家族みたいだった人
二人はしばらく無言で歩いた。
夜風が冷たい。
きよかは、握られたままの自分の手を見る。
「……陵?」
呼ぶと、陵はようやく足を止めた。
振り向く。
「どうしたんですか」
いつもの優しい声。
けれど、その目の奥には何か沈んでいる。
「さっきの人」
きよかは少し考えてから言った。
「施設にいた頃のお兄ちゃんみたいな人なの」
陵の指が、わずかに強くなる。
「そうなんですね」
声は穏やかだ。
だが、表情は変わらない。
「警察なんてすごいよね」
きよかは小さく笑う。
「昔から、正しい人だった」
その言葉を聞いた瞬間。
陵の胸の奥で何かが軋んだ。
正しい。
守る人。
安心できる人。
(俺じゃない)
陵は一瞬だけ目を伏せた。
「……きよかさん」
「ん?」
「その人、好きなんですか?」
きよかは驚いたように目を瞬く。
「え?」
「恋愛とかじゃなくても」
陵はすぐに言い直す。
「大事な人なのかなって」
少し沈黙が落ちる。
きよかはゆっくり首を振った。
「違うよ」
懐かしいだけ。
「家族みたいだった人ってだけ」
その答えに、陵はわずかに息を吐く。
安心。
だが、完全ではない。
(それでも)
あの男は危険だ。
警察。
きよかの過去を知る人間。
もし何かに気づけば――
全部壊れる。
「陵?」
きよかが覗き込む。
「どうしたの?」
陵はすぐに笑顔を作る。
「なんでもないです」
そして、きよかの手をもう一度握り直す。
「行きましょう」
車が停まっている場所まで歩く。
ドアを開ける。
助手席にきよかを乗せる。
その仕草は、どこまでも丁寧だった。
だが。
車のドアが閉まった瞬間。
陵の瞳から、笑みが消える。
(警察)
(しかも、きよかさんの過去を知ってる)
最悪だ。
今までで一番、危険な存在。
(でも)
ハンドルを握る。
ゆっくりエンジンをかける。
(絶対に渡さない)
きよかさんは、俺のものだ。
車が静かに夜道へ滑り出した。
⸻
一方。
その場に残った海は、きよか達の背中を見送っていた。
隣の警察官が声をかける。
「知り合いだったんですか?」
海はすぐには答えない。
遠ざかる車を、しばらく見つめている。
「……昔、一緒に暮らしてた妹みたいな子です」
「へぇ」
「すごくいい子だったんですよ」
そう言いながら。
海の視線は、陵の姿を追っていた。
わずかな違和感。
胸の奥に残る、引っかかり。
「でも」
小さく呟く。
「あの男……」
「え?」
海は首を振る。
「いや、なんでもない」
だが。
刑事の勘が、静かに警鐘を鳴らしていた。
あの男の目。
あれは――
普通じゃない。
海はゆっくりと視線を落とす。
ポケットの中には、さっき渡した連絡先のメモの控え。
(きーちゃん……)
再会は嬉しい。
けれど。
胸の奥に、説明のつかない不安が残っていた。




