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理系女子、異世界でメートルを作る  作者: しぎ
この世界には単位が多すぎる

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9/14

シャル、なんかやっちゃいました?


 翌朝、シャルは店の裏手、荷物の受け渡しのため広く取られたスペースに、小さなテーブルを運び込み、その上に自分で設計した日時計を置いた。

 

 東西に走る目抜き通りを目印に、棒の先が真北を向くように置く。

 すでに太陽は東の空、低いところに上がっており、棒の作る影がちょうど目盛りの一つに重なっている。


『ペリランド式日時計実演中! 等間隔に時間が測れる!』

 そう書いた木札をテーブルにぶら下げる。

 しばらくすると、通りがかった人が数人集まってくるようになってきた。


「日時計なのか、これ?」

「なんで斜めになっているんだ?」


「棒を斜めにすることで、影の動きを規則的にしたんです。今日ここで実験して上手く行けば、商品化も考えています」

 商品化もいいが、その先にあるのは時間を精密に計測すること。メートル法への道のりに、欠かせないものだ。


「へえ……よくわからんが、すごそうだな」

「実験成功、楽しみにしてるぜ」

 シャルから説明を受けた人たちは、『わからないけどなんかそういうものなんだな』というような納得の顔をして去っていく。


 ――しかし、誰も思いつかなかったのかしら。日時計の棒を傾けるって。

 

「こういうの作った人って、過去にいなかったんです?」

 シャルは隣で実験を手伝ってくれている店員に尋ねる。

「いないですね……モーリスさんも、見たことがないとおっしゃられていました」


 そうなのか。

 ……あれだけ天体観測をちゃんとやってたら、こうした方がうまくいくって気づきそうなものだけど。


 

 ――シャルが作ったのは、日本ではその形から『コマ型日時計』と呼ばれるものである。

 棒を北極星に向け、垂直に文字盤を作る。これによって、文字盤と太陽の動く平面がいつでも平行になるので、棒の影は常に同じ速度で文字盤の上を一周する、という仕組みだ。

 

 今までこの世界にあった日時計は、全て棒が地面に垂直に立っていた。これだと夏と冬で太陽の動き方が変わることにより、棒の影の動き方が変わる。それを無視して等間隔に目盛りを引いてしまっていたので、夏と冬で時間の長さが変わる、ということになっていたのだ。


「……大丈夫そうね」


 シャルは比較用に持ってきた水時計と見比べて、正しく日時計が動いていることを確認する。

 目盛りの最小単位は、日本で言えば10分になる。とりあえず1マイント、という想定だ。


「じゃあ、わたしは書類の仕事がありますので、お昼頃にまた戻ってきます」

 店員に目盛りのチェックを依頼して、シャルは建物内に戻った。



 その後、モーリスに付き添って倉庫内の品物チェックを行い、合間にエルビットと遊んでやり、シャルが戻ってきたのはお昼。

 窓から空を見ると、きれいな秋晴れだ。資料を見た限り、秋分の日はもう過ぎているので、これからはどんどん日が短くなっていくことになる。


 ……もう少ししたら、厚めの服に着替えようかしら、そう思って外に出たシャルは……驚いた。


  

「あっ、シャルさん。一緒に説明してくれませんか?」


 ――えっ、なにこれ……?

 

 驚くシャルに、店員の声。しかしそれも、ざわざわとした周りの声にかき消される。


「すごいぞ。こんな正確な日時計は見たことない」

「目盛りもすっきりしていて見やすいな」

「というより、これは日時計なのか?」

 ……日時計の置かれたテーブルの周りは、二重三重に人垣ができていた。

 それもみんな、『すごい』『わかりやすい』と言った声を上げている。


「どうしたんです?」

「それがですね……」


「シャル! すごいのを作ったな!」

 店員の声を遮り、聞き馴染みのある声がシャルのもとに。


「……ユリウス様?」

「私もいますよ、シャルさん」


 シャルが声のした方を見ると、ジャンポールとユリウスの親子が立っていた。

 ユリウスの方は、日時計の方をしきりに覗き込んでいる。


「ど、どうされたのですか?」

「うむ。うちの使用人の一人が、通りがかりにこの日時計を見たのを屋敷で話していたのだ。そしたら、それを聞いたユリウスが屋敷を飛び出してしまい……」


 ジャンポールは厳しい目線をユリウスに向ける。

「しかし男爵様、何もご自身で出てこなくても……」

「ああ、まあ……私も気にはなったからな、正確な動きをする日時計というのは」


 そう言って、大きく咳払いをするジャンポール。

「それで、ユリウス様の興奮した声につられて、多くの人だかりが……」

 店員が説明する。

 なるほど、街では数少ない貴族の子供が騒ぎ立てれば、それだけ通りがかりの人々も興味を湧き立てられる。


 ……これは、予想以上に時計を早く広められそうね……

 シャルは注目度の高さに困惑しつつも、自分のやっていることが上手く進んでいるのを実感した。


 正確な時間を人々に広めることができる――その影響は、計り知れない。



 ――人垣は、時間が進むにつれてどんどん広がっていった。

 

