運命の人
休日。
きよかは車に乗り込み、実家へ向かった。
ハンドルを握りながら、ふと陵のことを思い出す。
まだ恋ではない。
それでも、あの日から、陵のことを考える時間が増えていた。
――どうしてかしら。
実家に着くと、いつものように冷凍コンテナの鍵を開ける。
「ただいま」
中に入り、微笑む。
棚に並ぶ、美しい四人の顔。
変わらない姿で、静かにそこにある。
きよかは、じっと見つめた。
「愛してる」
返事はない。
愛おしい人たちに囲まれた空間。
本来なら、満たされているはずだった。
なのに――胸の奥に、わずかな空洞がある。
彼らは、私の理解者ではなかった。
私が好きでい続けた人も、いなかった。
皆、私から離れようとした。
私だけを愛してはくれなかった。
だからこそ、今ここにいる。
美しいまま、変わらないまま、
一生、私の側にいてくれる。
それでも。
「愛してる」
囁く。
「……皆も、私を愛してくれてるよね?」
答えはない。
きよかは笑顔を作り、コンテナの扉を閉めた。
⸻
陵は自室で天井を見つめていた。
「きよかさんに会いたいなー」
呟いた直後、スマホが鳴る。
友人からの飲みの誘いだった。
【今から出る】
短く返信し、家を出る。
もしかしたら、きよかに会えるかもしれない。
そんな淡い期待を抱きながら、大学近くの居酒屋へ向かった。
「遅いぞ!」
友人が手を振る。
その奥には、連絡になかった女性たちの姿。
「おい、聞いてないぞ」
「悪い! どうしても陵と飲みたいってさ。今日は奢るから!」
陵はため息をつき、席に座る。
「陵くんって、うちの大学で有名だよね?」
「へー」
興味なさげに相槌を打つ。
「一番のイケメンだって噂だよ?」
陵はスマホから目を離さない。
「私も有名なんだよ? ねぇ?」
周囲が囃し立てる。
「私と陵くんなら、お似合いだと思うんだけど」
テーブルの下で、足が触れる。
不快感が、じわりと広がる。
「俺なんかより、お似合いの人いますよ」
雰囲気を壊さぬよう、やんわり拒む。
そのとき。
視線を感じて顔を上げる。
そこにいた。
「……きよかさん」
「え?」
向かいの女性が振り返るが、きよかはすでに席を移動していた。
(男と来てた?)
(デート? でも彼氏はいないはず……)
(今の状況、見られたよな)
思考が一気に加速する。
「陵? どうした?」
「陵くん?」
声が煩わしい。
「悪い、用事できた。抜ける」
「え?」
立ち上がる陵を、女性が掴む。
「連絡先、まだ聞けてない」
甘えるような声。
(あいつ……)
思い出す。
きよかの職場で、きよかに色目を使っていた看護師。
「くそっ」
思わず漏れた言葉に、場が凍る。
「俺、片思い中なんで。邪魔だから離して」
冷たい声。
女性は手を離した。
陵は店内を見回し、きよかの席へ向かう。
そこには、きよかと、あの看護師。
酒を飲みながら話している。
「きよかさん……」
振り向く。
看護師は嫌そうな顔をする。
「偶然だね。友達と飲んでるんでしょう? 戻りなよ」
「俺、きよかさん以外の女性に興味ないから抜けました」
空気が張りつめる。
「きよかさんは?……デートですか?」
看護師が苛立つ。
「それ、君に関係ある?」
看護師の男の突き放す声。
陵の胸は妙に熱くなる。
「あります。きよかさんは俺の運命の人なんで」
場が静まる。
きよかは一瞬、ぽかんとする。
陵は覚悟を決めた。
きよかの荷物を取り、手を掴む。
「きよかさん、行きましょ」
そのまま、強引に店の外へ連れ出した。




