シャルのアドリブ実験教室
「どうしたシャル?」
モーリスの言葉も聞かず、シャルは手近な出口から建物の外に出る。
シャルたちが入ってきた玄関の反対側、建物の裏はすぐ林になっていて、奥には城壁が見えている。
裏口からシャルが出ると、ほぼ目の前で青いひらひらが動いていた。
シャルが少し見下げた先で見え隠れするのは、まさしく童話の中から飛び出してきたような、至るところにひだがついた南国のような青いドレス。
比喩ではなく、本当に透き通った真っ白な肌。
緑がかったセミロングの髪が、木漏れ日に反射して宝石のように輝く。
その目で見るのは初めてだけど、疑いようは無かった。
「……メイ様?」
「はい。……あなた、もしかしてさっき馬車で来てた方ですよね? 気になってたんです」
そう言って、メイは短い両手を組み合わせてシャルを見つめる。
真っ直ぐで、純真そのものと言える眼差し。
――弟のエルビットのようだけど、やっぱり男の子よりも可愛らしい。
「確かにそうですが」
「何をしに来られたのですか?」
わくわくという効果音がメイから出ているかのようだ。
「そんなことよりも、メイ様。いろんな人が探していますよ。国王陛下や他の皆様にご迷惑をおかけしてしまいます。早くお戻りになったほうが……」
後ろから、モーリスが慌てふためきながら声をかけてくる。
「嫌です。だって、退屈なんですもの。勉強も遊びも」
5才の子供が、贅沢な……と言いたくなるのを我慢するシャル。
「ここは面白くて好きです。見たこと無いものがたくさんありますし」
そう言いながら、メイはシャルとモーリスの間をすり抜けて勝手に建物内へ入っていく。
王家の孫娘だけあって口調は丁寧だが、テーブルの上に置かれた実験器具を触って回ったり、書類を散らかしている様子は本当に幼い子供だ。
ですます調の言葉と、その行動とのギャップに、シャルの脳内が少し混乱する。
「メイ様、お止めください。勝手に部屋の中を荒らしては、きっと皆さんに怒られますよ」
「お二人は、貴族の方ですか?」
モーリスの制止も聞かず、メイはシャルに向かって聞いてくる。
「……いいえ、わたしたちは商人です。ここには、新商品の売り込みにきました」
「新商品……どんなのです?」
シャルは、テーブルの上に載せていたペリランド式日時計を運んできた。
「これです。今までよりも正確に時間を測れる日時計になります」
「ふ〜ん……」
……メイは、シャルの持っていた日時計をちょいちょい突くが、あまり興味を持っていなそうだ。
「それよりも、何か面白いものはありません?」
「メイ様……」
心配で声が震えているモーリスを、シャルは手で止める。
――もちろん、メイ様を早く王家の関係者に引き渡さなければいけないのは事実だろう。なんたってまた5才だ。
でも、かといってわたしができることは何も無い。
ここにメイ様がいることを、どうやって他の人に伝える?