 ジャンポールは予定があると言って、ユリウスを連れて戻っていったが、その後も噂は広まり、夕方になる頃には店の敷地から人がはみ出るほどに。


 そして、陽が沈む。

 棒が作る影はどんどん長くなり、文字盤の外へ飛び出していき……


 

「……実験成功です! 等間隔に時間を計測できる日時計ができました!」

 完全に太陽が見えなくなったのと同時にシャルが声を上げると、人垣の中から大きな拍手が起こった。


 その拍手は、祝福と称賛が入り混じったような。

 仕組みがよくわからない人にも、この日時計の凄さは十分に伝わっていた。


「うむ。シャル、またすごいものを作ったんだな」

 その声に振り返ると、モーリスが立っている。


「お父様?」

「本当はもう少し様子を見ようと思ったのだが、これだけ話題になってしまったら仕方ないな。シャル……これを商品化できるだろうか?」


 やはりそう来たか。ただ、それには一つ問題がある。


「設計図はあるので、職人さんに依頼すれば同じものを生産できると思います。ですが……これは現状、セーヨンでしか使えません」


「……どういうことだ?」

 シャルの答えに、モーリスは困惑し、周りの人混みからも『なんで?』という言葉が上がる。


「はい。この日時計のポイントは、棒の傾きです。この棒の先が……」

 シャルはかがんで、棒を通して夜空を覗き込むようなポーズを取る。

 その先では、すでにノーザンポル――北極星が輝き始めている。

「ノーザンポルへ向かっていくようにしないといけません。そして北へ行くほど傾きは大きくなり、逆に南へ行くほど傾きは小さくなります」


「そうなのか……とすると、そこの傾きを調整できるような機構が必要だな。よし、職人と相談しよう」


 正直、シャルの言っていることの理由がモーリスにはよくわからない。

 でも、シャルに間違えはないだろう。実験が上手くいったということが、何よりの証明だ。


 だから、この娘が生み出すものは、全力でバックアップするのだ。

 ……モーリスは、そう心に決めて、自室へ戻っていった。



 ***



 それから(日本の暦に換算して)二ヶ月。


 いよいよ本格的な冬に入っていく、という時期に、ペリランド式日時計はついに発売。

 シャルが一番最初に書いた設計図をベースに、棒の傾きを調整できる、材質を木製からより丈夫な金属製に変える、などの修正を経て、『見やすく正確な時計』を売り文句にして店頭に並んだ。

 

 セーヨンの庶民にとっては少し高めの値段設定だったが、販売初日にモートン男爵家が5台一括購入したというのもあって大好評。

 冬が明ける頃には、周辺の農村地帯にも広まり始めていた。


 

「ほらエルビット、クッキーだぞ」

 少しずつ暖かくなってきた、春の入り口といえるこの日は、ジャンポールに付き添って来たユリウスがまた商会の一室でエルビットと遊んでいる。


「ユリウス様、エルビットにお菓子をあげるのは程々にしてください。歯が痛くなっちゃいますよ」

 とはいえ、休憩で部屋に入ってきたシャルも小腹が空いた頃合いだ。

 外に置かれた日時計を見ると、日の入りまであと3アナーぐらい。すなわち午後三時すぎだと考えると、ちょうどおやつの時間。


 まあ、良いか。

 シャルは座って、皿の上に置かれた茶色いクッキーを一口。

 マーレの木から採ったシロップの甘さが丁度いい。


「シャル、前に言ってたやつ、調べてきたぜ」

 自らもクッキーを飲み込むと、ユリウスはシャルの前に座って、びっしりと文字が書き込まれた羊皮紙を数枚取り出した。


「シャルが言うまで気にもしなかったけど、こんなにあるんだな、世の中の単位って……」

 そのユリウスの口調には、覇気がない。

 目の前の羊皮紙の内容に、どこか呆れているような。


 ――最も、羊皮紙の内容に呆れたのは、シャルも同様だった。

 書かれているのは、ユリウスが数ヶ月間かけて集めてきた、フランベネイル王国で使われている単位たち。

 同じ名前でも指し示す量が変わる場合は、その旨も明記されている。


 それを合わせると、長さだけで100はあるんじゃなかろうか。

 面積、体積、重さに関しても同様だ。


「わかってはいたけど、多いですね……」

「大変だったんだぞ、これ……パーティーに行くたび、参加者や使用人とかに片っ端から聞いて回ったんだ」


 シャルも会う人会う人に聞いて情報を集めていたが、やはり貴族は行動範囲が広い。

 海岸沿いから国境近く、北から南から単位の定義が集まっている。

 

