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第六話:標的探し

翌朝。


夏休み初日の快晴の空は、これから始まる四十日間への期待のせいか、いつもより晴れやかに見える。こんな空を眺めていると、昨晩荒れ狂った圭太の心も、少しばかり落ち着きを取り戻す。


ベランダで、大人気取りでコーヒー片手に朝の空気を楽しみながら、圭太は昨晩のことを思い出した。


『買い物カゴ』

ただいま「スタンガン」が一丁入っています。

現在のお買い上げ金額は、一万五千円です。

あなたの氏名・郵便番号、住所を入力してください。


「野田圭太」「XHY−GIMS」「T県T市……」


「注文確定」


「ご注文ありがとうございました。商品は一週間後に到着いたします」


「まずはスタンガンから始めろというわけか」

数個の黒点となって青空を汚すカラス達を見つめながら、圭太はつぶやく。

「スタンガンを手に入れたとして、どうやって女達に使うのか?」

スタンガンは沢山の種類がある。種類によって威力には大きな差がある。威力はボルトで示されるようだが、サイトにはその表示が全くなかったため、自分が買ったスタンガンが、どの程度の威力なのかさっぱり分からない。女性の体を気の済むまで触る為に使うのだから、相手を確実に失神させる威力がなくては困る。少しひるむ程度の威力しかないのなら、逃げられてしまって、警察に通報され、補導されるという大恥をかくことになる。そうなれば、クラスメイト達にどれだけの嘲笑を浴びるだろうか。頭が良く、エリート校へ進むはずの圭太は、実はこんなにいやらしいケダモノだったと笑われるだろう。将来を約束されていた大金持ちの息子が、大ポカをやらかして人生を棒に振ったと、大笑いされるだろう。そして、何十年経った後も、クラスメイト達は人に会う度に、「昔、こんな間抜けな奴がいて……」と自分のことを話し続けるだろう。そして話を聞かされた相手が、さらに他の人間達に言いふらしていくのだ。

だからこそ、警察の厄介になることだけは避けなくてはならない。その為には、果たしてスタンガンというアイテムは有効なのだろうか。本当に、自分の欲望に貢献してくれるのだろうか。

「今ゴチャゴチャ考えても仕方がない。とにかく、めぼしい女を見つけておこう」

コーヒーを飲み干すと、圭太は撮影バッグを背負い、部屋を出た。

ベランダから見える青空には、まだカラスが飛んでいる。かなり高いところを飛んでいるのだろう。随分小さく見える。


外へ出ると、自転車に乗った同世代の子供達が、何度もすれ違う。夏休みということで、みんな早速遊び始めたようだ。

圭太は自転車で最寄の私立大学へと向かった。この大学はどの学部も偏差値は低いが、敷地が広く、校舎のデザインだけは立派なので、遠目から見ると、近代的ないっぱしの一流大学に見える。ひとまず女性探しをするにはここが丁度いい。

大学の正門から五十メートルほど離れたところに自転車を置き、ハンカチで汗を丁寧に拭い、香水を首筋にふりかけ、持参した手鏡で髪型を入念に直すと、圭太は女子生徒達の物色を始めた。夏休みということで数は少ないが、大学生達がちらほらと前を通り過ぎて、構内へと入っていく。蒸し暑いので、自動販売機で缶ジュースを買って喉をうるおし、女子生徒がやってくると、逃さずに目で追う。

女子大生ともなると、容姿の良い子はほとんどの場合、隣に男を連れているようだ。男女二人で歩いていたり、女一人に男が二人、女二人に男が一人と、その組み合わせはいろいろあるようだが、平均以上の容姿を持つ子達は、いずれも男を側に連れている。とても話し掛けられる雰囲気ではない。

