第十六話:実験にむけて
手錠の到着まで、一週間はかかる。どんな手錠が送られてくるのだろうか。
刑事ドラマでなどで見かける手錠は、相手を拘束するだけの道具だが、これから届くのは、あのサイトの手錠である。
真っ赤なスタンガンは、威力過剰の危険な代物だった。手錠もまた、スタンガン同様、何かしらの改造が施されているのだろうか。 だとすると、下手に使えば、舞の命を奪いかねない。
スタンガンのときと同様、舞に使用する前に、他の女性で実験をすることになるだろう。
その下準備のため、夏休み中盤のこの日、圭太は以前覚えておいた、町中の女性達を見回ることにした。
午前十一時。国道沿いのガソリンスタンド。
スタンド内には、数台の車が止まっていた。車の燃料ハッチを開けてノズルを差し込み、店員達が慣れた手つきで給油している。
圭太は自転車を飛ばして、スタンド内に入った。ガソリンとは無縁の自転車に乗り、一人でスタンドに現れた圭太のことを、男性客達が物珍しげに見てきた。圭太は彼らの視線は無視して、目当ての女性店員を探した。スタンド内には、赤いつなぎを着た女性店員達が数名、給油や洗車をしていた。
「いた!」
圭太は歓声を上げた。以前、記憶しておいた二人の女性店員を見つけたのだ。さっそく、二人に近づいてゆく。
(可愛いな、二人とも。仲良くなりたいな〜。店が終わったら、連れ出せないものか)
「どうしたの?ガソリンスタンドなんかに来て」
女性店員の一人が声をかけてきた。染め上げられた金髪が似合っている。
「何か困ってるの?自転車がパンクでもしたのかな?」
「そうなんです。タイヤがパンクしたんです」
彼女の言葉に合わせて、圭太はとっさに嘘をついた。
「自転車の乗り心地が、さっきからおかしいんです」
「それは大変だったね。ちょっと調べてみようか」
彼女は、かがんで圭太の自転車を調べ始めた。
「タイヤの空気はちゃんと入ってるね。空気圧も適正みたい」
「そんなはずはありませんよ。乗り心地が、いつもと全然違うんです。故障したと思って、自分で調べてみたんですけど、子供の僕には、どこがおかしいのか分かりませんでした。そのとき、このお店を見つけたんです」
「うーん。どこがおかしいんだろうね?」
どこもおかしいはずはなかった。故障したというのは、彼女と会話をするためのでたらめだ。
圭太は、もう一人の女性店員に視線を移した。
目が合ったが、彼女は圭太に興味はないらしい。すぐに視線をはずして、新たに入店してきた客のもとへと駆けていった。
(こいつ一人に絞ろう)
圭太は決心した。
「乗ると、タイヤがガタガタ言うんです。小さな石を踏んだだけでも、強い衝撃を受けるんです。パンクしてます」
「タイヤに異常はないな〜。でも、ガタガタ言うんだよね?何でだろうね」
彼女はフレームを調べ始めた。
「フレームもしっかりしているね。どこもおかしい所はないな。いつからガタガタ言うようになったの?」
(可愛いな〜)
圭太は、ポケットからデジカメを取り出した。このデジカメは小型軽量が売り物で、相手に気付かれぬように、隠し撮りをするには丁度良かった。
「パチリ……」
シャッターを押した。彼女の背中が写った。それでは満足できずに、自転車を調べる彼女の周囲をせわしなく移動しながら、シャッターを何度も押した。ガソリンスタンドの騒音にかき消されて、シャッターの音は、彼女には全く聞こえていないようだ。
圭太は自己紹介をしながら、十五枚ほど撮影した。
「圭太君、とりあえず、油を差してみようか?」
「お願いします」
そう言って、またシャッターを押した。油を取りに行く彼女の後ろ姿を見送りつつ、デジカメの液晶画面を見る。
(よく撮れてるな)
ガソリンスタンド店員、小林恵の姿が、背中に始まり横顔から胸元まで、くまなく写されていた。