我が道を行く
ある意味ボーイ・ミーツ・ガール。
但し本当にある意味。
四日後。
ヴァルトが再び現れることはなく、日々は比較的平穏に過ぎていた。
「な訳ないよ」
「誰に、というか何に対して言ってんだよ、お前は」
「自分に。こんなに真面目にお見合いしてるなんて、どうかしてるよね」
「他人事みたいに言うんじゃねぇ」
夕食を終えて自室に戻り、テーブルに突っ伏しながらの一言。
確かにこの四日間、ヴァンは精力的にお見合いをしていた。
勿論、性格の片鱗を見せつつ相手に断らせる、という高度な技術を駆使しながら。
さすがに疲れが出たのか、明日、明後日は休むと宣言し、承諾されたばかりだが。
カイザは小さく笑い、手ずから紅茶をカップに注ぐ。
「ほいよ、お疲れ」
差し出すと、ヴァンはゆっくりと起き上がってカップを受け取った。
一口飲み、溜め息を吐き出して。
「・・・・なんで騎士で護衛なのに紅茶いれるの上手いんだろうね」
最もなことを呟いた。
ぐ、とカイザは言葉に詰まる。
昔から紅茶をいれることが上手い彼のおかげで、ヴァンは就寝前のレオがいれるお茶を断るようになり、理由を知らないレオが仕事が無い、と嘆いているという逸話もある。
気を取り直し、カイザは自分の分を注ぐ。
「いいだろ、昔からの趣味と思えば」
「寧ろ特技でいいと思う。あー、おいし」
幼馴染みのヴァンのみが知る、カイザの特技。
「・・・・・・・・・・・」
静まった室内を眺め、カイザは既視感を覚えた。
(・・・・確か、数日前に・・・・・)
思い出そうと軽く目をすがめる。
と。
「Guten Avend,ヴァン王子にカイザ」
「んぐっ」
刹那、忘れようと努力していた四日前の出来事を思い出し、カイザは咳き込む。
ヴァンは突然現れた人物に動じることなく、聞きなれない言葉に首を傾げた。
「グーテン・・・・?」
すると、その黒い人物もカイザを放置してヴァンに向き直る。
「こんばんはだよ、ヴァン王子」
「あぁそうなんだ。こんばんは」
挨拶を返し、興味津々の体で問う。
「一体どこの言葉?俺、一度も聞いたことがない」
「ラ・ルマーニュという、遠い国の言葉だ。
クレイト王国では、そしてその近隣でも、大体通じない」
「へぇ、よく知ってるんだね」
「お褒めに預かり、どうも」
「いえいえ」
心底感心しているらしいヴァンと、どこか楽しげに会話をする暗殺者。
咳き込み続ける護衛を無視し、我が道を行く二人の会話は続く。
「まぁ、ラ・ルマーニュでは二つの言語を公用語としているが」
「それって学ぶの面倒くさそう」
「そこは言ってくれるな」
「おっ・・・・・お前ら、ちょっと待て」
ようやく落ち着いたらしいカイザが待ったをかけた。
・・・・・・・頬が赤いのは、この際放っておく。
二、三度深呼吸をし、カイザは改めて口を開いた。
「ヴァン、そいつはシュヴァルツ・ヴァルトだぞ?」
言わずと知れた、『黒い森』。
危機感を持たせようと名を告げると、ヴァンは少しだけ驚きの表情を見せた。
そして。
「どうも初めまして、シュヴァルツ・ヴァルトさん。
俺はこの国の第一王子、ヴァン・クレイト・シュライエルです。我が国にようこそ」
手を差し出し、歓迎した。
「こちらこそ。敬語はやめてくれ、呼び方もヴァルトで良い」
シュヴァルツ・ヴァルトも手を差し出し、お互い握り返した。
「・・・・・・お前ら・・・・・・いや、ヴァン・・・・・・・・お前は、ヴァルトの獲物になっているんだ、って分かってるか?」
呆れ果てた顔で思わず零す。
二人の動きが一瞬止まった。
(・・・・・しまった・・・・・・)
動揺していたとはいえ、告げる必要のないことだ。
どうするだろうか、と不安げな面持ちで二人を見ると。
漆黒の瞳と紫の瞳が交錯し―――
「光栄だね、かの有名なヴァルトに命を狙われるとは」
「安心しろ、今しばらくは生かしておく」
更に手を強く握りあった。
「・・・・・・・・・・・・お前ら」
じぶんの立場分かってんのか?
