デートと同棲
朝の光が、カーテンの隙間から差し込んでいた。
きよかは目を覚ますと、まず隣を見た。
「……おはよう、元樹」
柔らかく声をかける。
返事はない。それでも、彼女は微笑んだ。
「よく眠れた?」
今日はデートの日だ。
約束していた、有給の一日。
きよかはベッドから抜け出し、クローゼットの前に立つ。
ワンピースを何着も並べ、鏡の前で一つひとつ当ててみる。
「これだと、可愛すぎるかな……」
少し悩んだ末、淡い色のワンピースを選んだ。
元樹が「似合うよ」と言ってくれそうな服。
身支度を整えると、きよかは楽しげに振り返る。
「準備できたよ、元樹」
いつものように、腕を組む仕草をしてみる。
そこに誰もいなくても、その動作は自然だった。
「最初はね、ドライブにしようと思って」
鍵を手に取りながら話しかける。
「景色、好きって言ってたでしょ? 静かなところ」
車に乗り込み、助手席をちらりと見る。
シートベルトを留める仕草をしてから、エンジンをかけた。
「じゃあ、行こっか」
車は、緑の多い道を進んでいく。
窓の外には、穏やかな景色が流れていた。
「ねえ、覚えてる? 最初に会ったバス」
きよかはハンドルを握りながら、楽しそうに話す。
「席、譲ってたよね。あれ見て、絶対いい人だって思ったんだ」
信号で止まり、助手席に視線を向ける。
「私、見る目あるでしょ?」
小さく笑った。
昼前、きよかはお気に入りのカフェに車を停めた。
木造の小さな店で、テラス席からは川が見える。
「ここね、前に一人で来たことあるんだけど……」
少し照れたように続ける。
「今日みたいな日は、二人のほうがいいなって思ってた」
テイクアウトのコーヒーを受け取り、車に戻る。
仕事の話。
何気ない冗談。
未来の話。
「次の休みも、デートしよ?」
当然のように、そう言った。
「だって、まだ行きたいところ、いっぱいあるし」
午後は、夜景のきれいな高台へ車を走らせた。
空がゆっくりと色を変えていく。
きよかは夜景を眺めながら、元樹と甘い口づけを交わす。
「こうしてるとさ……」
空を見上げて、静かに言った。
「やっと、ちゃんと恋人になれた気がする」
実家には寄らず、そのままマンションへ戻ると、
きよかは満足そうに息を吐いた。
「楽しかったね」
振り返り、優しく微笑む。
「元樹は、どこに行くのが一番好き?」
返事を待つ間、少しだけ首を傾げる。
——でも、答えは分かっている。
「私と一緒なら、どこでもいいよね」
そう言って、彼女はもう一度、恋人を見る目で微笑んだ。
このデートは、
きよかにとって“完璧”だった。
マンションに戻ると、きよかは鍵を開ける前に一度だけ深呼吸をした。
「ただいま、元樹」
扉を開けると、いつもの部屋。
きれいに整えられた空間と、変わらない匂い。
——帰る場所がある。
しかも、そこに大好きな人がいる。
それだけで、胸がいっぱいになる。
「ね、ちゃんと待っててくれた?」
そう話しかけながら、靴を揃える。
返事がなくても、気にならなかった。
翌朝も、きよかはいつも通りバスに乗った。
同じ時間、同じ席、同じ窓から見える景色。
ただ一つ違うのは、心が軽いことだった。
「最近、機嫌いいよね」
病棟で、同僚の看護師が声をかけてくる。
「何かいいことあった?」
「えー、分かります?」
きよかは少し照れたように笑った。
「まあ……ちょっとだけ」
別の同僚が、ちらりときよかを見る。
「清水さんってさ、ほんと感じいいよね。患者さんからの評判もいいし」
その視線には、ほんの少しだけ特別な色が混じっていた。
きよかは、いつも通りの笑顔で応える。
「ありがとうございます」
そのあとも、きよかの頭の中にあったのは、元樹のことだった。
今頃、何をしているだろうかと。
仕事を終え、帰宅すると、きよかはぱっと表情を明るくした。
「元樹、ただいま!」
部屋に向かって声をかける。
「お仕事、頑張ってきたよ」
上着を脱ぎ、手を洗いながら、自然に話しかける。
「ねえ、大好きな人が家にいてくれるって、すごく幸せだね」
その言葉に、嘘はなかった。
夜、ソファに腰を下ろし、きよかは考え込む。
「次のデート、どうしようか」
カレンダーに視線を落とす。
「次の休み、四日後なんだよね」
指で日付をなぞりながら、楽しそうに続ける。
「その日、デートしない?」
少し考えてから、ぱっと顔を上げた。
「映画なんてどう? 平日だし、空いてると思うんだー」
そうして迎えた、四日後。
きよかはリュックを開き、慎重に中を整える。
「ちょっと、窮屈かもしれないけど……」
申し訳なさそうに、けれど甘えるように言った。
「元樹、かっこいいからさ。騒がれたら困るし……ごめんね」
ファスナーを閉め、リュックを背負う。
「今日は、一日中ずっと一緒にいようね」
映画館に着くと、平日の昼間ということもあって、人影はまばらだった。
ロビーも静かで、チケットカウンターには数人しか並んでいない。
「よかった、空いてる」
きよかはほっと息をつき、席を確認する。
暗くなった館内で、彼女はリュックを膝の上に抱えた。
「始まるよ、元樹」
スクリーンに光が灯る。
きよかは、恋人と並んで映画を観ているつもりで、
満足そうに微笑んだ。
——これが、ずっと続けばいいのに。
そう、心から思っていた。




