嫉妬
屋敷を離れ、車へ向かう。
だが、数歩進んだところで足が止まる。
庭の奥。
巨大な冷凍コンテナ。
静かな威圧。
夜の闇の中で、それだけが異質な存在感を放っている。
(……)
近づく。
鍵がかかっている。
指先が冷たい金属に触れる。
何も考えず、ある数字を押す。
反応はない。
小さく息を吐く。
ふと、会話がよみがえる。
『きよかさんの誕生日いつなんですか?』
『4月5日』
『もう過ぎてるのかー』
『大丈夫。誰とも祝ってないから』
『じゃあ、特別な日は?』
『……9月20日。両親の命日』
陵は目を閉じる。
ゆっくりと数字を押す。
静かな電子音。
ロックが外れる。
扉が、わずかに開く。
冷気が流れ出る。
中を覗く。
整然と並ぶキャリーケース。
そして――
美しく、保存された“過去”。
陵の呼吸が止まる。
(そうか)
理解する。
きよかが愛した人たち。
過去。
そして今も続く、変わらない愛。
その中に、あの男の姿もある。
胸の奥で、何かが激しく渦巻く。
嫉妬。
羨望。
怒り。
視界が揺らぐ。
(今も、愛してるんだ)
自分が知らない時間。
自分より前に選ばれた存在。
冷気の中で、静かに並ぶそれらが、陵の心をかき乱す。
狂ってしまいそうなほどの嫉妬。
一瞬、衝動がよぎる。
すべて壊してしまえばいい。
何もかもなかったことにすればいい。
(……だめだ)
強く目を閉じる。
理性が、必死に押し留める。
(きよかさんに嫌われたら、意味がない)
ここで動けば終わる。
今はまだ、その時じゃない。
このままでは感情を抑えきれなくなると、陵は扉を閉める。
鍵を戻す。
深く息を吐く。
車へ向かう足取りは速い。
(憎い)
胸の奥が焼けるように熱い。
裏切った男たち。
傷つけた存在。
それでも、きよかに選ばれた人たち。
今も大切にされ、愛されている。
(俺はきよかさんだけなのに)
ハンドルを握る手に力が入る。
けれど、その衝動は行動にはならない。
代わりに、静かな決意へと変わる。
(最後に残るのは、俺だ)
破壊ではない。
奪うでもない。
ただ一つ。
(きよかさんが、自分から手放すようにする)
時間をかけて。
確実に。
夜の森を、車が静かに走り出した。
その瞳には、嫉妬と執着が、静かに灯っていた。




