幼馴染の完全無欠な生徒会長様。俺の前では泣き虫な幼馴染みな件
「みんな、連日の作業でお疲れ様。……でも、私たちの妥協は、生徒全員の不利益に繋がるわ」
夕日が差し込む放課後の生徒会室。
「この予算案の修正は、私がやっておくから。あなた達は自分の担当分を、完璧に仕上げることだけを考えて」
容姿端麗で成績優秀な生徒会長が堂々と宣言する。
「はい! 生徒会長、頑張ります!」
「私たちも全力で挑みます!」
役員たちもその声に応え、室内の士気は最高潮に達している。
あんな風に言われたら、誰もがついていきたくなるだろう。
「ええ、頑張りましょう! 全ては生徒のためよ!」
***
「……なんて、学校では言ってるけれども」
夜の俺の部屋。
目の前には、もう何度見たか分からない。
すっかり見慣れた光景が広がっていた。
「うぁぁぁぁぁぁん! もう無理ぃ! 終わんないぃ!」
床で手足をバタつかせ、ギャン泣きしている生徒会長がそこにはいる。
学園でのあの凛とした面影は、見る影もない。
持ち込まれた予算案のプリントも、カーペットの上に散乱していた。
「泣くなら自分の部屋でやってくれよ」
「家族の迷惑になるからむ~りぃ」
「俺だって迷惑なんだけど」
「うわぁぁぁ……幼馴染にまで見捨てられたぁ!」
本当に勘弁してほしい。
こいつが昔から、他人の期待に完璧に応えようと無理をするのは知っている。
そして、その反動で俺の前でだけ、めちゃくちゃ泣き虫になるのも分かっていた。
だからって、幼馴染だからって、毎度俺の部屋に転がり込まれるのは正直困る。
こっちにだって平穏な夜の生活があるというのに。
そう思いつつも、俺はため息をついて腰を上げた。
「はぁ……とりあえず泣いてても仕方ないから、やることを終わらせようぜ」
「うう……わかった……」
散らばったプリントを拾い集め、電卓と一緒にローテーブルへと置く。
彼女ものろのろと起き上がり、涙目をこすりながらシャープペンシルを握った。
俺はいつもの定位置である、彼女の隣に腰を下ろす。
至近距離から、ほのかに甘いシャンプーの香りが鼻をくすぐってきた。
家で飯を食って、風呂まではいってわざわざ俺の部屋にやってくるのもいつものことだ。
「やっぱり、むりぃ……なんでみんなこんな無茶苦茶な予算を申請するのよぉ……」
泣き言を漏らしながらも、その手は猛烈な勢いで電卓を叩き、数字を記入していく。
相変わらず、大した集中力だ。
そういえば、この前の試験も、泣きながら勉強してきっちり学年一位をもぎ取ってたよな。
「あーん」
書類に目を落としたまま、彼女がこちらに向かって大きく口を開ける。
「そらよ」
俺はその口に、甘いチョコレートを一個放り込む。
「もぐもぐ……なんで、こんな予算が通るなんて思ってるのよぉ」
「そりゃ、とりあえず申請してるからだろ」
「そんないい加減にやらないでよぉ……あーん」
今度はジュースの入ったグラスを引き寄せ、ストローを彼女の口元へ持っていく。
「ずずず……ねぇ、なんでここ計算がまちがってるのよぉ……もう嫌だぁ……みんな私のことが嫌いなんだぁ」
「そんなことはないだろ」
学園でこいつを嫌うやつなんているわけがない。
不良生徒すら一目置いている、完全無欠の生徒会長なんだから。
まあ、中身はこんな泣き虫だけど。
「終わんない……おわんないよぉ」
言葉とは裏腹に、どんどん予算案の修正を片付けていく彼女。
そして、横でせっせと餌付けをする俺。
いくら腐れ縁でも、この構図はどうなんだと思う。
マジで一人でできるようになってほしい。
もしくは、俺以外の世話焼きを見つけてほしいものだ。
「うう……お、終わったぁ……もう二度とやらないぃ。生徒会長も辞めるぅ」
最後に大きく丸を書き込み、彼女はペンを置く。
内容は確認するまでもない。
こいつのことだから、文句のつけようもない完璧な仕上がりになっているはずだ。
「おつかれ。じゃあ……」
「zzz……」
「って、寝るなよ!」
ツッコミを入れたが、返事はない。
彼女はテーブルに両腕を投げ出し、その上に顔を乗せて静かな寝息を立てていた。
やりきった感あふれる無防備な寝顔を見ると、さすがに叩き起こすのは可哀想に思えてくる。
「ったく、いい加減に……」
毛布でも掛けてやろうとしたところで、リンリンリンっと電子音が響く。
彼女のスマホだ。
