陵サイドー片想い
目が覚めた瞬間、最初に浮かんだのは彼女の名前だった。
「……きよかさん」
天井を見つめたまま、小さく呟く。
スマホを確認する。
新しい通知はない。
カーテンを開け、ベランダへ出る。
向かいのマンション。
きよかの部屋があるはずの階を、じっと見つめる。
カーテンは開いていない。
(まだ帰ってない……)
胸の奥がざわつく。
(実家なんだろう。何かトラブルがあったのか?)
連絡したい。
「大丈夫ですか」と送りたい。
けれど指は止まる。
(俺はきよかさんの恋人じゃない……)
まだ、違う。
好きなだけの男だ。
干渉する資格はない。
「……仕方ない」
自分に言い聞かせる。
ベランダの手すりを握る手に、力が入る。
きよかを見つけたあの日から、陵は必死だった。
嫌われないように。
重いと思われないように。
でも、いざという時は守れるように。
矛盾だらけの距離感を、必死で保ってきた。
きよかの住むマンションは、案外すぐに見つかった。
通勤路を辿り、足取りを覚え、
何度も何度も、さりげなく後を歩いた。
何階なのか分からず、何日も観察した。
やっと分かったとき、胸が震えた。
そして向かいのマンションに空きが出た。
迷わなかった。
入居を決めた。
理由は、ひとつ。
(俺は、きよかさんじゃないと無理なんです)
呟きは、朝の空気に溶ける。
部屋に戻ると、壁に飾られた写真が目に入る。
通勤路で、偶然を装って撮れた横顔。
笑った瞬間。
困った顔。
「きよかさん……」
あの日を思い出す。
大学近くの道。
ふと視線が合った瞬間。
心臓が、跳ねた。
――見つけた。
そう思った。
ずっと探していた人。
忘れようとしても忘れられなかった人。
奇跡みたいな再会。
運命だと、思わずにはいられなかった。
陵はスマホを握る。
画面には、昨夜のメッセージ。
【今日は楽しかった!またね!】
その「またね」が、胸を締めつける。
(嘘でもいい)
(俺の前では、本当でいてほしい)
窓の外。
きよかの部屋は、まだ暗い。
陵は決める。
今日は偶然を装わない。
待つだけじゃなく、確かめる。
「きよかさん……俺、ちゃんと守れますから」
その声は、誰にも届かない。




