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貴方を愛すること  作者: りな


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3/19

冷凍保存された恋

 玄関の扉は重く、磨かれた真鍮のノブは冷たかった。

 きよかが押し開けると、天井の高いホールが静かに姿を現す。


「ただいま」


 声は、広い空間に吸い込まれるように消えた。


 大理石の床は艶やかに磨かれ、外光を受けて淡く光っている。

 正面には、ゆるやかな曲線を描く階段。

 濃い色の手すりには、長年触れられてきた跡が残っていた。


 壁には装飾の施された額縁がいくつも掛けられているが、中は空白だった。

 写真も、絵も、何も入っていない。


「ね、きれいでしょ」


 きよかはショウケースを抱えたまま、誇らしげに言う。


「昔は人が多くて、いつも騒がしかったんだよ」


 ホールを抜けると、広々としたリビングがある。

 アンティークのソファとテーブル、背の高い本棚。

 本はきれいに並んでいるが、背表紙に折り目はなく、読まれた形跡がない。


 暖炉の上には時計が置かれていた。

 針は動いているのに、時刻はいつも少しずれている。


 カーテンを引くと、手入れの行き届いた庭が見えた。

 剪定された木々、雑草一つない芝生。

 完璧すぎるほど整っていて、人の遊んだ気配がない。


「ここでお茶するの、好きなんだ」


 きよかはショウケースを、窓辺の小さなテーブルに置いた。

 来客を迎えるように、丁寧な仕草で。


 ダイニングには、長いテーブルと椅子が並んでいる。

 席数は多いのに、食器棚には二人分のセットしかなかった。


 キッチンも広く、設備は新しい。

 だが、調理の痕跡はほとんどなく、使われているのは最低限だった。


「一人だと、こんなに広いのは必要ないんだけどね」


 笑いながら言うその声は、どこか軽い。


 廊下を進むと、いくつもの扉が並んでいる。

 客室、書斎、音楽室。

 どれも完璧に整えられているのに、どの部屋にも“主”の気配がない。


 階段を上がると、二階の廊下は赤い絨毯が敷かれていた。

 足音はほとんど響かない。


 寝室は、天蓋付きの大きなベッドが中央に置かれている。

 シーツは真っ白で、二人分の枕が並んでいるが、使われた形跡は一つもなかった。


「ここなら、ゆっくりできるでしょ」


 きよかはそう言って、安心したように微笑む。


 この洋館は、誰かが暮らしていた証拠で満ちている。

 けれど、“誰か”そのものだけが、きれいに消えていた。


 それが、この家の最も不自然なところだった。


 処置を終えたあと、きよかは小さく息を吐いた。

 やり切った、という確かな感触が胸に残る。


 彼女は元樹にそっと顔を近づけ、静かにキスをする。


「お疲れさま」


 その言葉は、仕事を終えた同僚に向けるもののようでもあり、

 恋人にかける言葉のようでもあった。


 きよかは元樹を大切に抱き上げ、用意していた部屋へ戻る。

 動作はゆっくりで、揺れないよう細心の注意を払っている。


「元樹、ちょっと待っててね」


 名残惜しそうに視線を向けてから、きよかは踵を返した。


 外に出ると、夜の空気は冷たく澄んでいた。

 彼女は迷いのない足取りで、冷凍コンテナへ向かう。


 鍵を開け、扉を引く。


 中に一歩踏み入れ、背にして扉を閉めると、

 外の音は遮断され、低い冷却音だけが一定のリズムで響いていた。


「お待たせ!」


 中を覗き込みながら、きよかは明るい声で言う。


「なかなか来ないから……怒っちゃった?」


 くったくなく笑うその視線の先には、

 整然と並べられた三つのショウケース。


 その中には、美しい顔立ちの青年たちが静かに並んでいた。


 きよかは満足そうに頷く。


「大丈夫。みんな、私の愛しい人だよ」


 声は自然で、少し弾んでいる。

 返事が返ってくる前提で、彼女は話し続けた。


「今日はね、新しい子を連れてきたの」


 少し照れたように微笑む。


「直接紹介するのは、もう少し後になっちゃうけど……

 冴島元樹くんっていうの」


「優しくて、ちゃんとしてて……本当に、いい人だったんだよ」


 ケース越しに、そっと手を添える。


「みんなと違って、付き合ってすぐここに来たからね。

 これから二週間は、たくさんデートして、思い出を作るつもり」


 少し間を置いて、慌てたように付け足す。


「だからって、妬かないでね。

 みんなとは、もうたくさん思い出があるし……」


 きよかは三つの顔を順に見回す。


「私、ちゃんと等しく愛してるから」


 声を少し落とす。


「最初は、不安だったよね。急だったし、びっくりしたと思う」


 それでも、すぐに微笑んだ。


「でも……今は、幸せでしょ?」


 満足そうに頷く。


「ここなら、誰にも邪魔されないし、変わらない」


 三つのショウケースを、それぞれ愛おしそうに見つめ、

 きよかは順番に抱き寄せるような仕草をする。


 そして一歩下がり、全員が視界に入る位置に立った。


「ちゃんと順番にお話するし、

 私の愛は、一生変わらないって誓う」


 指を組み、やさしく言う。


「だからね……仲良くして」


 しばらくその場に立ち尽くしたあと、

 きよかは軽く手を振った。


「じゃあ、今日はここまで」


 扉に手をかけ、振り返る。


「おやすみ。みんな」


 扉が閉まり、

 冷却音だけが、静かに残った。


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