その瞬間、彼女はパチっと目を開け、弾かれたようにスマホを手にとった。
「もしもし……ああ、こんばんは。どうしたの?」
一瞬で、顔つきが『生徒会長』のものに変わる。
さっきまであんなに大泣きしていたのが嘘のような、落ち着いた声にもなっていた。
「そう、彼氏がそんなことを……そうね。うん、気持ちはわかるわ」
どうやら友達からの恋愛相談らしい。
みんなの憧れの生徒会長は、優しげな相槌を打ちながら親身になって話を聞いている。
やっぱり、根が真面目で面倒見がいい。
「私の好きな人? そうね……いるわよ」
不意に飛び出した言葉に、俺の胸の奥がチクリと痛んだ気がした。
……まあ、ただの気のせいだろう。
俺はただの幼馴染……どっちかと言えば保護者みたいなもんだ。
それよりも、こいつに好きな人がいるという事実は聞き逃がせなかった。
そいつとうまく付き合えれば、俺の部屋が涙で濡れることもなくなるはず。
「ええ、すごく優しくて、包容力があるの……」
彼女がチラチラとこちらへ視線を送ってくる。
俺がいる前で、好きな相手の惚気話をするのは気が引けるのだろう。
だが、ここは俺の部屋だ。そこは我慢してほしい。
「そうね。うん、昔から好きよ。彼といるときが一番安心できるし」
スマホを耳に当てたまま、幼馴染の頬がほんのりと赤く染まっている。
いや……まさか俺なのか!?
……なんて、勘違いするほど俺も馬鹿じゃない。
まあ、俺の知らないところで、ひっそりと恋を育んでいてもおかしくはないか。
「ええ、そうね。お疲れ様。彼氏と仲直りできるといいわね」
通話を終え、彼女はスマホをカーペットに放り投げる。
数秒の沈黙……その後、床にまた大の字になってジタバタと手足を動かしはじめる。
「もうやだぁ……付き合ったことなんかないのに……恋愛相談なんてできないわよぉ」
そして、またもや大声で泣きはじめた。
さっきまでの頼れる生徒会長の面影は、もうどこにもない。
ポロポロと大粒の涙をこぼす姿を見ていると、本当に感情が忙しいやつだと思う。
「だったら、断ればいいだろ?」
「そんなむりぃ……頼られてるのに断るなんてできないわよぉ」
「お前は頑張り過ぎなんだよ」
まったく、こいつは昔からいつもそうだ。
周りの期待に応えようと頑張って頑張って、限界まで無理をして。
そして最後に糸が切れたように、俺の前でだけ疲れて泣きじゃくる。
手元のティッシュ箱を引き寄せ、一枚抜き出して彼女に差し出す。
まあ、こいつはそういう不器用なやつなんだから、仕方ないんだけど。
「うう……恋愛のことなんか……ぐす……わかんないわよぉ」
「でも、好きなやつはいるんだろ? わからないなら告白してみればいいんじゃないか?」
ティッシュを受け取って鼻をかむ彼女を、俺は呆れたように見つめる。
もしこいつに恋人でもできれば、夜な夜な俺の家に来て泣きつくこともなくなるだろう。
そう考えると、胸の奥に冷たい風が吹いたように少しだけスースーする。
まあ、面倒な世話焼きから解放されて、ちょっと寂しい気もするけど。
だけど、こんな風に泣きながら俺の部屋にいるよりも、好きなやつのそばで笑っているほうが絶対にいいはずだ。
こいつには、幸せになってほしいから。
「でも、断られたら困るぅ」
「何言ってんだよ。お前の告白を断るやつなんているわけ無いだろ? 自信を持てよ」
まったく、何言ってんだか。
今は涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔だけど、学校じゃ誰もが見惚れるほどの美少女。
そして、みんなのあこがれの生徒会長なんだ。
こいつを振るやつなんているわけがない。
「……本当にそう思う?」
彼女は上目遣いになり、涙声で尋ねてくる。
普段はあんなに凛々しいのに、こういうときは本当に弱気だ。
仕方ない。
ちょっと元気付けてやるか。
「大丈夫だって。俺が保証してやるよ」
俺は、泣き虫な幼馴染の小さな手をぎゅっと握り、その透き通った瞳をじっと見つめ返す。
『絶対大丈夫』と安心させるときにやる、昔からの二人だけの秘密の儀式。
そういえば、これをやるのは随分と久しぶりな気がする。
まあ、お互いにいい年だ。
こんな恥ずかしいことを頻繁にするわけにもいかないからな。
「わかった……じゃあ……」
その潤んだ瞳の奥に、スッと決意の炎が灯る。
あれ? なんで今のこの状況で……?