圭太にしてみれば、大学生の大人の男達は皆、凶暴な大男に見えるし、茶髪やら金髪やら、カラフルな頭をしたこの大男達は、どれもこれもチンピラとしか思えない。女子大生達に声をかければ、彼らはたちまち絡んできて、そして、自分はどこかへ連れて行かれ、リンチに遭うだろう。運が悪ければ殺されるかもしれない。そんな時の為に、圭太はポケットに刃渡り九センチの飛び出し式のナイフを忍ばせている。飛び出し式といっても、ボタンを押すと自動的に刃が飛び出てくるタイプは法に触れるので、ボタンを押しながら、手を前方へ強く振ると、そこでやっと刃が飛び出る仕掛けになっている。素早く刃を出せるように、もちろん、十分な練習はしてあるが、これを大っぴらに使えば、警察に補導され、やはりクラスメイト達に大恥をかくことになる。女性の体に触れぬまま、こんなチンピラ達を刺して補導されるのも、馬鹿馬鹿しかった。

「無理だな。ここは」

圭太ぐらいの少年には、やはり高校生の子達が合うのかもしれない。

圭太は自転車に乗ると、ここから最寄のN高校へ向かった。


「バッチこーい!」

真っ白なユニフォームを着た高校球児達の爽やかな声が聞こえる。打撃練習が始まり、金属バットの甲高い音が真夏の空に響き、白球が美しい弧を描いて飛んでいく。

N高校のグランドを、圭太は網越しに見つめていた。グランドの大半は野球部が占有しているようだ。圭太の目当ての女子高生達――テニス部や、バレー部の子達――は遠くの、校舎側のコートで練習していて、近くで見ることが出来ない。目の前で見れるのは、汗まみれ、土まみれの高校球児達だけだ。圭太は彼らの練習を見るふりをして、遠くの女子高生達をじっと眺める。遠目から見ても、彼女達の中に、とびきりの美人が何人かいるのが分かる。テニス部に二人、バレー部に三人ほどだろうか。この五人に何とか話しかけたいが、その為には門をくぐって学校内へ入らなければならない。だがそうすれば、たちまち教師達に捕らえられ、放り出されるだろう。ここはやはり、練習が終わって、彼女達が門から出てくるのを待つしかない。

「何時になれば終わるんだ?」

普段なら、女子高生達の下校時間は午後四時から七時あたりと決まっているから、その時間を狙って学校周辺で待っていればいい。しかし、夏休み中だと、部活の練習時間によって、いろいろな時間帯にバラバラに下校してくるから、確実に女子高生を捕まえるなら、それこそ一日中外で待っていなければならない。

圭太は二本目のジュースを口にしていたが、そのせいか、バットを握った球児達は、時折、圭太のジュースを恨めしそうに見つめてくる。この視線の中、そしてこの蒸し暑い中、何時間もここで待つ気にはなれなかった。

圭太は、球児達に見せびらかすように、大げさにジュースを飲み干すと、自転車を走らせた。


シャツから出た両腕を、じりじりと日差しが焦がしてくる。太陽に向かって「もうやめてくれ」と言いたくなる蒸し暑さだ。圭太は次のK高校へ向けて、国道沿いの歩道を走っていた。K高校へ着くには、あと十分ほど自転車をこがねばならない。部活帰りのK高校の女子生徒達が前から来てくれればありがたいのだが、誰も来ない。みんな、部活中なのだろうか。暑くてしかたがないが、やはり、このまま自転車をこぎ続けて、こちらから向かうしかない。舗装されたてのアスファルトが美しい国道には、大型トラックがけたたましく行き交っている。ガードレールがあるとはいえ、すぐ側を鉄のモンスターが轟音を立てて走り去っていく迫力は、なかなかのものだ。

子供の圭太には無縁の存在だったので、今まで気付かなかったが、国道沿いには多数のガソリンスタンドがあるではないか。ふと、スタンドの女性店員達を見てみる。猛暑の中、つなぎを着ている女性店員達の中には、意外と美人が多いことに気がついた。

「別に学校にこだわることはないんだよな」

このままK高校へ行き、いつ出てくるかも分からない女子高生達を待つよりは、ここは積極的に、市内にある、店という店の女性店員達を見てみようと考えた。とりあえず、圭太は居並ぶガソリンスタンドの女性店員達を一通りチェックして、二名を記憶すると、市内のコンビニを回り始めた。

