デートの約束
別れ際。
沈黙が落ちる。
「……あの」
陵が、少しだけ躊躇う。
「連絡先、交換してもらえませんか」
今まで聞かなかったのは、拒絶されるのが怖かったからだ。
きよかは、ほんの一瞬だけ考えた。
――連絡先を渡すということは、
日常に入れるということ。
四人は、連絡してこない。
裏切らない。
勝手に変わらない。
でも、陵は違う。
それでも。
「……いいよ」
スマホを差し出す。
陵の目が、分かりやすく輝いた。
「本当ですか!?」
「大きい声出さないの」
くすりと笑う。
画面に名前が登録される。
三原 陵
きよかのスマホに、その名前が刻まれた。
⸻
〈陵サイド〉
帰宅後。
陵はベッドに倒れ込む。
「やば……」
連絡先を交換できた。
それだけで、世界が少し変わった気がした。
画面を何度も開いては閉じる。
送るべきか。
今は早いか。
重いと思われないか。
結局。
【今日はありがとう。無理させてたらごめんなさい】
送信。
すぐ既読がつく。
【こちらこそ。急に連れ出されてびっくりした】
文面は淡白。
でも、返信が来た。
それだけで、胸が熱くなる。
ベランダに出る
(きよかさん、僕の愛は絶対変わりませんから)
陵は決めていた。
⸻
数日後。
通勤路で、陵は言った。
「今度、ちゃんとデートしませんか」
「ちゃんと?」
「ちゃんとです」
きよかは、少しだけ笑う。
「今度の休みはまた実家ですか?」
「今週は、帰らなくてもいいかなって」
口に出してから、自分で驚いた。
陵は、言葉の意味を理解し、息を飲む。
「……じゃあ、俺、エスコートします」
「大げさ」
でも、きよかは頷いた。
「いいよ。デートしよっか」
その一言で、陵は世界一の幸せ者になれた
⸻
それから、陵は毎日、仕事終わりの時間に合わせて現れるようになった。
「きよかさん!」
病院の前で手を振る。
「今日も来たの?」
「はい」
当然のように答える。
「疲れてるでしょ。送ります」
「別に一人で帰れるけど」
「知ってます。でも、隣にいたいんです」
きよかは何も言わず、歩き出す。
陵は、半歩後ろを歩く。
手は、まだ触れない。
⸻
昼休み。
「最近さ」
同僚の一人が、箸を止める。
「毎日迎えに来てるよね、あの子」
視線が集まる。
「彼氏じゃないって言ってたけど」
「……違うよ」
きよかは静かに答える。
その向かいで、例の男性看護師が無言で味噌汁をすする。
「清水さん、ああいうタイプ好きなの?」
冗談めかした声。
「別に」
短い返事。
だが、男性看護師の手元がわずかに止まる。
「若いよな、あの子。大学生だろ?」
「そうらしいですね」
淡々と答える。
けれど、心の奥に、小さなざわめき。
――“毎日迎えに来る”。
四人は、迎えに来ない。
動かない。
変わらない。
でも、陵は来る。
選んで来る。
その違いが、じわりと染み込む。
⸻
〈陵サイド〉
陵は気づいていた。
病院の男の視線。
あれは好意だ。
(あの人、きよかさん狙ってる)
胸の奥に、黒い感情が生まれる。
でも、焦らない。
(俺が一番理解してる)
そう自分に言い聞かせる
きよかさんが誰の目にも触れられず
僕の部屋に閉じ込めておけたらいいのに
陵はベランダから外を眺めてながら胸の奥の感情を持て余していた。
⸻
その夜。
きよかは帰宅する。
いつものようにスマホを開きかけて――止めた。
今日は、陵からのメッセージが届いている。
【無事着きました?】
画面を見つめる。
冷凍コンテナのカメラは、起動していない。
代わりに、文字が胸を温める。
(……変わるって、こういうこと?)
きよかは、ゆっくりと返信を打った。
【着いたよ。ありがとう】
四人は、何も言わない。
でも陵は、返事をくれる。
それが、少しだけ――
怖かった。