「好きです。付き合ってください」
真っ直ぐな言葉が、至近距離から俺の心臓を撃ち抜いた。
頭の中が真っ白になる。
耳の奥で、自分の心音がドクンと大きく鳴った。
いま、こいつ……俺に何て言った……?
「う、うわーん……やっぱり駄目じゃないぃ……嘘つきぃ……」
俺がフリーズしている間に、幼馴染の大きな泣き声が現実に引き戻してくれた。
ちょっと待て。悩む暇さえ与えてくれないってどういうことだよ。
「いや、まてまてまてまて! 今の流れはそういうのじゃないだろ!」
「そういう流れ以外にないでしょ!? 早く『付き合う』って言ってよぉ!」
「いやいやいやいや!」
俺とこいつが? いや、ないだろ。
あくまでただの腐れ縁で、ただ泣き虫なこいつを助けてやっているだけなんだから。
そう心の中で慌てて否定した瞬間、不意に子供の頃の記憶が鮮明に蘇ってきた。
目の前で泣きじゃくる彼女の顔が、幼い日に泣きじゃくっていた小さな彼女と重なる。
『お前は泣き虫だよなぁ。仕方ないから、泣き止むまでいつでも一緒にいてやるよ』
夕暮れの公園の隅で、小さな手を握って、俺は確かにそう約束したっけ。
俺にとって、こいつのそばにいて世話を焼くのが、当たり前の日常になりすぎていた。
だからこそ、完全に忘れていた。自分がずっと、こいつの特別な場所に居続けていたということに。
「もういいわよぉ……帰るぅ……」
返事がないことに絶望したのか、彼女が背を向けて立ち上がろうとする。
うん、駄目だ。
ここで彼女を泣かしたまま帰すなんて、絶対にできない。
「えーと……ごめん。あの約束、お前のことだから忘れてないよな?」
俺はばっと立ち上がると手を伸ばす。
そのまま、幼馴染の震える背中をぎゅっと抱きしめた。
腕の中にすっぽりと収まる、華奢で温かい体。
重なり合った胸から、お互いの激しい心臓の鼓動がはっきりと伝わってくる。
めちゃくちゃ緊張する。
のどがカラカラに渇いて、うまく声が出ない。
だけど、男としてここはちゃんと言葉にして、伝えなきゃいけない。
「えーと……俺も好きだ。だから、付き合ってください」
これで、今までのただの幼馴染という関係は終わりになる。
未知の領域への不安はあるけれど、彼女の心からの笑顔を見れるなら、それで十分だ。
そう思って覚悟を決めたのに。
「よかったぁぁぁ! やっと言ってくれたぁぁぁぁ!」
彼女は泣き止むどころか、俺の胸に顔を埋めてさらに大泣きし始めた。
「いや、今のは泣き止んで、可愛い笑顔を見せるとこだろ!」
「嬉しすぎてむりぃぃぃ!!」
「流石に近所迷惑になるから大声はやめてくれ!!」
背中に回された腕の力が強くなり、彼女は一向に泣き止む様子がない。
たぶん、これからもこんな風に、俺の部屋で盛大に泣かれる夜が続くのだろう。
だけど、それでも構わない。
だって、こいつは世話の焼ける泣き虫だけど、俺にとって一番大切な幼馴染で――今日からは、恋人なんだから。