コンビニを見つけると、自転車を止め、ガラス越しに店内をのぞき、めぼしい女性店員がいないかチェックする。例えいなくても、商品棚に隠れて見えないだけかも知れないので、とりあえず店に入る。まず、入り口付近にある雑誌コーナーに行き、そこで雑誌を読むふりをしてカウンターに目を凝らす。カウンターに女性店員がいない場合は、店を隅々まで歩き、死角のどこかに隠れていないかチェックする。夏休みのせいだろうか、平日の昼間でも若い女性店員が多い。市内中のコンビニを回って、五名の女性店員に話し掛け、今後の布石とした。

次はファーストフード店を見回った。カウンターの女性店員をチェックしては、何も買わずに帰っていく。四名を記憶しておいた。続いて、ファミレスを回ってみる。店内に入るとドリンクバーを注文し、後はウェイトレス達を目で追う。このやり方だと、店に入るたびにドリンクバーの料金が掛かるわけだが、圭太の豊富な小遣いをもってすれば、どうということはなかった。スタンガン到着までの下準備として、ここでは五名のウェイトレスに声をかけた。


午後七時、日の長い夏とはいえ、辺りはすっかり暗くなった。

市内を駆け回って疲労がピークに達した圭太は、巡回はもう止めて、マンションに戻ることにした。圭太のマンションから三百メートルほどの所に、「Y」という名の喫茶店があるが、帰宅途中に、丁度その「Y」の前を通った。この店の存在は以前から知っていたが、レンガ造りのしゃれた店で、大人でないと入りづらい雰囲気だったから、遠い別世界のお店として、気に止めてはいなかった。しかし、一日中女性達を探し回った余韻もあって、綺麗な女性はいないかと、いつになく店内を覗いてみた。自転車で走りながら覗いたので、ほんの一瞬しか見えなかったが、圭太は見逃さなかった。紅茶色の照明に照らされた店内に、客の注文を書き留めている、とびきり美人のウェイトレスがいた。急遽、夕食はここで食べることにして、店に駆け込んだ。


「Y」は席数二十ほどの小さな店で、店内には静かに「メリーさんの羊」が流れていたが、これはカウンターの横に置かれている、本物の蓄音機が奏でていた。年代物のようで音質は悪いが、それがかえって古風な雰囲気を演出している。この店の主は、なかなかこだわりの強い人物のようだ。ヒゲ面の年配の男がカウンターでカップを洗っているが、彼が店長だろうか。店は空いていて、スーツを着たビジネスマン風の客が三人いるだけだ。

「さっき見た美人さんはどこだ?」

「何名ですか?」

仏頂面のウェイトレスが、突然聞いてきた。さっき見たのとは別のウェイトレスだ。

年齢は三十台半ばほどだろうか、黒髪を後頭部できつく縛っている。純白のワイシャツに真っ黒のネクタイを締め、真っ黒のズボンを履き、腰からは、これまた真っ黒のエプロンをしている。店の雰囲気に合ったしゃれたユニフォームだと思うが、どうにも態度が悪い。

圭太は「一人です」と答えたが、ウェイトレスは返事はせず、無言のまま、彼を入り口に一番近い席に座らせた。「カプチーノと、たらこスパティ」と注文をしたが、やはり返事はなく、一度もこちらを見ないまま、背中を向けて去っていった。料理を持ってくる時も、まるで汚いドブネズミに、仕方なく餌をくれてやっているといった感じで、放り投げるようにテーブルに置いていった。随分とあかさまな接客態度だが、このウェイトレスが、なぜこのような態度をとるのか、圭太にはよく分かっていた。

