美しさの始まり
元樹と離れてから、一か月以上が経過した。
最初は、寂しさに耐えきれず、理由もなく涙がこぼれる日もあった。
けれど時間が経つにつれ、気持ちは少しずつ前を向いていった。
——元樹や、みんなとは遠距離なだけ。
いつだって、会いに行ける距離にいる。
それに、愛しい人が四人も、私を待っていてくれる。
それは、とても幸せなことだった。
私は、幼い頃から美しいものが好きだった。
孤児院で育った私は、容姿に恵まれていたし、勉強も得意だった。
養子として引き取りたいと名乗り出てくれた夫婦は、三組いた。
私はその中から、一番裕福で、子どものいない夫婦を選んだ。
両親というには年齢は上だったけれど、
私への“投資”を惜しみなくしてくれた。
美しいものを見せられ、
美しいものに囲まれて生きる日々。
その対価として、父になった人の視線に耐え、
私は美しくあるよう、努力した。
母の着せ替え人形にも、喜んでなってあげた。
私たちは、WIN-WINの関係だった。
——私に、好きな人ができるまでは。
中学までは、私立のお嬢様校と呼ばれる女子中学に通った。
高校も、そのまま系列校へ進む予定だった。
けれど私は、看護師の資格を取りたいと願い出た。
両親は最初、渋い顔をした。
だから私は、こう言った。
「お母様たちが看護師になることを望まないなら、なりません。
でも……誰かを助ける方法があるなら、勉強したいの。
それに、いつかお母様たちをお世話する日が来るかもしれないでしょう?
そのとき、役に立ちたいの」
その言葉に、両親は喜んで私を進学させてくれた。
その場所で、私は初恋をした。
彼は、本当に美しく、清い人だった。
気づけば、自然と一緒に勉強するようになっていた。
両親には——特に父には、言わなかった。
二人は、私が純粋無垢なままでいてほしいと思っている気がしたから。
それに、父は私を“娘”として見ていないように思えた。
美しい美術品を眺めるような愛情。
そして、私のすべてを支配していなければ気がすまない人たち。
付き合い始めて、しばらく経った頃。
どうやって知ったのか、交際は露見した。
「別れなさい」
「そんな……彼はいい人よ!」
「私たちのお金目当てに決まってる。
あなたのためなのよ!」
——私は、綺麗なものを見ていたいの。
あなたたちじゃなくて。
「少し、考えさせてください」
部屋に戻り、鏡の中の自分を見つめる。
もともと容姿は整っていた。
けれど、この家に来てから、さらに美しさに拍車がかかった。
手入れを欠かさず、
髪を傷めないように気をつけ、
日焼けを避け、
シミやそばかすができないよう対策をし、
所作や言葉遣いを正し、
勉強と、程よい運動を続けてきた。
その結果、
艶やかな髪、透明感のある肌、メリハリのある体。
お金を惜しみなく注がれ、
努力を重ねた結果だった。
今さら、昔の生活には戻れない。
私が美しくないなんて、許せない。
(彼と、別れるしかないの……?)
涙が溢れた。
こんなにも愛している存在を、手放したくない。
「あの……」
「別れることに、決めたのね」
「…………」
「きよかさん!」
両親の顔は、憎悪に歪んでいるように見えた。
(——美しくない)
「もう少し、時間をください。
ちゃんと、整理しますから」
「……わかったわ」
ため息を吐き、仕方ないと言わんばかりの態度。
胸の奥に、不快感が広がる。
それでも、顔には出さない。
きよかは、いつものように笑顔を作った。




