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第五話:徐々にエスカレートしてください

その夜。


空には満月が浮かび、圭太のマンションを天空から照らしている。

しかし、圭太に月を眺める余裕はなかった。芳樹に写真を見せられてから九時間が経っていたが、それでも、体中に湧いた興奮は少しも収まってはいなかった。気を紛らわそうと、テレビゲームをしたり、檜風呂で体を流したりしたが、何をしてみても、ひつこくまとわりつく夏の蚊のごとく、写真に写っていた女子高生達の姿が、頭から離れなかった。特に、芳樹が彼女達の胸を触っていた光景は、拡大映像となって頭の中で繰り返し上映された。

もはや何も手がつけられなくなった圭太は、PC室の棚から、今までに自作したDVD全てを取り出すと、グシャグシャにしたまま両手でそれらを抱え、リビングルームのテーブルの上にぶちまけた。ワイドテレビのスイッチを入れてソファに座り、DVDを片っ端から見直した。大きな画面には、苦労して収集した女性達が映っている。高画質の高級ビデオカメラで撮影しただけあって、彼女達の笑顔や、髪の毛先一本に至るまで、まるで映画のワンシーンのように、鮮やかに撮れている。そして、彼女達の体に圭太の手が伸びていき、スカートをめくったり、ズボンを下ろしたりしている。その時に、彼女達の下着が一瞬見えたりして、そこで興奮するわけだが、今日はそんなシーンを見ても、圭太はイライラするだけだった。いつもならお気に入りのはずの、女子高生のスカートをめくるシーンでも、圭太は早送りボタンを押し続けた。

思い出すのは、芳樹に見せられた写真ばかりであった。


プルルル……


テーブルの上で、電話が鳴った。圭太はリモコンでいつものように、テレビのボリュームを下げてから受話器を取った。


「もしもし、圭太だけど」


「お母さんだけど、今日、成績表をもらったでしょう?今からウチに来て、見せてくれる?」


「今は気が乗らない」


そっけない圭太の返事に、母は困惑しているようだ。


「お父さんも成績表を見たいって行ってるけど……」


「そんなに見たいわけ?」


圭太の声に、怒気が混じってきた。


「そんなに見たいなら、こっちに来ればいいじゃない。オートロックの前に置いとくから、勝手に持っていきなよ」


圭太の横柄な言葉に、母も少し声を荒げる。


「何なのよ、その言い草は……」


「俺の成績は下がったよ。お前らの子育てが原因だよ。お前らは学歴にこだわり過ぎなんだよ。今はもう、学歴は関係ない時代なんだよ。お前らはそんな常識さえ知らないんだろうけどな。俺の成績をこんなに下げやがって、少しは反省しろ!!」


突如、壁が震えるような大声で圭太は怒鳴り始めた。

「お前達は反省しろ!!俺に謝罪しろ!!」

息子の突然の言葉に、電話の向こうの母は、混乱して、言葉が見つからないようだった。

「何とか言えよ!!黙りやがって!!俺の言っていることにちゃんと答えろ!!」

圭太は容赦なく母を怒鳴りつけると、受話器を思い切り床に叩きつけた。受話器は音を立てて勢い良く跳ね上がってから、床に転がった。そして転がった受話器に向かって、圭太はなおも怒鳴り続けた。

「反省しろ!!謝罪しろ!!反省しろ!!謝罪しろ!!」

母は完全に黙ってしまった。

「反省しろ!!謝罪しろ!!反省しろ!!謝罪しろ!!」

圭太は受話器を拾い上げると、口のそばに当ててもう一度、

「反省しろ!!謝罪しろ!!」

と、怒鳴りつけて電話を切った。

母は何も言い返せずに、無言だった。

外では、リーン、リーンと鈴虫が鳴いている。

圭太は、部屋中の、ありとあらゆる物への八つ当たりを始めた。

電話機を蹴り飛ばし、二度と母から電話がかかってこぬよう、回線をはさみでぶった切った。テレビのリモコンを壁に投げつけ、はね返ってきたところを、今度は足でサッカーボールのように蹴り飛ばした。テーブルをひっくり返すと、床に散らばったDVD達を、足で踏み潰した。テレビ画面に映っている女子高生の映像に向かって、「うるせえー!!うるせえー!!うるせえー!!」と怒鳴り散らした。部屋はマンションごとひっくり返されたように荒れ果てた。

圭太はタバコに火をつけると、床に腰を落とし、仏頂面で、なおも画面に映り続ける女子高生の映像を見つめた。


淡い茶髪にキリッとした目つきが印象的な少女だ。第二ボタンまで開けた白いワイシャツに、赤いネクタイを緩く締めている。今まで撮影した少女の中では、トップクラスの美人と言っていい。

