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Zwei Schwarz  作者: aswad
愛おしげに闇を見つめる黒い瞳
10/14

彼女

全身を黒でかためた、漆黒の瞳の暗殺者と聞いていた。

小柄な少年、あるいは老人、あるいは青年だとも。

だが、今目の前に立っているその人は。


「バンダナのみを切られたのは初めてのことだ。第一王子の護衛を務めているだけある」

「・・・・・・・っ・・・・・・」


濡れたように艷めく黒髪が、腰の辺りまである少女だった。

驚きのあまり、言葉を失い動きを止めたカイザを横目に、シュヴァルツ・ヴァルトは黒い上着を脱いだ。

光が当たるとつややかな光沢を見せ、素材が絹であることを伝えてくる。

上着には銀製の留め具が四つ付いており、高級な代物であることがひと目で分かる。

中に着ていたのは、袖がなく、襟が高いシャツ。

動きやすさから見て、恐らく綿織物で出来ているのだろう。

腰には黒い布を巻き、裾が広がった黒の長いキュロットのようなものを穿いている。

どれもが一級品で、黒づくめでさえ無ければ貴族の略装と言っても差し支えない。

何しろ今の時代、高位の貴族ですら綿織物のシャツを着ることができないのだ。

クレイト王国でも、王以下側近と呼ばれる人々だけが着用している。

それほどに高価なものを、彼女は普段着として着用しているのだ。

不謹慎とは知りながらじっくりと格好を観察したカイザは、次いでシュヴァルツ・ヴァルトの顔をまじまじと見つめる。

漆黒の瞳は黒く、暗い色をしているが、人を惹きつける何かがあった。

細い鼻梁、少し大きな瞳、あどけなさと美しさが同居した、美少女とも呼べる容貌。

剥き出しの腕や襟の隙間から見える首筋、滑らかな肌は陶器のように白い。

宛ら人形のように整った姿に見とれていると、漆黒の瞳がこちらを見た。


「ヴァルトと呼んでもらおう」


そうして、小首を傾げる。

さらり、と絹のような髪が動いた。

思わずその様子を目で追っていると、彼女が口を開いた。


「・・・・人を見つめることは面白いか?」


は、と我に返る。


「あ、いや、済まない。その、驚いて、しまって・・・・」


カイザの言葉に、シュヴァルツ・ヴァルトの纏う空気が和らいだ。

表情は変わらないが、先ほどとは明らかに雰囲気が違う。


「まぁ、無理もない。普段はバンダナで髪を覆っているからな、大方男だと囁かれていたのだろう。

仕事のことを考えると、そちらの方が楽だ、というのもあるが」


そう言うと、シュヴァルツ・ヴァルトは腰に巻いていた黒い布を解く。

どうやら替えのバンダナらしい。

たっぷりとした黒髪を器用にまとめながら、惚けたように見ているカイザに声をかける。


「私を眺めているとは、随分と悠長な、否、腑抜けた者だな。

私はいつでも標的を殺せると言うのに」


改めて自分の役割を思い出したカイザは、剣を構える。

そしてすぐに内心で呟いた。

(いや、つーかこれも随分悠長な図だぞ)

標的とその護衛、そして暗殺者が一堂に会しているが、殺伐とした空気がない。

寧ろ、穏やかな空気が流れている。

髪をまとめ終えたシュヴァルツ・ヴァルトもかかってくる気配が無い。

見て判断する限り、自然体で立っている。


「何故この部屋に来た。いや、そもそもどうやって城に入った?」

「ヴァン王子の顔を見に、な。後は答える義務は無い」


淡々と答えつつ、ヴァルトは上着を着る。

途端、白い少女の全身が黒に包まれた。

剣を構えたままのカイザを一瞥し、一瞬。

本当に一瞬だけ、仄かに、微かに、微笑んだ。


「―――・・・・・・」


瞬きをすれば、無表情に戻っていたが。

それでも妙に優しいその笑みは、カイザの脳裏に焼き付いた。


「安心しろ。命令が下るまで標的を殺すことは無い」

「暗殺者に安心しろ、って言われてもな」


返した言葉は黙殺される。

そうして――――

立ち去るのかと思いきや、突如彼に肉薄してきた。


「っ!」


攻撃を繰り出す寸前。

ヴァルトがカイザの右側に回り、剣を持っている腕を片手で掴む。

人肌の温もりを持った何かをカイザの頬に当て、少女は小さく呟いた。


<冬紅葉 降り覆ふ雪を 包み持ち>

「―――っ!!なっ、なんっ・・・・!」

一呼吸の間を置き、カイザは顔を真っ赤にして後退りした。

彼女の行為から、幼い頃に両親がいつもしてくれていたことを思い出したためだ。

即ち、―――おやすみのキス。


「―――っ、・・・・・――――っ」


真っ赤な顔のカイザを眺める少女の瞳は、どこまでも冷静だ。


「初なやつだな。まぁいいか。

Wir werden uns bestimmt widersehen.」

「待っ・・・・!」


制止も聞かず、シュヴァルツ・ヴァルトはバルコニーの窓を開け放ち、消えた。

夜風にカーテンがはためく。

カイザはゆっくりとした動きで窓とカーテンを閉め、そのまま背を壁にあずけてずるずると座り込んだ。

顔を火照らせたまま右頬に触れる。

激しく脈打つ鼓動を聞き、先程のことを思い出して更に顔の火照りが増す。

(いっ、いきなりっ・・・!いきなりっ、頬にキスってっ)

未だ恋愛経験のないカイザは、ひたすらに動揺していた。

ただでさえシュヴァルツ・ヴァルトが少女だと判明し驚いていたところだ。

無理もないと呟くが、それでも心臓は収まらない。

加えて、あの美貌。

容姿の善し悪しに関心のない自分だが、彼女に対しては素直に思った。

(・・・・・綺麗、だった・・・・・・)

感情が読み取れない漆黒の瞳。

対照的に白い肌、人形のように整った顔立ち。

ふと、何か呟いていたことを思い出す。


「・・・・・何て、言っていたんだ・・・・?」


カイザには分からない。

彼にとって最も重要だったのは、「キスをされた」という事実のみ。

ずっと頭の中に渦巻いていたのだ。

去り際の彼女の言葉もまた、カイザの耳に響いていた。

―――Wir werden uns bestimmt widersehen.


「『また会いましょう』か・・・」


小さく呟く。

少し苦味の混じった言葉は、すぐに空気に溶けた。


もし言葉が聞き取れていたとしても、彼には分からなかっただろう。

いや、近隣諸国の者でも分からなかった。

シュヴァルツ・ヴァルトは遥か彼方の異国の言葉を使って告げた。

小さな小さな、微笑みと共に。


よし、これでようやく「恋愛タグ」詐欺じゃなくなった(笑)。

誤字・脱字があれば、ご連絡お願いします。

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