彼
今回はちょっと短いです。
ここで切るのが、一番キリがいいので。
前回と同様、彼は窓辺で膝を抱え、顔を埋める。
「何なんだよアイツ、一体何がしたいんだ・・・・!」
ヴァンが起きないように、と小さく呟く。
カイザの実家は侯爵家。
現王からの信任も篤く、相当の勢力を誇る。
加えて、カイザと弟のシエロはいわゆる「見目麗しい」兄弟である。
家柄良し、見目好し、性格良し―――但し多少型破り―――の三拍子が揃っているため、彼らを狙う貴族は多い。
多い、のだが。
カイザ本人が恋愛への興味が皆無であること、幼馴染であり王子であるヴァンの護衛を最優先事項と考えていることなどから、成人間近の現在も、未だ婚約者も決まっていない。
何度かお見合いをした、否、させられたことはある。
だが、それらは全て断った。
もちろん波風の立たぬように、である。
彼としては、家族に不利益となるような事態だけは免れたかったからだ。
両親には性格が合わないと言っていた。
けれど、お見合いを断っている本当の理由は、誰にも明かしたことがない。
否、誰にも明かすことのできない理由がある。
(俺と結婚したって、幸せにはできない。相手もなれない、絶対に)
カイザは、一生結婚をする気がなかった。
爵位も、長男ではあっても両親と血の繋がりを持たない自分が継ぐ気はなかった。
弟のシエロにそのまま譲り渡し、身一つで生活して行こうと。
女性に揺さぶられることもなく、爵位を継ぐこともなく。
王子専属の一護衛として、生涯を終えようと。
それが身の丈に合った生き方だと考えている。
(・・・・・・・・うん)
と、今の瞬き一回の間に自らの決意を思い返す。
(・・・・いや、分かってるよ。現実逃避だってことぐらい)
深呼吸をして現実に戻れば、シュヴァルツ・ヴァルトに揺さぶられている自分がいる。
彼女は暗殺者で、自分と敵対する存在だ。
だが、その容姿は今までに見たことがないほどの美貌を誇っている。
物言いも、媚びるような様子は一切なく、尊大でありながら対等で。
要は、今までに会ったことがないタイプの人物なのだ。
そして。
(・・・・・・二回目のキスって・・・・・・ヴァルトの奴っ・・・・・・・)
鮮明に彼女の顔を思い出しながら、カイザは強く膝を抱え込んだ。
城の塔の屋根の上、クレイト国内で最も高い場所。
夜風に髪を遊ばせながら、シュヴァルツ・ヴァルトは座っていた。
「Wie geht’s dir?」
―――お元気ですか
少女は星が瞬く夜空に、母国語の一つで語りかける。
Ich traf eine Katze.
―――私は猫に出会ったよ
Ihre angenehme Katze.
―――あなた方の愛すべき猫に
Es war keine Schwarze Katze.
―――黒猫ではなかったよ
Es war eine weis Katze.
―――白猫だった
Ich liben diese weis Katze.
―――私はあの白猫を愛しているよ
Sorgen sie sich nicht.
―――心配しないで
「Gute Nacht」
ちなみに使っている言語はドイツ語です。
何か間違いがありましたら(というか間違っている気しかしない)、お知らせください。