王都にて
――大きいな……
(また、日本の暦で)一ヶ月後。春の陽気の只中で、シャルとモーリスたちペリランド商会一行の乗る馬車は、王都べネイルの中心にそびえ立つ王城の正面入り口の前にいた。
シャルが窓から首を出すと、セーヨンのものとは比較にならないぐらい高い城壁がそびえ立っている。
うんと見上げて、ようやく王城のてっぺんの塔が見えるぐらいだ。
――野乃の記憶の中には、これより高い超高層ビルが何本もある。東京タワーやスカイツリーだってある。
でもそれらとは、迫力が違った。どことなく迫ってくる威圧感とかがすごい。
……そして何よりも、重機も無い、それどころか単位だって職人によってまちまちなこの世界で、よくこれだけのものを建てられるわね……そんな驚きが、シャルの脳内を支配する。
門番の兵士が御者に確認。
少しすると巨大な木製の扉が、ゆっくりと音を立てて開き始めた。
庭園の中に真っ直ぐ道が走り、その先にヨーロッパ風の城の建物。
「シャル、もっと姿勢を正しなさい。ここからは王城の中だぞ」
モーリスに言われ、シャルは首を引っ込めて座り直す。
「お父様は、王城に入ったことは……?」
「無い。平民で、客人として入れるのは、例外的に大きな功績を上げた戦士のような特別に認められたものだけだ。商人では……本当に一握りぐらいだろう……な」
若干震えたモーリスの声。
お父様、緊張してる?
って、そりゃそうか。それだけの場所に、わたしは踏み入れているんだ。
シャルは軽く頬を叩いて気合を入れる。
この、いかにもファンタジーといった世界の本丸で、わたしの主張は通るのか。
馬車は入ってすぐ右に曲がり、シャルの座る側の窓から城の建物が大きく見える。
その建物に、脳内でペリランド式日時計を重ね合わせて、シャルは説明の言葉を考えていた。
***
「ペリランドさん、ご足労いただきありがとうございます。こちらは王家直属の研究施設になります」
シャルたちが案内されたのは、王城の敷地の隅、木々に囲まれた小さな2階建ての建物。庶民の一般的な家屋とほぼ同じ大きさだ。
「魔力に関すること、動植物に関すること、土地に関すること……学問と呼ばれているものはだいたいここで扱っています」
「天体観測……星の動きを調べたりはしてますか?」
シャルはすかさず案内してくれる人に尋ねる。セーヨンでやってるんだから、さすがにそれぐらいはしていてほしいが……
「そうですね。この建物の屋上では高さが足りないので、あちらの見張り台のスペースを少し頂いて行っています。他の街でやっているのと同じですよ」
示された見張り台は、王城の高さほどは無くても、セーヨンの神殿よりは高い。市街地にこれより高い建物も無いので、見晴らしも十分だろう。
……ということは、この王都べネイルでも、セーヨンでシャルが見たものと同程度、あるいはそれ以上の質のデータがあるわけだ。
ならそこから、太陽の動きとか、あるいは地軸が傾いてるとか……わからなかったのかな……
「こちらが、ペリランド式日時計になります」
シャルが応接室の机の上に、持ち込んだ日時計を置く。
周りに集まった大勢の研究者たち――といっても、白衣を着てるとかでもないので、見た目的にはそこらへんの街を歩いてる人と変わらない――が、一斉にそれを覗き込む。
「触っていただいて大丈夫ですよ」
シャルの言葉に、何人かの研究者が手を伸ばす。
金属製でなめらかな手触り。影を作る棒の部分を動かして角度を見る人もいる。
「なるほど……話に聞いていたとおりですが……」
「これは……日時計を傾けたもの、ということでよろしいのですか?」
研究者たちは、シャルではなくモーリスに尋ねる。
「はあ、これを作ったのは、私じゃなくて娘なんですよ」
……へ?
そんな声が、研究者たちの間から聞こえるようだった。
疑念という名の視線が、シャルに注がれる。
「はい。セーヨンでの観測データを元にわたしが設計しました」
その言葉に、ざわざわする室内。
……まあ、やっぱりそうか。でも、ここでめげては、計画達成には程遠い。
「この棒を、ノーザンポルのある方向に向けて……」
シャルは棒を操作して傾きを調節し、適当なところで固定する。
「これで、あとは陽の当たるところに置くと、影が一周するので、その時の目盛りを読み取るだけです」
「本当か?」
「目盛りが簡単過ぎる、こんな時計が可能なのか……」
シャルに飛ぶ声は、ほぼすべてが否定の声だ。
こういう人を黙らせるには、結果を持って示すしか無い。
「では、実験しましょう。……べネイルの、太陽の動きをまとめたデータ、ありますか?」
――セーヨンのときと同じように、春分・秋分の日の太陽の高さの角度をデータから読み取る。
そこから計算すれば、べネイルにおける北極星の見上げる角度がわかる。
……べネイルの緯度、北緯48.8度。
やっぱり、セーヨンよりちょっと北だ。
シャルは日時計の棒の傾きを48.8度にセットする。
「日当たりのいい場所、あります?」
「……ここの屋上で良ければ」
***
「真北ってどっちですか?」
示された方向に棒を合わせて、シャルは日時計を屋上の台の上に置く。
幸い、今日はよく晴れている。
はっきりした影が作られ、目盛りの一点を示す。
今はちょうど、太陽が真南を指したところだ。
「では、これから日没までの間、この影が等速で動き、正確に時を刻むことをご覧いただこうと思います」
……日時計の噂は、この研究者たちももちろん知っている。
セーヨンに、シンプルな目盛りで今までよりずっと正確に時を刻める日時計がある……それが大嘘だとは思わない。新興とはいえ、貴族であるモートン男爵家が理由もなくでまかせを言うはずはない。
――でも。なんで、そんなことができるのか?