「――なんというか、分かった気がする。シャルが統一したいって言ってた理由」


 そうだろうそうだろう……ユリウスのポツリとした呟きに、シャルは心の中で首を縦に振る。

 

 今使われている単位のリスト化をユリウスに――最初はモーリスやジャンポールにも――依頼したのは、単に現状把握の効率化だけではない。

 これだけ多くの単位が混在する状況を再認識してもらい、シャルの主張に説得力を持たせるためでもある。

 このリストを見た人たちが呆れ返り、愕然とすればするほど、シャルにとっては思惑通りなのだ。


 何しろ、酷いところでは同じ街の中で単位の定義が混在しているのである。

「こことかすごいですよね。1リテーラの酒をくださいって言って、同じ街の東と西でもらえる量が4分の3違ってくるんですよ」

 しかも割と大きな街で、だ。これ、詐欺師が見たらどう思うのだろう。

 絶対悪事の種になりそうな気しかしない。


「子供とか、ちゃんとおつかいできてるのかな……」

「ユリウス様だったら、どうです?」

「……一回は間違える」

 

 そう言うユリウスの顔は、どんどん渋くなっていくのだった。

 

 

「ありがとうございます、ユリウス様。これのおかげで、計画が進められそうです」


 自分がまとめたリストを見るのに飽きて、またエルビットをあやし始めたユリウスに向かって、シャルは深々と頭を下げる。

 このリストをモーリスやジャンポールに見せにいって、また計画への協力を頼みに行くのだ。

 

 

 計画の方も、この冬の間にさらに洗練させた。

 

 より正確な時計を作れるようになったのだから、やはり最初の基準となる単位は時間が良いだろう。

 ペリランド式日時計で、棒の影が一周する時間を何分割かすれば、秒に相当する単位が得られる。


 秒から長さの単位――メートルを得るには、振り子を使えば良い。

 振り子が一往復するのにかかる時間は、振り子の長さに依存するので、そこから時間と長さの関係式を得られる。

 長さが定まれば面積、体積、さらに『体積がこれぐらいの〇〇の重さ』とすることで重さも決められる。


 野乃の持つ、現代日本の科学知識からするとガバガバなところもあるが、この世界で人々を納得させるには十分なはずだ。



 さあ、モーリスとジャンポールのところへ……


 

「シャル、いるか?」

 

「はい?」

 まさにシャルが開けようとしたドアが開いて、モーリスが現れた。


「うむ、シャルに、べネイルからの誘いが来ているのだ」


 ……え? べネイル? 王都の?


「シャルさん、私が説明します」

 モーリスの後ろから現れたのはジャンポール。

 それに気づいたのか、ユリウスが姿勢を正して起立する。


「実は、シャルさん考案のペリランド式日時計が、王都の研究者たちの目にとまりましてね」

 モートン男爵家はもちろん、今ではセーヨンの至るところで見かけるようになったペリランド式日時計。

 実際商会にも、他の街からの注文がちらほら来るようになっていた。

 するとセーヨンを訪れた貴族の人々が、『あの街のあちこちにある物体はなんだ』とジャンポールに尋ねる。

 そこから、『画期的な時計がある』という噂が貴族階級の中に広まっていたのだ。


「それで、王城に是非その日時計を持ってきていただいて、色々と調べたいと……」


 まさかそんなことになるとは。

 シャルは自分のやったことに驚きを隠せない。

 ……っていうか、正確な時計をみんなそんなに求めてたの?

 

 極端な話、シャルのやったことは『日時計の棒を北極星に向けて傾ける』ただそれだけである。

 それだけで、時計の正確性がぐんと上がり、時間をより厳密に知れるようになった。


 ――もしかしたら、歴史に名だたる発明家の気持ちってこれなのかしら。



「どうだろう、シャル。商会としては、願ってもない機会なのだが」

「もちろん、謹んでお誘いをお受けいたします」


 モーリスの問いに、シャルは食い気味に答える。


 予定変更だ。『メートル法計画(仮)』は、王都でもう一度お話する。

 多くの人、それも研究者のような話がわかりそうな人に、直接訴える。



 ……降って湧いた大チャンスの前に、シャルは気持ちの高ぶりを抑えきれなかった。

読んでいただきありがとうございます。

もし良ければ、評価もよろしくお願いします。

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