予想外の訪問者
きよかは久しぶりに、ゆっくりと時間を使うことにした。
白を基調にしたカフェ。
大きなガラス窓からやわらかな光が差し込み、
ショーケースには宝石のようなスイーツが整然と並ぶ。
「いらっしゃいませ」
店員の声は静かで上品だった。
「店内ですか?」
「ええ」
艶やかなグラサージュが光を反射するチョコレートムース。
ふわりと空気を含んだ苺のショートケーキ。
層の美しいピスタチオとベリーのタルト。
どれも崩すのが惜しいほど整っている。
悩んだ末、すすめられた新作とチョコレートムースを選んだ。
フォークを入れると、なめらかに沈む。
一口。
甘さは優しく、後味は軽い。
「……美味しい」
自然と微笑みがこぼれる。
平日の昼間。
店内は静かで、時間がゆるやかに流れている。
きよかの所作は無意識のうちに整っていた。
カップを持つ指先、フォークの運び方、
背筋の伸びた姿勢。
隣席の客が思わず視線を向けるほどに。
「とても美味しかったです」
そう告げると、店員は穏やかに微笑んだ。
「またお待ちしております」
“また”。
過不足ない距離感。
心地よい敬意。
(当たりのお店だったわ)
その後、行きつけの高級店をいくつか巡る。
「お待ちしておりました」
顔を覚えられていることに、きよかは小さな満足を覚えた。
店員から自分好みの商品を紹介される
「こちら新作でございます」
(つい買いすぎてしまうわ)
無駄遣いとは思わないがついつい欲しくなると
買ってしまう自分にため息がでる。
ふと、磨き上げられたガラスに映る自分を見る。
淡いピンクのトップスに、白いフレアスカート。
今日も完璧。
(私は、美しい)
努力と投資の結晶。
今日は――
自分に対するご褒美の日。
誰にも邪魔されないはずの時間。
――そのはずだった。
⸻
実家へ戻る。
門の前で、足が止まる。
見知らぬ黒いセダン。
エンジンは切れている。
(……誰?)
胸の奥がひやりとする。
昨日の件が頭をよぎる。
きよかはバッグの中の冷たい感触を確かめながら、
静かに近づいた。
運転席のドアが開く。
「きよかさん」
陵だった。
安堵と、警戒が同時に走る。
「……どうしてここに?」
「心配で」
真っ直ぐな目。
「昨日、様子がおかしかったから」
風が二人の間を通り抜ける。
「勝手に来ました。でも……放っておけなかった」
(どこまで知っているの?)
陵の視線は屋敷へ向いている。
詮索ではない。
守ろうとする視線。
「……帰りなさい」
声は穏やかだが、境界線は引いている。
「俺、守りたいんです」
その言葉に、きよかの胸がわずかに揺れる。
守る。
多くの人が言った言葉。
だが、本当に守った者はいなかった。
森は静か。
空気が張りつめる。
(知らない方が幸せ)
それでも。
陵の目は逸れない。
「それでも、俺は知りたい」
軽くない声。
きよかはゆっくりと息を吐いた。
選択。
拒絶することもできる。
試すこともできる。
「……とりあえず、中に入る?」
その言葉に、陵の表情が一瞬で明るくなる。
「いいんですか?」
あまりに無防備な笑顔。
その無邪気さに、きよかは微かに可笑しさを覚える。
(この人は、どこまで踏み込めるのかしら)
それを見極めるのも、悪くない。
「寒いでしょう」
そう言って、きよかは門を開けた。
陵は躊躇いながらも、敷地へ足を踏み入れる。
森の奥の屋敷へ。
秘密の領域へ。
――扉が、静かに閉まった。




