愛について
長らくお待たせいたしました……!!
相変わらずぐだぐだしております。
それでは、お楽しみください。
夜。
夕食を終え、就寝までの自由な時間を過ごそうと部屋に戻った直後。
「あ、ヴァルトいらっしゃい」
「!?」
ヴァンの声に、いつものように紅茶をいれていたカイザは勢いよく振り返った。
窓辺に立っていた漆黒の影は、音もなく部屋の中に入ってくる。
「カーイザ、一人分追加ねー」
「ばっ、分かってるから言うなっ」
慌てて言葉を返すが、時すでに遅し。
珍しく、目を丸くしたシュヴァルツ・ヴァルトが彼を見る。
「・・・・・・カイザ、お前」
ヴァンと家族以外には知られていなかった事実を知られてしまった。
よりによって、かの有名な暗殺者に。
言葉を途中で止めてしまった彼女から顔を背けるようにして、カイザは一人分のティーセットを準備する。
目が合えば、色々な考えが頭に浮かんで頬が熱くなりそうで。
「んだよ、護衛の俺が紅茶いれて悪いかよ。
確かにこれは仕事じゃねぇし、むしろ趣味でやってる訳だが、別に男がやったらいけないとか言われてねぇだろ?
つーか、紅茶をいれるのは執事の仕事でもあるだろ。
要するに、男が紅茶をいれるのは何も不自然じゃねぇ、ってことだ」
言い訳じみたことを延々と述べ、テーブルに紅茶をいれたカップを置く。
結果。
いつの間にか席に着いていたシュヴァルツ・ヴァルトと目が合った。
(っ!)
動揺するが、表面上は何事もなかったかのように振舞う。
鼓動が跳ね、頬が少しだけ熱を帯びたが。
「手際がいいな」
「もう趣味じゃなくて特技だけどねぇ、既に。
まぁ飲んでみて。美味しいのは本当だから」
既に口をつけていたヴァンの勧めに、彼女は一口飲む。
そして、小さく頷いた。
「成程、確かに特技と言えるな。美味い」
「・・・・・どうも」
褒められると思っていなかったカイザは、素直な賞賛の言葉に頬がさらに熱くなるのを感じた。
照れ隠しに反論する。
「つか、特技じゃねぇよ」
「そうか?特技と言って差し支えない腕前だが」
「ねー、特技だよねー。ところでヴァルト」
唐突にヴァンが身を乗り出した。
「せっかく早い時間帯に来てくれたし、ちょっと話さない?」
「お前、目の前にいるのが誰か分かって言ってんのか?」
カイザは幼馴染の様子にほとほと呆れ果てる。
いずれ自分を殺す暗殺者と話をしようとは。
対するシュヴァルツ・ヴァルトは、テーブルの下から何かを取り出し、テーブルに置いた。
「あれ、トライフルだ」
ヴァンの大好物であるカスタードケーキと、もう一つ。
「もう片方は何?」
「これはザッハ・トルテ。ラ・ルマーニュの代表的なトルテだ」
「トルテ・・・・・?」
「あぁ、ケーキのことだ。ラ・ルマーニュではトルテという」
ヴァンが成程、と頷き。
「ちょっと待てよ、何でそんなもん持ってんだよ」
カイザが突っ込んだ。
「さて、糖分も確保したところだからな」
カイザのツッコミをきれいに流し、暗殺者はトライフルとザッハ・トルテを切り分けた。
「で、どんな話をしようか」
「するのかよ・・・・・・・」
カイザの呆れ声は鮮やかに無視された。
ヴァンの瞳に宿る小さな輝きが、悪戯をするときのそれと似ていることに気づいたのは、カイザのみ。
「うーんと・・・・・・恋愛について?」
「そもそも、『愛する』ってどういうこと?」
「個人で様々な意見があるだろうが・・・・・誰かを、何かを大切に思い、想い、焦がれることだと思う。
一番身近な例が家族だろう。
憎しみと表裏一体だろうが」
「離れたくないとか、大切だとか、自分を見て欲しいとか、そういうこと?