カイザの呟きは声になることはなかった。
ヴァンが大きなあくびをして、言葉を遮ったためだ。
「もう無理疲れた眠い。おやすみ、ヴァルト」
「Gute Nacht,ヴァン王子」
「って寝るのかよっ」
思わず目をむいて言うと、ヴァンはえ、と声を上げた。
「うん、寝るよ。眠いもん」
「暗殺者を目の前にしてか!?」
護衛として当然の台詞を告げたカイザに、ヴァンは笑って頷いた。
「カイザがいるだろ」
たった一言。
けれどそれは、絶大な信頼からくるもので。
「カイザがいるなら大丈夫。任せたよ」
「・・・・・・仰せのままに」
嬉しさに震えながら頭を下げ、再び上げると。
―――見事に寝ていた。
「・・・・・・・・・・」
俺の喜びを返しやがれ馬鹿野郎、とカイザが呟いていると、背後から妙に感心したような声が聞こえた。
「・・・・寝つきが良すぎるな、この王子」
「・・・・・・・・・・・・・」
淡々とした声と、バサリと髪の毛が広がる音。
ああそういやいたな、と振り向きかけて気づく。
ヴァンが寝ており、部屋に起きているのは自分とシュヴァルツ・ヴァルトのみ。
「・・・・・・・・・っ」
四日前の出来事を思い出して顔の火照りを感じ、カイザはその場にしゃがみこんだ。
「敵に背中を見せるとは、あまりにも無防備すぎるぞ。
それぐらい知っているだろう?王子専属護衛ともなれば」
呆れまじりに言われている気もするが、気のせいだと自分に言い聞かせてみる。
「・・・・っ、お、お前のせいだろ・・・・!」
カイザはかろうじて言葉を搾り出した。
だから、気づかなかった。
シュヴァルツ・ヴァルトが薄い笑みを浮かべていたことに。
「これでも一応私は女だ。女性に対する呼び方が〝お前〟とは、教育がなっていないぞ。
まぁ、いいか。そこまで恥ずかしがるようなものだったか?」
からかわれている気がして、体をひねり、彼女の方を見た。
「当たり前だっ!クレイト王国で頬にっ・・・・・・・し、親戚でもない男女がキスする、っつったら、恋人同士だって認識になるんだよ!」
ただの一少年となったカイザは、噛み付くように言う。
対するシュヴァルツ・ヴァルトは飄々としている。
紅茶のカップを優雅に傾けつつ、言った。
「ラ・ルマーニュでは挨拶のひとつだ。握手をした後、両頬にキスをするのが、な」
「・・・・・・・・・・・え?」
両頬に、キス。
勘のいいカイザには分かってしまった。
まさか。
「挨拶のひとつにここまで照れるとは、お前の純粋さがうかがえる」
溜め息混じりに彼女が呟くが、カイザの耳には入っていなかった。
思い浮かんだとある予想が、彼の脳内をぐるぐると回っていたためだ。
(えーとつまり、挨拶として両頬にキスをするんだから、それが意味するのは・・・・・)
黙り込んだカイザを訝しく思ったのか、シュヴァルツ・ヴァルトは立ち上がる。
「カイザ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「おい、カイザ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
全く反応しない彼を見て、少女はもう一度溜め息をついた。
但し、今回は幾分わざとらしく。
「・・・・・まったく」
すたすたと歩み寄り、前回キスをした方の反対側にしゃがむ。
「カイザ」
先程よりも近距離で名を呼ばれ、カイザはようやく我に返った。
「ん、あ、悪い、聞いてなかっ」
柔らかなものが頬に触れる。
「た・・・・・・・」
少し濡れたような、ひんやりとした、とても柔らかいもの。
その感触には、覚えがあった。
四日前の夜、去り際の彼女が、自分にしていったそれ。
「―――――っ!!おっ、お前っ、またっ・・・・・!」
再び顔を真っ赤に染めたカイザに、彼女は言った。
口元をほんの少しだけ綻ばせて。
「人の話を聞かない罰だ、純情少年」
「んなっ、り、理由でっ、キッ、キスとかすんなぁぁぁぁ!」
シュヴァルツ・ヴァルトはまったく意に介した風もなく、自分の髪をまとめ始める。
カイザは平静を取り戻そうと、なんとか言い募る。
「だ、大体っ、純情少年ってなんだよっ」
「十八にもなって初恋もまだ、ただの挨拶のキス程度で照れている少年を見れば、誰だって思うだろうさ」
しれっと言い返した少女は見事に髪をまとめ終え、肩越しに振り返る。
「Gute Nacht,カイザ。Bis morgen(また明日)」
「あ、明日も来んのかよっ」
また明日、と言い残し、黒き暗殺者は去った。
「―――――――っ!」
カイザは間違いなく純情少年ですとも。
しかも超が付くレベル(笑)。