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ノイズキャンセリングを切らないで

作者: 月白ふゆ
掲載日:2026/08/10

AM 2:10。


イヤホンのノイズキャンセリングを入れた瞬間、足音がした。


こつ。


顔を上げる。


深夜のワンルーム。玄関からベッドまで、遮るものは何もない。

誰もいない。


こつ。


また聞こえた。


イヤホンを外す。


冷蔵庫の駆動音。

パソコンのファン。

遠くを走る車。


それだけ。


イヤホンを戻す。

ノイズキャンセリング、オン。


こつ。

こつ。


さっきより近い。


外す。

消える。


つける。


こつ。


外す。

無音。


オン。


こつ。


気味が悪くなって、スマホの録音を起動した。


一分待つ。


こつ。

こつ。


確かに聞こえる。

玄関。

廊下。

少しずつ近づいてくる。


録音を止め、再生した。


何も入っていなかった。


イヤホンを外して聞く。

無音。


つけて、ノイズキャンセリングを入れる。


こつ。


聞こえる。


ネットで仕組みを調べた。


外側のマイクで周囲の音を拾い、それと逆の波形を流して打ち消す。


そこまで読んで、手が止まった。


イヤホンが作っている音じゃない。


何かを、


消している。


こつ。


玄関を見る。

鍵は閉まっている。

チェーンも掛かっている。


こつ。


今度は、玄関の内側から聞こえた。


息が止まる。


こつ。


廊下。


こつ。


キッチン。


こつ。


ベッドのすぐそば。


そして。


ぺた。


音が変わった。


こつ、じゃない。


裸足だった。


ぺた。

ぺた。


目の前で止まった。


俺はイヤホンを毟り取った。


消えた。


誰もいない。


狭い部屋だ。

隠れる場所なんかない。


疲れているだけだ。


そう思うことにした。


イヤホンを机に置き、ベッドへ入った。

照明は消さなかった。


何も起きない。


馬鹿馬鹿しい。


目を閉じた。


枕の右側が、ゆっくり沈んだ。


目を開ける。


誰もいない。


けれど沈んでいる。


誰かが俺のすぐ横に手をついて、顔を覗き込んでいるみたいに。


震える手でイヤホンを拾った。

耳に入れる。


ノイズキャンセリング、オン。


足音はしなかった。


代わりに、


すう。

はあ。


呼吸が聞こえた。


右耳のすぐそば。


軽い。

細い。


俺は息を止めた。


すう。

はあ。


まだ聞こえる。


その呼吸に、小さな声が混じった。


「……ねえ」


女だった。


若い女の声。


すう。

はあ。


「きこえてる?」


俺はイヤホンを外した。


消えた。


すぐにつける。


「ねえ」


近い。


「こっち」


外す。

無音。


オン。


「むいて」


外した。


もうつけなかった。


両手で耳を塞ぐ。


聞こえない。

何も聞こえない。


大丈夫だ。


そう思ったとき、机の上のスマホが点灯した。


録音アプリ。


さっき録った一分間の音声が、勝手に再生されていた。


ザーッ。

ザーッ。


やっぱり何も入っていない。


そう思った。


四十七秒。


小さく、女が笑った。


俺は動けなかった。


五十二秒。


「みつけた」


五十六秒。


「もう」


五十八秒。


「イヤホン」


五十九秒。


「いらないよ」


再生が終わった。


スマホの画面に時刻が出た。


AM 2:10。


おかしい。


さっきから、一分以上は経っている。


部屋は静かだった。


その静けさの中で、


俺の右耳に、


若い女が唇を寄せた。


「ねえ」


今度は、


ノイズキャンセリングをしていなかった。

夜勤明けの置き土産です。


AM 2:10に置いておきます。


その頃、私は寝てます。

たぶん。


おやすみなさい。

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― 新着の感想 ―
いくらなんでもセンテンスが短すぎる。小説を舐めとる(*^-^*)
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