大金持ちの資産家の息子として生まれた圭太は、幼い頃より、父に連れられて高級レストランに度々足を運んでいた。野菜サラダ一つで何千円もぶん取られる店だ。そんな高級店にも、Tシャツ姿の若い男性客や、子供の客が紛れ込んでくることがある。「開店以来、お客様にぬるいコーヒーなど一度もお出したことはありません」と、圭太の父に向かってにこやかに話していたウェイトレス達は、彼らの前では一転して無愛想になり、注文を聞く時も終始無言で、返事は一切しようとしなかった。そして、さっさと出て行けとばかりにそっぽを向いて、彼らの前に料理を放り投げていくのである。お前達には接客の悪い店だと、いくら思われても構わない。二度と来たくないと思ってくれて構わない。お前達が来なくたって、お金持ちの上客さえ相手にしていれば、ウチの店はちゃんと繁盛するのだから。そんな態度だった。そして彼女達は、圭太の父の前に来ると、またにっこりと笑顔を見せるのだ。そして、そんな彼女達に向かって圭太の父は、「さすが、一流店はマナーがしっかりしているね」と褒めちぎるのである。そんな光景を見てきた圭太であったから、こういう気取った店の店員達の人となりは分かっていた。この仏頂面のウェイトレスは、ブランド物のスーツで身を固めたビジネスマンや、流行の服を身にまとった美男美女のカップルぐらいしか、自分の店にふさわしい客と認めていないのだ。こんな小汚い子供の客に入られたら、自分の店の品格が落ちるとでも思っているのだろう。

カウンターの前で、圭太を視界に入れぬようにわざとそっぽを向いているウェイトレスに向かって、ちゃんと彼女に聞こえるように、圭太は大きな声で独り言を言った。

「いいお店だな。お前みたいな馬鹿がいなければ」

はっきりと聞こえたのだろう。仏頂面のウェイトレスは、顔は動かさずに、目だけを圭太の方へ向けて、睨み付けてくる。

「美人のウェイトレスはどこへ消えたんだ?彼女を見たくて来た訳であって、馬鹿のお前を見に来たんじゃないんだ」

圭太はまくし立てる。

「カウンターの前に馬鹿が立ってるな。目が腐る」

怒りに耐えかねたのか、仏頂面のウェイトレスは、圭太を睨み付けてから、カウンターの奥のキッチンへと消えていった。キッチンに入る前に、振り返って、もう一度圭太を睨み付けるという念の入れようだった。

仏頂面が奥へ消えると、代わりに、あのとびきり美人のウェイトレスが出てきた。彼女もまた、純白のワイシャツに真っ黒なネクタイとズボンという姿で、腰からはやはり、真っ黒なエプロンをしている。こうして真近で見てみると、美人というよりは可愛いという表現が似合う女性だ。肩に毛先が少し触れる程度の長さで、後ろへ軽く跳ね上げられた黒髪が、彼女の社交的で明るい性格を表しているようだった。丸顔で、黒目が大きく、幼さを含んだ瞳が輝いている。その目つきもまた、彼女が明るく、人なつこい性格であることを示していた。

そしてその第一印象の通り、彼女は圭太を見るなり、夏の日差しのような明るい笑顔で、積極的に話し掛けて来た。

「いらっしゃいませ!この店は初めて?料理の味はどう?気に入ってくれた?」

大人の客達よりもまず、真っ先に圭太の所へ来てくれた事が嬉しかった。

「本物の蓄音機が置いてあるなんておしゃれですね。しかも、エジソン式の筒型レコードを使っている」

「お〜、詳しいんだね。私はあんな筒型のレコードがあるなんて、ここへ来るまで知らなかったよ。店長のこだわりなんだってさ!」

そう言って彼女は、カウンターにいる、例のひげ面の年配の男を指差した。やはり、彼が店長だったようだ。

彼女の笑顔には、大きな瞳を無理に開けて、自分の瞳の大きさを誇示するような不自然さがない。

相手をリラックスさせる、健康的で自然な笑顔だった。圭太はますます彼女を気に入ってしまった。

「エジソンが創立したのはゼネラルエレクトリック社です。父に教わりました」

自然と会話が弾んだ。

彼女は、圭太が訪れようとして途中で止めた、あのK高校の一年生だという。バイトを始めてまだ一ヶ月らしい。

名前は鈴木舞まい、十六歳だ。


圭太はこの店に通うことに決めた。


スタンガン到着まで、あと一週間。

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