「こんな綺麗な人の体を自由に触れたら……あの芳樹の写真のように」

汗をかくほど暴れまわった圭太の心に、どす黒い欲望が湧いてくる。古い皮を脱ぎ捨てて脱皮する蛇のごとく、怒りの感情から、女性達への欲望がずるずると這い出てきた。

興奮して呼吸が速いのか、タバコの火はあっという間に根元まで来てしまった。引っくり返っていた灰皿を元に戻し、すっかり短くなったタバコを擦り付ける。そして、休むことなく二本目を口にくわえ、ライターで火をつける。

まだ幼い左右の肺に、大量のタバコの煙が吸い込まれては、肺胞の隅々まで行き渡った後、外へと吐き出されていく。

町ゆく女性達と仲良くなって、どこかへ連れ込むのは簡単だ。声かけを多くすればいい。よほどめぐり合わせが悪くない限り、ついてくる女性は必ず現れる。だが、難しいのはそこからだ。女性達がついて来るのは、自分が特別な美少年だからではない。女性達は、たまには子供の相手でもしてやるかと思っているだけなのだ。彼女達は顔は笑っているが、心の中では本命の大人の男の彼氏のことを考えていて、自分のことなど、はなから対象外なのだ。綺麗な私が、この小さな醜い子供の為に、優しいお姉さんを演じてやっている、ということなのだ。スカートめくりぐらいは笑って許しても、それ以上のことを望めば、大人の大きなお姉さん達は、たちまち怒りを露にして、自分のことなど蹴飛ばして去っていくだろう。

芳樹はどうやってあそこまで、女子高生達と仲良くなったのか。なぜ、あれだけ体中を触っても、笑って許されていたのか。いや、許すも何も、女子高生達の方から、あの太った醜い子豚に進んでじゃれ付いていたではないか。金でも渡したのか。それとも、あの子豚には、女性を惹きつける魅力があるのか。だとするならば、自分はあの豚ほどの魅力もない人間なのか。自分はどうすれば、あのように女性の体に触れることが出来るのか。


二本目のタバコも、あっという間に吸い終わった。


圭太はつぶやいた。


「睡眠薬を買おう」


すぐにPC室へと移る。電気は点けず、真っ暗な部屋の中で、パソコンの起動ボタンを押す。

暗闇の中で画面が輝き、全身に欲望の蛇が巻きついた圭太を照らす。


「睡眠薬を買うんだ」


パソコンに「確実に撮影」と入力し、検索する。


検索結果が表示された。


一覧の一番上のサイト名に矢印を合わせ、クリックをする。


『確実に撮影』


ようこそ。我がサイトへ。

仲間がいてくれて嬉しいよ。

大人も子供も私は区別しない。

皆、存分に、性欲を満足させるべきだ。

「入り口」


圭太は「入り口」をクリックする。


三つの選択肢が表示された。


「撮影方法」「撮影手段」「撮影技術」


「撮影手段」に矢印を合わせ、クリックする。


「老人」「大人」「子人」


「子人」をクリックする。


「金銭」「合意」「強制」


「強制」をクリックする。


鈴虫の声はいつの間にか止み、時計は十二時を過ぎていた。


「スタンガン」「手錠」「睡眠薬」


「この前と全て同じだ」

赤い画面、白い文字、そして三つの物騒な選択肢。何もかもが、以前来た時と同じだった。


「睡眠薬を買うんだ」


圭太は矢印を「睡眠薬」に合わせ、クリックをした。


画面が切り替わった。


『買い物カゴ』

ただいま「睡眠薬」が一箱入っています。

現在のお買い上げ金額は、一万五千円です。

あなたの氏名・郵便番号、住所を入力してください。


「野田圭太」「XHY−GIMS」「T県T市……」


圭太は氏名・郵便番号、住所を入力した。

画面下側に「注文確定」の表示がある。


「注文確定」をクリックする。これで画面が切り替わり、「ご注文ありがとうございました」とでも表示されるだろう。


「届くのはいつぐらいになるのかな?」


画面はなかなか切り替わらない。


「なるべく早く来るといいな」


まだ画面は切り替わらない。


「何だよ。随分時間がかかるな」


その時、ようやく画面が切り替わった。現れた画面には、赤い背景に、白い文字が書いてあった。


!!


「なんだ。これは?」


「注文不可」

「徐々にエスカレートしてください」


「どういうことだ?なぜ注文できない?」


「注文不可」

「徐々にエスカレートしてください」


白い文字が無表情に並んでいる。


意味が分からない。ひとまず、この画面から抜け出そうと、「戻る」の表示を探してみる。

だが、画面のどこにも「戻る」はない。赤い画面が広がっているだけだ。


「なんで注文できないんだよ?」


その時、何の説明もなく、画面は自動的に切り替わった。新しく現れた画面には、これまでとは違い、選択肢が一つだけ表示されていた。


「スタンガン」



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