じゃぁ『好き』は?」
「特定の対象に対して気持ちが向かうことらしい。
守りたい、知りたい、興味がある、と言ったところか」
「そっか、それらの気持ちが異性に向かうことで恋愛が成立するのか」
「同性に向かう場合もある。反対に憎悪の気持ちとなることもあるが」
「どうして?」
「憎悪と嫌悪は、つまり嫌う相手、憎む相手を想い続けることだろう。
形も抱く感情も違うだろうが、結局は相手を思うという点で同じだと思う」
「うーわー、それって無いほうがいいよね。いつ憎しみになるか分からないんだし」
「そうは言うが、子孫を残すためには何よりも必要な想いだろう。
家族や肉親ではない異性に対する想いが強いのは、子孫を残すためでもあるだろう。
勿論、同性にも向かう。家族に向かう場合もある。
誰に向かうかは自分次第としか言いようがない」
「けど、人なんて沢山いるじゃないか。愛情がすべての人になければいけないわけではないでしょ」
「そんなことを言うものではないぞ、ヴァン。国民を愛すべき立場のお前が。
もし万が一、愛情がなくなってしまったらどうする?
親に愛されないがために子供は死に絶える。
周りの者に愛されないがために一人で生きなければならない。
異性に愛されないがために子を成すこともできず、人は朽ちていく。
結局、愛情がなければ生を繋いでいくこともできない。
孤独のうちに生まれ、育ち、死んでいく。
国も同じだろうて。
お前たち王族は、国の礎として、象徴として、拠として血を絶やすことは許されないだろう」
「・・・・・・・むー。でも結婚は嫌だなぁ」
「王になるのだろうが。王の役目は国政と国民に姿を見せること、そして世継ぎをつくることだろう。
むしろ最後が最も重要だと言っても過言ではないぞ」
「だから、それが嫌なんだって。甥っ子とかでもいいだろ」
「その予定があるなら、元々王位を継がなければいいだろう。
そうすれば何も文句は言われまい」
「嫌だ、王位は継ぐ。王にはなる。でも結婚はしたくない」
「・・・・いっそ清々しいな、お前は」
「ヴァルトは?恋愛とか興味ないの?」
「・・・・・・・・・・・・・暗殺者に聞くか、それを?」
「・・・・・・・・・・・なぁ」
今まで沈黙を守ってきたカイザはようやく口を開いた。
「何で暗殺者とその標的が話してるんだよ。しかも恋愛」
二人はきょとんと顔を見合わせ、一言。
「何となく」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
呆れ果て、何も言えないカイザだった。
ヴァンはザッハ・トルテを一口大に切り、自分の口に放り込んだ。
ちなみに、トライフルは既にない。
「あ、美味しいねこれ」
「だろう?」
味わってゴクリと飲み込み。
「恋愛するってなったら、どんな人かなぁ」
「そうだな、取り敢えず並みの女ではお前の妻が務まらん」
「あ、王妃じゃなくて」
「お前の妻になるのだろう?似たタイプでなければ無理だろう」
「やっぱりそう思う?」
「思うとも。いっそ、妾妃を娶ることも考えてみては?」
「それは嫌だ。俺は一人を大事にしたい」
「まぁ、現国王と王妃を見ていればそうか。
ラ・ルマーニュでは妾妃がいることが当然だったからな、この国の仕組みは分からない」
「本来ならそうだけど、父上と母上が仲良くやっているからね」
止まらない二人の会話。
カイザはよく口が回るものだと半ば呆れ気味に見ていた。
「あ、ねぇカイザ」
傍観者を決め込んでいたところにヴァンから水を向けられ、カイザは少し警戒して言葉を返す。
「・・・・・・・何だ」
「カイザは結婚する気」
「ねぇよ。興味がねぇし、そもそも爵位を継ぐ予定がねぇし」
即答で返すと、そっか、とヴァンは小さく頷いた。
一息ついて紅茶を飲み干し、空いた皿の上にフォークを置く。
そして、大きく伸びをしながらあくびをした。
「何か、頭使ったら眠くなっちゃった。寝るね」
「どこまでマイペースで行く気だよお前っ!!」
「眠いものは仕方ない」
カイザのツッコミなどものともせず、いつ眠りについても構わないように準備をしていたヴァンは、ベッドに向かう。
「おやすみ、カイザ、ヴァルト」
「・・・・・・・・・・・おぅ」
「Gute Nacht」
ベッドに入ると、すぐに小さな寝息が聞こえてきた。
カイザが深々と溜め息をつき、軽く片付けようと顔を上げると。
いつの間にかバンダナを取り、髪を下ろしたシュヴァルツ・ヴァルトと目が合った。
(・・・・・・・・・・・!)
瞬間、昨晩のことを思い出して頬が熱くなる。
「・・・・・・・Reines Herz」
「『純情』とか言うなっ!」
文中の恋愛観は作者のものです。
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