理解したい恋心
夜風が、少し冷たかった。
陵は店の扉を押し開け、そのままきよかの手を引いて歩いた。
ネオンの光が背中に遠ざかる。
「ちょっと、陵くん」
きよかの声は、怒っているわけではなかった。
ただ、静かだった。
角を曲がったところで、陵は足を止める。
ようやく手を離した。
「……すみません」
呼吸が荒い。
衝動のまま動いた自分を、今さら自覚する。
「急にあんなことして」
「本当だよ。びっくりした」
きよかは手首をさすりながらも、責める様子はない。
それが、余計に苦しい。
「俺……あの人といるきよかさん見るの、嫌だった」
「どうして?」
まっすぐな問い。
陵は言葉を探す。
「きよかさんが、あの人と笑ってるの見たら……」
喉が詰まる。
「俺、きよかさんのこと好きなんだって、改めて分かったんです」
夜の街灯の下で、陵の目は真剣だった。
「軽い気持ちじゃないです」
きよかは黙って聞いている。
「俺....きよかさんに会う為ならなんだってします。
ただ……会えるだけで幸せなんです」
少しだけ笑う。
「きよかさん、俺のこと全然信用してないですよね」
「……してない、っていうより」
きよかは視線を逸らす。
「分からないの」
陵は息を止める。
「何が?」
「あなたが、どうしてそこまで言えるのか」
静かな声。
「私のこと、そんなに知らないでしょう?」
「知りたいんです」
即答だった。
「きよかさんのこと。
何が好きで、何が嫌いで、何に傷ついてきたのか」
きよかの胸が、かすかにざわつく。
――理解している、と言われるのは怖い。
でも、理解したいと言われるのは、もっと怖い。
「俺、自信あるって言ったけど」
陵は少し笑う。
「本当は、自信なんてないです」
夜風が、二人の間を抜ける。
「でも、きよかさんが誰かと消えるの、嫌なんです」
その言葉に、きよかは一瞬だけ息を詰めた。
(消える)
無意識に、その単語が胸を刺す。
「陵くん」
きよかは、ゆっくり顔を上げる。
「私はね、簡単な人じゃないよ」
「知ってます」
間髪入れず返る。
「簡単だったら、こんなに好きになってない」
その真っ直ぐさに、きよかは目を細めた。
心の奥で、何かが揺れる。
四人は、何も言わない。
永遠に変わらない。
でも、この人は。
変わるかもしれない。
裏切るかもしれない。
離れていくかもしれない。
それでも。
「……今日は、ありがとう」
きよかはそう言った。
陵の目が、少しだけ柔らぐ。
「嫌われてない?」
「今のところは」
小さく微笑む。
陵は、ほっと息を吐いた。
「じゃあ……まだ、諦めなくていいですよね?」
きよかは答えない。
ただ、夜空を見上げた。
――理解されたい。
でも、失いたくない。
その矛盾が、静かに胸に残る。
「帰ろっか」
きよかが歩き出す。
陵は、少し距離を空けて並んだ。
手は、もう掴まない。
それでも、二人の影は、
同じ方向へ伸びていた。




