな。俺に」

「う、うん」

「なんで、なんで来なくなったんだよ」


 半泣きになりながらも彼女に抱きついた。

 彼女の甘い香りと、シロツメグサの微かな香りが交じり合う。


「春樹...ごめん、私、その...」

「好きなんだ、あの日冠を俺にかぶせた時から、優貴のことが...」


 否定の言葉なんていらない、彼氏がいるなんてそんなことあってほしくない抱きしめていた腕を緩めつつも盗み見ていた彼女をまっすぐ見つめた。

 けど、そんな不安なんてきっとありもしないなんて、都合の良い解釈をしてしまった。

 彼女の真っ赤な顔と合わせてくれない目線で


「春樹はやっぱり不器用だよ」


 作った花冠は、どこからかほどけてしまい彼女の頭から落ちていた。


「お前が器用すぎるんだよ」

「え?」

「あんなメッセージ俺の記憶になすりつけてさ…」

「気づいたの?」



 シロツメグサの花言葉

「復讐」「約束」

「私を思って」



この作品を読んで下さりありがとうございます。

「シロツメグサ」漢字で書くと「白詰草」名前とかでも、あぁ聞いたことあるなという花の名前なんじゃないでしょうか?

名前が分からなくても、おそらく調べていただければあぁこの花かと思っていただけるような気がします。

私は作品のように器用に花冠を作れるほど器用な人間ではありませんでした。

ただ記憶にあるのは、母親がいつも器用に作ってくれた花冠を鮮明に覚えています。

ある日散歩をしていて思い出す母との思い出がとても懐かしく思います。

子供の頃の記憶ってやけに愛おしく思うのは私だけなんでしょうか?

ちなみに、シロツメグサのクローバーでの四葉になると花言葉が「私のものになって」になります。


それでは、失礼いたします。

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