広い王城の敷地内で歩き回ったところで、大して状況が良くなるとも思えない。
シャルは建物の正面から出てみる。
兵士や使用人のような人々の姿は見えない。というか、馬車でここまで来た細い道の向こうまで見ても、人っ子一人いない。
なら、外を歩いても、ここにいても、変わらない。
ここで大人しく、メイ様の相手をしながら誰かがここに戻ってくるのを待ったほうが得策だろう。
「あなた、お名前は?」
「ペリランド商会のシャルリーヌです。以後お見知りおきを」
「シャルね。何か、面白いことってありません?」
メイは、変わらぬキラキラとした目でシャルを見つめる。
今は何とか、この小さなお姫様と上手くやっていくしかない。
「メイ様、振り子というのはご存知です?」
「ふりこ……?」
キョトンとするメイを見て、シャルは服のポケットから、セーヨンから持ち込んできていた振り子を取り出す。
振り子といっても、髪飾り用の細いひもの先に、木片を重りとして結びつけた簡易なもの。
最も、これぐらいのものでも、説明なんかに使うのには充分である。
「こうしてから、手を離すと……」
シャルは、左手でひもの端を持ち、右手で重りの木片を持ち、ひもを真横にピンと張る。
それから、右手をそっと離した。
シャルの二の腕と同じぐらいの長さのひもが半円の軌跡を描き、木片が反対側の高さまで上がり、また戻ってくる。
その往復運動に沿って、メイの両目が右に左に。
「これが振り子です。こうやって往復していって、だんだん止まっていきますよ……」
これぐらい雑な作りだと、シャルが左手で持っている支点部分の摩擦や、空気抵抗の影響も大きい。
何も力を加えないでいると、木片の往復する距離がだんだん短くなっていき……
「勝手に止まりました……」
最終的に木片は一番下で止まり、ひもが重力に引かれてピンと張る。
「何もしないと勝手に止まりますが、少し勢いをつけると、もっと長く動いてます」
今度シャルは、木片を持ち上げてから、勢いをつけて投げ下ろす。
スピードのついた振り子が素早く往復するのに合わせて、またメイの両目も往復する。
「――さてメイ様、この振り子は、いったいどのように役に立つと思いますか?」
「どんなところ……?」
メイは、往復する振り子を追いながら、シャルの質問に返す。
いったい何をするのだろう――そう、ぽかんとした顔をしながら。
「例えば……」
シャルはひもの端を持った左手を小刻みにぶるぶると揺らす。
それに伴って、振り子の先の木片もまた、不規則に揺れる。
「重りの揺れを測れば、もともとの揺れの大きさや、向きを知ることができます。――メイ様は、地震にあったことはあるでしょうか?」
メイがこくりと頷く。
この世界では、時々地震が起こる。日本に比べればずっと規模も小さいし回数も少ないけど、それでも起こると『神罰だ』といって大騒ぎになる。
「この仕組みを応用すれば、地震の揺れや大きさを調べることができるのですよ」
「へー……」
この世界に地震計は……まあ、無いかな、と思う。
でも、メイ様の興味を引くことはできているようだ。
シャルは次の話題へ向かうことにした。
「後は振り子の重要な性質として、一往復するのにかかる時間についての法則があります」
「……でも、止まっちゃいますよ」
「それは摩擦が大きいからです。もし摩擦が全く無ければ……一度動いた振り子は永遠に同じ動きを続けます」
シャルは5才の子に分かるかな……と思いつつ、つっかえ棒のようなものを戸棚から持ってくる。
棒を壁とテーブルによって固定させてシャルの腰の高さに通し、ひもを巻いて結べば、振り子の木片が宙に浮く。
「メイ様、どうぞお座りください」
シャルは手近な椅子を持ってくる。メイがそこに座ると、ちょうどその視線の高さに振り子が来た。
「今度は、さっきよりもっと長く動きますよ」
しゃがんだシャルが右手で木片を持ち上げてそっと離すと、さっきよりも真っ直ぐな軌道で木片は往復運動を始める。
……5円玉でもあったら、催眠術でもかけられるだろうか。
シャルは、木片を目で追うメイを見つめる。
幸い、興味を失っている様子はない。いい感じだ。
「……メイ様、往復する時間、なかなか変わらないですね?」
「はい」
「ではメイ様、この振り子が一往復する時間を変えることはできますか? ただしルールとして、勢いよく木片を振り下ろすのは禁止です。先程わたしがやったように、木片はそっと手から離してください」
「……それは、高くから落とせばいいのでは?」
メイは小さな手で木片をつかみ、シャルの落とした場所よりもずっと高い位置に持っていく。
