第二話:奇怪なホームページ
七月中旬。
一学期最後に行われたテストが返却されたが、その惨憺たる結果に、圭太はショックを隠せなかった。
受け取った五枚のテストはいずれも三十点台。予想をはるかに下回る結果だった。その上、その点数をクラスメイト達に見られてしまったため、苦しい屁理屈――家では難解な問題を解いているので、学校のテストぐらいでは、かえって解きにくいのだ――を言って周るはめになってしまった。
芳樹の点数が気になってテスト用紙を覗いて見たが、彼はいずれも八十点以上であった。
圭太は超一流の家庭教師に学んでおり、芳樹の方は家庭教師はもちろん、塾にさえ行っていないはずなのに。
夏休み直前の短縮授業が終わり、圭太は足早にマンションへ帰宅した。リビングに入るなり「ちくしょう!」と怒鳴って、学校用カバンを壁に投げつけた。すぐに撮影用バッグを背負うと、マンションを出て自転車に飛び乗り、女性を求めて出発した。
圭太の住む町は、人口二十万人の中規模の都市で、市内には中学校が十校、高校は五校あった。さらに圭太のマンションから歩いて十分ほどの場所に私立大学もあったから、圭太好みの若い女性を見つけるにはまずまずの環境であった。市内を巡回すれば、これらの学校の女子生徒達を多く見つけられたし、駅前に行けば、これから市外の実家へ帰ろうとする彼女達を捕まえることも出来た。
初夏の日差しを浴びながら、圭太は熱心に自転車を漕ぎ、好みの女性を見つけては、人目のつかぬ場所へ連れ込もうと、あの手この手で話し掛けた。だが、テストのショックで精神状態が乱れているのだろうか、会話がおぼつかず、ついてくる女性は一人も現れなかった。
蒸し暑さで溢れ出てくる汗が、圭太のシャツをずぶ濡れにした。
それでも粘って五時間あまり市内を徘徊したが、全く成果が上がらないため、圭太は声かけは断念して、その代わり、好みの女性を見つけると自転車で後を付けていって、左手でハンドルを持ち、右手でカメラを構えて、こっそり女性の後ろ姿を――特に尻が映るようにレンズの向きを調整して――撮影し、それからカメラを前カゴに入れて右手を自由にすると、自転車で追い抜きざまに尻を触って逃走するという痴漢行為を始めた。市内中の女性達を追い掛け回して、十件ばかりの痴漢行為を行った。
夜十時過ぎに帰宅すると、圭太は檜風呂で汗を流し、新しいシャツに着替えて、PC室に閉じこもった。
パソコンを立ち上げて、今日撮影した映像の編集を始めたが、自転車に乗りながらの撮影が祟ったのか、女性達の尻は全く撮れておらず、上下に激しく揺れるだけで、何が映っているのか分からない、意味不明の映像が、延々と続くだけであった。
こんな映像のために、手間のかかる編集作業をする気にはなれなかった。
編集画面を閉じ、ネットサーフィンを始めた。
時計は夜の十二時を回っていた。
女子高生関連の掲示板・女子大生関連の掲示板・新型デジタルビデオカメラの掲示板……。
「確実に」「撮影」と入力して検索ボタンを押した。
検索結果が表示された。その内容に、圭太は驚きの声を上げた。
「何だ?このサイトは?」
検索結果が縦に二十件、ずらりと並んでいたが、その一番上に、圭太が入力した検索ワード通りの、「確実に撮影」という名のサイトが表示されていた。圭太は思わずつぶやいた。
「確実に、撮影」
圭太はサイトの名前から自分と同じ嗜好を持つ人間の匂いを感じ取り、サイト名の上に矢印を移動させると、静かにクリックをした。
『確実に撮影』
ようこそ。我がサイトへ。
仲間がいてくれて嬉しいよ。
大人も子供も私は区別しない。
皆、存分に、性欲を満足させるべきだ。
「入り口」
赤い背景に、白い文字で、管理人が書いたと思われるメッセージが載っていた。
子供も大人同様に扱うという管理人の言葉に、圭太は好感をもった。
「入り口」をクリックすると、画面が切り替わり、三つの選択肢が現れた。
「撮影方法」「撮影手段」「撮影技術」
「どれも似たようなものじゃないか。この三つのうち、どれをクリックすればいいんだろう?」
圭太はとりあえず、「撮影手段」を選んでクリックした。
「老人」「大人」「子人」
「こびとって読むのかな?俺はこれだよな」
圭太は「子人」をクリックした。
「金銭」「合意」「強制」
「俺は強制の方が好きかもな」
圭太は「強制」をクリックした。
「スタンガン」「手錠」「睡眠薬」
「さっきから出てくる、この三つの選択肢は、一体何を意味するんだろう?」
赤い画面を見つめながら、圭太は悩んだ。どうも物騒な選択肢だった。同じ嗜好の人間が運営しているようだが、信頼できるサイトかどうかも分からないまま、このままクリックを続けるのは危険ではないか?