そしてそれを、本当に目の前にいる小娘が考えたというのか?
現実には、ちょっと考えがたい話だ。
「……さて、この日時計を観察する間に、わたしから皆さんにお話したいことがあります」
シャルは呼吸を整える。
これを話すために、今日まで準備してきたのだ。
「わたしがこれを作ったのは、時間の単位の基準を作るためです」
「単位の基準? それはマイントとかアナーのことでは?」
「いえ、そういうことではありません。誰にとっても厳密な、普遍的な時間の単位……それを作るための作業です」
「……普遍的?」
「はい。どこの誰にとっても、同じ1マイント、1アナー、1ジョア……それが、わたしが欲しいものです。いえ、時間だけではありません。長さ、面積、体積、重さ……」
研究者たちが、一同によくわからないというような顔をするのが、シャルにはわかる。
「全世界の、いつでもどこでも、換算無しで使える新たな単位の形を作りたいのです。――皆さんもありませんか? 単位の計算で苦労した経験は……」
屋上に来るまでに研究施設の内部を少し見てきたが、計算式の書かれた羊皮紙がいろんなところに見えた。
野乃の記憶の中の研究室とは似ても似つかないが、学術研究のために計算が必要なのは、どこの世界も変わらない――シャルは確信していた。目の前の人たちも、単位で苦労しているはずだ。
「……確かに、新入りと話が合わないということは、ままあるな」
「研究資料を仕入れて、数が合わないということもあったが……」
よしよし、やっぱりそうだ。シャルは心のなかでガッツポーズ。
「ただ、だからといってわざわざ新しい単位を作るなんて、そんな必要があるんでしょうか?」
「正直、労力が……」
「はい。パッとできることではありません。ただ、結論から言いますと、そこまでする必要はあります。既存の単位を使うのには限界があります」
シャルは力強く言い切る。
「な……なんでそんなことを言うんです?」
「昔から使われてきて、それで誰も困ってないのに?」
……シャルから言わせると、どうして困らないんだとしか思えないのだが。
「では皆さんにお聞きしたいのですが、普段使っている単位の中で、はっきりとその定義を言えるものって、どれだけあります?」
「定義?」
「はい。だって、定義を知ってないと、正確な値は言えないでしょう? 手を広げてこれぐらいの長さ、とかは無しですよ?」
後ろで聞いているモーリスは心配になる。
……大人相手に、まだ10歳のシャルがこんなことを言って、大丈夫か?
そう思わせるほどに、シャルの口調は厳しい。
「……私の故郷では、かつて火山の噴火から住民を救った、パプワという人物の手の長さを1パップスとしています」
ややあって、一人の研究者が手を上げて言った。
シャルはそれを聞いて、手元にある、ユリウスが作ってくれた単位一覧を取り出してその記載を探す。
「……はい。南部の山岳地帯ですよね。名前が少しずつ変わっていますが、各地の街に似たような伝承があって、そこから単位が生まれています。……ところで、手の長さって、どうやって測ったんです?」
「以前はどうだったのかは不明ですが、私の故郷の街には中心部にパプワの銅像がありまして、それを元にしています」
「では、その銅像はいつごろできたものです? 場所はどこに?」
「場所は神殿正面の広場です。いつというのは、さあ……私の祖父が生まれた頃にはもうあったそうですから……」
答えてくれた研究者は、モーリスと近い見かけ。
若く見積もっても40代は確実だろう。……ならば。
「そんなに昔から屋外にある銅像なら、風や雨で相当すり減ってますよね。ということは、それを元にした1パップスの長さは、ちょっとずつ短くなっている……ということになりません?」
「……確かにそうでしょうが、しかしそんなの微々たるものでは? 現に老人の方と話してても困ることは無いですし」
「でも、例えばそのパプワの時代の資料が見つかったとして、当時の1パップスと今の1パップスって、どれぐらい違うんでしょうね?」
「……」
シャルが調べた範囲だと、そのパプワというのは今から500年ほど前の人物だ。なんなら、実在していたかどうかもちょっと怪しいレベルである。
「もしそこに実験や観測の記録が書かれていたとして、それを今読み解いて再現しようと思ったら? それが、あなたの孫やひ孫の時代だったら?」
「……」
「わたしが本で読んだ言葉に、『ちりも積もれば山となる』というのがあります。微々たる違いでも、何世代も経てば、それはきっと無視できないレベルの誤差として現れるでしょう」
研究者たちから言葉は出ない。
シャルの主張を伝えるのには、もう十分だ。
「……こんな状態では、とても定義とは呼べません。他の単位も、そんなのばかりです」
シャルは追い打ちをかけるように、手元の単位一覧を読み上げる。
「人物の身体を使用した長さや重さの単位は、あまりにもブレが大きすぎます。ひどいものだと、『叫び声が聞こえる一番遠い場所までの距離』なんてのがあったりします。こんなの、測る度に変わってくるじゃないですか」
これを見たときの絶望と言ったら……なぜこんなのが今まで使われ続けていたのだろう。
シャルはその後もひとしきり単位一覧から、これは駄目、あれは不十分と言い続けた。
そして一回息を吐いてから、まとめにかかる。
「――ですから、新しい単位を作る必要があるんです。そのために必要なのは、絶対的な基準。それを知るために必要なのが、この日時計なんです。それで……」
「残念ですが、その考えには賛同しかねますな」
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