招かれた過去
門をくぐった瞬間、陵の胸は高鳴っていた。
(入れた……)
ずっと遠くから見ていた場所。
何度も来た。
何度も門の前で引き返した。
その敷地に、今、自分は立っている。
きよかに招かれて。
屋敷は、やはり圧倒的だった。
洋館の外壁は夜の光を淡く反射し、
手入れの行き届いた庭は静まり返っている。
その視界の端に――
巨大な冷凍コンテナ。
一瞬、呼吸が止まる。
(あれは……)
不自然な存在感。
庭の景観から浮いている。
中に何があるのか。
知りたい。
確かめたい。
喉の奥が乾く。
だが、陵は視線を逸らした。
今、踏み込むべきではない。
ここで欲を出せばきよかさんに
嫌われてしまうかもしれない。
「どうしたの?」
きよかが振り返る。
「いえ……立派なお家だなって」
平静を装う。
心臓はうるさいほど鳴っているのに。
玄関へ向かう途中、きよかの声が落ちた。
「……どうして、ここを知っているの?」
足が止まる。
空気が変わる。
「昨日から、つけてきたの?」
試すような目。
陵はすぐに首を振る。
「違います」
迷いなく。
「偶然じゃないですけど……尾行はしてません」
きよかの視線が鋭くなる。
陵は、ゆっくりと続けた。
「前から、知ってたんです」
沈黙。
「高校の頃から」
きよかの指先がわずかに揺れる。
「……え?」
「覚えてないかもしれないですけど」
陵は苦く笑う。
「俺、あの頃……お金持ちで有名な高校に通ってて」
遠回しな言い方。
直接は言わない。
「あなたの……彼氏とよく一緒にいました」
きよかの瞳が揺れる。
「正確には、囲まれてお金を巻き上げられてたんですけどね」
軽く言う。
だが、当時の空気が蘇る。
「きよかさん、止めてくれましたよね」
“やめなよ”と。
“お金なら出すから”と。
陵の胸が熱くなる。
「俺、あのとき救われたんです」
きよかは黙っている。
「強い人だなって思った」
視線がぶつかる。
「誰にも縛られてない人だって」
本当は縛られていたことを、陵は知らない。
「だから、ずっと覚えてました」
それだけ。
殺しの夜のことは言わない。
まだ。
言うべきではない。
「偶然、見かけたとき……運命だと思ったんです」
きよかの呼吸が浅くなる。
(……あの子)
思い出す。
強い目をした少年。
彼が一番嫌っていた男の子。
逆らう目。
殴られても折れない視線。
彼の何にも縛られないような姿を好きになった
暴力的で最低な事ばかりしていたけど
誰にも縛られない強さに見えて
彼なら、私を理解してくれるかもしれないと――
思っていた。
でも。
彼はお金持ちの生徒から金を巻き上げていた。
人に優しくするより、横柄で暴力的に振る舞う人で
それが美しくなくて嫌だった。
何度も止めた。
その中に、確かにいた。
陵。
私をまっすぐ見ていた目。
(覚えていたの?)
胸がざわつく。
あの頃の記憶と、今目の前にいる青年が重なる。
「……あなた」
きよかは小さく息を吐く。
「ずっと、覚えていたの?」
陵は微笑む。
肯定も否定もしない笑み。
その視線が、少しだけ怖い。
でも。
ほんの少しだけ――
嬉しい。
森の奥の屋敷で。
二人の過去が、ゆっくりと交差し始めていた。