……うんうん、予想通りだ。たとえお姫様でも、考えることは普通の小学生と変わらない。
「では、やってみましょうか。わたしが手を叩いて時間を数えますね。まずはわたしがやった高さから」
シャルはさっきと同じ高さに木片を持っていってから手を離す。
シャルがパンパンと手を叩くのを聞きながら、メイがまた目を動かす。
……やっぱり、暗示でもかけてるように思えてくる。
「次は、メイ様がやった高さからです」
振り子を止め、シャルはもっと高い場所に木片を持っていき、また手を離す。
「……どうですメイ様?」
手を叩きながら、シャルは尋ねる。
「……変わってないですね……」
「はい。振り子の振り幅を変えても、往復の時間は変わりません」
「本当に?」
「本当です」
残念ながら、この世界でも科学の法則は同じだ。
そしてシャルは、メイの身体が前のめりになっていくのを見逃さなかった。
「では、どうすればいいと思います?」
「速く落とせばいいんですよね……」
メイはまだ動いている木片を手で止め、じっと眺める。
……まさか、転生して人に理科を教えることになるなんて。しかも相手は一国のお姫様だ。
シャルはかつて学校で学んだ記憶……小学校、中学校の授業を思い出す。
どうすればメイ様の気を引けるか、そう思って始めた振り子の話だけど、結構うまく行ってるじゃないの。前世では先生とかなるつもりなかったんだけどな……
「あ! これをもっと重いものに取り替えたらどうです?」
小さな手で握った木片を少し揺らしながらメイが答える。
シャルの予想もまた当たりだ。
――振り子の話は、『メートル法計画』の話をする中で必要になるかもしれないと少し準備をしていた。
その準備通りに、ここまで進んでいく。
シャルは楽しくなってきた。
5才の女の子相手に、どこまでいけるか。力試しだ。
「それではやってみましょうか。ちょうど、粘土のようなものがありますので、これで重くしましょう」
シャルはテーブルの向こうにあった、何かを練り固めたような粘土状の物体を持ってくる。
何かの実験に使うものなのか、あるいは薬かなんかでも作っていたのか。
まあでも、容器を持ってみるとずっしり重いし、少しぐらい使ってもいいだろう。
「……メイ様もやってみます?」
シャルが聞いてみると、メイは少し笑顔を見せて、右手で粘土をわしづかみにする。
そのまま木片にペタペタと塗り始めた。
楽しそうに作業をしてくれているのは、実験にのめり込んでいることの何よりの証だ。
このまま上手くいけば、メイ様を懐かせられるかも……という打算的な想いが頭をよぎる。
「……これぐらいでいいでしょう。それでは、また時間を測りますね」
粘土でかさ増しされた木片の重さは、シャルが持った感じ倍ぐらいになっている。
それをまた高いところに持っていき、そっと手を離す。
「……変わらない……?」
メイの言うように、先程と同じ時間で木片は一往復してくる。
「はい。重りの重さを変えても、往復の時間は変わりません」
「本当に本当です?」
「本当に本当ですよ」
メイ様、生徒としてあまりにも優秀過ぎる。
こういう生徒ばかりだったら、学校の先生ももう少し楽だろうな……シャルはさすがお姫様と感心しながら、話を続ける。
「さて、どうします? メイ様……」
いたずらっぽく話すシャル。
顔が真剣になるメイ。
後ろで、なおも心配そうにそれを見守るモーリス。
大丈夫です、お父様。この姫様は、とってもいい子です。
「他に、変えられそうなところ……」
振り子のあちこちを触っていくメイ。
しかし、メイ様は今までどういう教育を受けていたのだろうかと、シャルは考える。
国王陛下に愛されている孫娘のことだ、きっと国でも最高レベルの英才教育を施されているのだろう。
もちろん勉強だけでなく、しつけとか礼儀作法とか、言葉遣いとか。
……勉強は退屈だと、メイ様は言っていた。そういうところは、とても子供らしいのだけど。
「……そういえば、ここの長さって変えられるんですの?」
メイは、振り子のひもを持った。
それだ!
やっぱりメイ様は優秀だ。もしかしたら、将来はその頭の良さをフルに発揮して、政治的手腕で名を馳せる……かもしれない。
シャルは勝手な期待をしつつ、質問に答える。
「そうですね。では、振り子のひもの長さを変えてみましょう」
シャルはピンと伸びたひもの半分のところを手で持ち上げ、つっかえ棒にその部分を巻いて結ぶ。
木片までの長さが半分になった振り子が完成した。
「それでは、時間を測ります」
シャルはまた、木片を持ち上げてそっと離す。
果たして……
読んでいただきありがとうございます。
もし良ければ、評価もよろしくお願いします。




