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Zwei Schwarz  作者: aswad
黒い森から舞い降りた、一枚の木の葉
6/14

覚悟

「何なんだ、兄上のあの態度はっ!」


自室に戻ったエアゾルドは、腹立ち紛れに吐き捨てた。

彼の護衛兼執事である琅・ロウ・クァンが、紅茶を目の前で入れながら苦笑する。


「仕方ありませんよ、エア王子。宣戦布告に近い発言をされたのですから」


エアゾルドはティーカップを持ち、目前の琅を見た。

クレイト王国、いや近隣国でも珍しい黒い瞳に焦げ茶の髪をした琅は、エアゾルドが

五歳の時に彼の護衛となった。

何でも、諸国を放浪し、疲れ果て道端に倒れていた彼を、イリスザートが助けたことが

きっかけで、物珍しさも手伝い、そのまま王宮に住み込んでいるらしい。


「・・・・・やはり、そう思うか」

「当たり前でしょう。しかし、悪戯で返す予定とは・・・・流石、と言うべきでしょうか」


しみじみとした琅の言葉に、エアゾルドは首を傾げた。


「そんなに兄上の悪戯は凄いのか?俺はあまり聞いたことがないが」


彼の悪戯最盛期は四、五年前。

自分は帝王学を独自に学んでいた時期なので、あまり詳しくは知らない。

だが、語り草になっているようだ。

そういうと、琅は遠い目をした。


「そうですね・・・・あまり詳しくは言いたくありませんが」

「・・・・そこまでか?」

「ええ・・・・・王宮内の時計を全て二時間巻き戻してみたり」

「・・・・・は?」

「家出を装って国民に扮し、幾度か王宮に上がっていらっしゃったり」

「それ・・・・・良いのか?」

「ちなみに、三度目にしてようやくカイザが気づきました」

「・・・・・・・」

「ご家族、特にイリス王子の悪口を仰っていた方々が落とし穴に落ちるのは日常茶飯事。

豪華な装丁のプレゼントの中身はびっくり箱、などもざらにある話でしたし、街の少年少女に依頼して、貴族の皆々様を迷いこませる等も行なっていらっしゃいました。

果ては、外務大臣に扮して様々な話を吹聴し、ご自分の縁談を相手方の方から断るように仕向けたり、なんてこともありました」

「・・・・外交に問題は」

「全く。ご自分がどれほど変わり者でいらっしゃるかを語っただけのご様子で」

「流石、だな」


エアゾルドは椅子の背もたれに背をあずけた。

手で向かいにある椅子を示し、琅に座るよう促す。


「それで、いかがいたします?何か手を打たなければなりませんよ」


琅の言葉に、エアゾルドは小さく反応した。

ティーカップとソーサーがぶつかり、小さな音を立てる。


「いや・・・・・・・もう、打った」

「え?」

「最終手段にして、絶対に逃げることのできない手を、打った」


淡々としてはいるが少し怯えたようなエアゾルドの表情に、琅は首を傾げる。

静かに次の言葉を待つ。

唾を飲み込み、エアゾルドは口を開いた。


「奴に・・・・・・依頼、を」

「心外だな。暗殺者とて、名があると言うのに」


音も無く、色も無く。

唯居た。

黒ずくめの影は堂々と、しかし気づかれることなく、そこに在った。


「なっ・・・・・!」


琅は思わず立ち上がり、主人を守るように影との間に立つ。


「落ち着け、琅」

「しかしっ・・・・!」


相手から目を離さずに言葉を返す。

彼の主人は、琅に言い含めるように言った。


「手を出すな。・・・・・かの有名な暗殺者に対して、命知らずな真似をするな」

「・・・・・・!まさかっ・・・・・!」

「・・・・・・そう、だ」


エアゾルドは落としていた視線を動かし、その影を見つめて告げた。


「かの有名な暗殺者、シュヴァルツ・ヴァルトだ」


琅は呆然とその暗殺者を改めて見た。

全身を黒い服で隠し、性別が分からない。

顔立ちは幼いが、漆黒の瞳には何も浮かばず、酷く大人びた表情をしていて、年の見当もつけようがない。

それでも一つだけ、判別できることがあった。


「・・・・小柄な方ですね」


琅の台詞に影は鼻で笑う。


「よく言われる。だが、闇の世界で生きるためには体格など関係が無いだろう」


静かで中性的な声に頷きかけ―――我に返る。


「そんなことより!どうして、あなたがここに?」


琅の問いに、冷めた瞳が彼を見た。

何も浮かんでいなかった瞳に、少しだけ浮かんだのは呆れ。


「シュヴァルツ・ヴァルトの職は何だ?」


暗殺、と答えかけて気づく。

そう、暗殺。

エアゾルドが依頼したのは暗殺者。

それは、つまり。


「気づいたか」


シュヴァルツ・ヴァルトは小さく首を傾げる。


「依頼されたよ。兄にして次期王、ヴァン・クレイト・シュライエルの暗殺を」

「・・・・・・・っ」


主人を見ると、手が小さく震えていた。

琅は支えるようにエアゾルドの肩に手を置く。

主人を気にかけつつ、彼は尋ねた。


「シュヴァルツ・ヴァルト様」

「ヴァルトと呼べ」

「は。・・・・・・その、いつ仕事を?」


それだけで、十分相手には伝わったらしい。

シュヴァルツ・ヴァルトは再び首を傾げた。


「さてな。全ては依頼主、エアゾルドが決めること」

「え・・・・・」

「唯の暗殺者であるが故に、全ては依頼主の決定に従うだけだ。

それに、今はまだ唯の依頼だ。仕事をするのは、命令が下った時。・・・・あぁ、そうだ」


黒いその人は、エアゾルドを見る。


「仕事はするが、その依頼をしたのはお前だ。

間接的であろうと直接的であろうと、その命をお前が奪うと言うことに変わりは無い。

命を奪う覚悟を決めてから命じることだな」


そうして背を向ける。


「ヴァルトと一言呼べば、どこにいようと参じよう。依頼は承った」


瞬き一つの間に、黒い影は消えた。

あまりにも重い空気が部屋に残る。


「・・・・・・・あの」


琅が思いきって口を開くが、それを遮るようにエアゾルドが呟いた。


「・・・・・か」

「はい?」

「俺に足りないものは、覚悟か」


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