海サイド- 違和感
夜のパトカーの中。
運転席の同僚は無線に耳を傾けながら、前方に視線を向けている。
海は助手席で腕を組み、窓の外へ視線を流していた。
街灯が、一定のリズムで後方へと流れていく。
本来なら、不審者の有無を確認する時間。
だが、意識は別の場所にあった。
頭に残っているのは、さっきの光景。
きよか。
そして――
あの男。
「海さん?」
同僚が声をかける。
「さっきの人、知り合いだったんですよね」
「ああ」
短く答える。
「一時期、一緒に暮らしてたことがあってな」
「へぇ」
「妹みたいなもんだ」
それだけ言って、海は再び窓の外へ視線を戻す。
懐かしい再会。
本来なら、もっと素直に喜べたはずだった。
なのに。
(なんだ、あの男)
思い出す。
きよかの手を掴んだ、あの瞬間。
あの男の目が、変わった。
あれは――
優しさじゃない。
独占欲だ。
「海さん」
「ん?」
「例の失踪のやつ」
同僚が書類を持ち上げる。
「冴島元樹」
その名前に、海の意識が戻る。
「通勤バスの運転手が言ってたやつか」
「親しそうだったって」
「そうか」
書類を受け取る。
写真。
二十五歳。
整った顔立ち。
「家族はいないんでしたっけ?」
「父親はいるらしいが、ほぼ絶縁状態だな」
「へぇ……」
同僚が軽く笑う。
「孤独だったんすかね」
「どうだろうな」
海はページをめくる。
「婚約してた相手が、あれだけ心配してる。完全に孤独ってわけでもないだろ」
「あー……確かに」
「だったら……」
同僚が肩をすくめる。
「やっぱただただ女遊びの激しいクズってことすね」
海は答えない。
この男の交友関係はすでに調べてある。
男女問わず接点は多く、特に女性関係は複雑だった。
ページをめくる手が、わずかに止まる。
同僚の言葉をきっかけに、別の記憶が浮かぶ。
きよかの表情。
元樹の名前が出たとき。
あまりにも――
冷静すぎた。
(……)
普通なら。
少しは驚く。
戸惑う。
困る。
だが、きよかは違った。
淀みがなかった。
完璧だった。
まるで――
最初から答えを用意していたかのように。
「海さん?」
同僚が不思議そうに見る。
「どうしました?」
海は小さく首を振る。
「いや」
書類を閉じる。
「なんでもない」
だが。
胸の奥に残る違和感は消えない。
(考えすぎだ)
きーちゃんだ。
あの子は昔から優しい。
人を傷つけるような子じゃない。
そう思う。
そう思うのに。
刑事としての勘が、静かに囁く。
(……調べてみるか)
海は再び書類を開く。
冴島元樹。
失踪。
通勤バス。
そして――
清水きよか。
ペンを取り、その名前を書き留める。
ただの確認。
それだけのはずだ。
そう自分に言い聞かせながら。
パトカーは、街を静かに走り続けた。