圭太にとって自信のあるパソコン技術は映像編集のみであり、悪質サイトなどのトラブルに対しては全くの素人であった。
深みにはまりそうな気がして不安になり、気が変わった圭太は、急遽サイトから出ることにして、ウィンドウ右上の「閉じる」に矢印を合わせ、クリックをした。
だが、画面は閉じられなかった。代わりに赤い画面が映し出され、中央に白い文字で、
「確実に撮影してください」
と表示された。圭太は再び「閉じる」をクリックした。
「確実に撮影してください」
やはり、同じ画面が映し出されるだけだった。
「サイトから出れないぞ。どうしよう?」
時計は夜中の一時を過ぎていた。
冷静になるよう自分に言い聞かせながら、画面を右から左、上から下へと、くまなく見つめてみると、左下に小さく「戻る」と書いてあるのを発見した。圭太はトップ画面に戻れることを期待して、「戻る」をクリックした。
「スタンガン」「手錠」「睡眠薬」
先程の画面に戻ってしまい、物騒な選択肢が再び並んだ。
「また、ここか」
圭太は「戻る」の表示を探したが、この画面に「戻る」はどこにも書いてなかった。だからといって「閉じる」を選んでも、「確実に撮影してください」の画面に行ってしまうだろうし、そこで「戻る」をクリックすれば、またここへ戻ってきてしまう。
圭太はタバコに火を付け、煙の向こうに見える赤い画面と対峙した。
「『確実に撮影』というサイト名だから、ここに並ぶ三つの選択肢は、文字通り、確実に撮影するためのアイテムなんだろう」
「つまり、目標を長時間拘束するためのアイテムを売っているというわけか」
タバコを灰皿に置き、マウスを握った。
「俺は睡眠薬が一番確実だと思う」
矢印を「睡眠薬」に合わせ、クリックをした。
『買い物カゴ』
ただいま「睡眠薬」が一箱入っています。
現在のお買い上げ金額は、一万五千円です。
あなたの氏名・郵便番号、住所を入力してください。
切り替わった画面を見て、圭太は少し笑った。
「ただのネットショップじゃないか」
この画面にも「戻る」の表示はなかった。そのため「閉じる」をクリックするしかなかったが、あいかわらず「確実に撮影してください」の画面へ行くだけだった。
「どうしても商品を買えというわけか。こんな怪しいサイトで住所氏名を入力して、買い物なんてするわけないだろう!」
そうつぶやくと、圭太はパソコンのコンセントを抜いた。
赤い画面はプツンという音ともに、一瞬で真っ黒になった。
「電源を切っちゃえばいいもんね!」
灰皿のタバコの火を消すと、圭太はリビングへ移り、女性達が映った自作DVDを数枚鑑賞してから、眠りについた。