アンコンシャス・バイアス
先日──いや、もう数週間前のことだ。
心血を注いで育てていた初めての部下が、退職代行を使って姿を消した。
新人育成の失敗は、上司としての自分の至らなさを突きつけるようで、その鈍い痛みが藤原を苛んでいた。
そんな矢先だった。一条社長がどこからか新しい新人を連れてきたのは。
桜井悠真と名乗った青年は、まるで時が止まったかのように若かった。
吸い込まれるように白い肌はつるりとし、あどけなさを残した中性的な顔立ちは、まるで美肌アプリのフィルターがかかっているかのようだ。
華奢な体躯と柔らかな前髪の隙間から覗く瞳は、三十五歳の藤原から見ると、二十代前半どころか高校を卒業したばかりの少女にさえ見えた。きっと、肌の手入れを徹底しているのだろう。
初日は簡単な業務説明と雑談で終わらせた。妙に話が合うところもあったが、プライベートな質問は一切口にしないよう意識的に避けた。
前の新人との経験から、余計な詮索はしないほうがいい。そう心に強く刻んでいたからだ。
「……藤原くん。新人のことでまた考え込んでいるのかい」
遠ざかる意識を引き戻した声に、ハッと我に返る。
目の前には、藤原の視線に合わせて赤ワインの入ったグラスをゆらゆらと泳がせる一条社長の姿があった。
「も、申し訳ありません」
「退職代行の件はそんなに思い詰めなくても大丈夫だよ。さあ、食べて食べて」
会社の未来を常に愉快そうに語る社長の瞳には、いつもの底知れない野望とは違うどこか優しい光が宿っているように見えた。
「そういえば、君も社会に出てからは散々な目にあったんだったね」
思わず、苦笑がこぼれる。一条社長の言葉は、藤原の心の奥底に封じ込めていた、古い傷をそっと撫でるようだった。
藤原は絞り出すように答えた。
「地元を離れて都会の大企業に入ったのですが、出社初日に出身を聞かれて素直に生まれ育った場所を答えたら、その後しばらく笑いものに……」
周囲の「あー、ハハハ……大学のことだったんだけどな……」という乾いた笑いが、今でも耳の奥にこびりついている。
学歴フィルターを辛うじて潜り抜け、ようやく掴んだ社会人生活。しかし、配属された部署で藤原を待っていたのは嘲笑だった。
社長は呆れたように首を振る。
「人間を学歴でしか測れない、狭量な奴らの一番分かりやすい悪癖だ」
社長の言葉に藤原は少しだけ救われた気がした。そう、あの時の嘲笑は、自分の価値を否定されたわけではなかったのだ。
今なら分かる。だが、当時の藤原には自分の存在を否定されるような、深い侮辱に感じられた。
藤原は言葉を選びながら続けた。親の介護を理由に退職したこと、数年後に再就職後したものの、若い上司に容赦なく詰められたこと。
仕事の進め方から言葉遣い、果ては「いい歳した男が……」と私生活まで口を出されたこともあった。
日々、自分の心から柔軟さが失われていく無力感と悔しさは、今も鮮明な痛みを伴って残っている。
「大変だったね。私も長く生きたせいか、これまでの常識や無意識な偏見に囚われている」
「無意識の偏見……ですか」
「こんな話がある。70年代以前の主要オーケストラでは女性団員の割合が非常に低く、わずか5%未満だったんだ」
「随分と少ないですね。今からすると考えられません」
「しかし、オーディションの審査員側から演奏者の姿が見えないような仕組みを導入したところ、女性の採用率が劇的に向上した。今じゃ弦楽器では男性よりも比率が高い」
社長は声に何らかの感情を込めることはなく、どこまでも穏やかだった。
「性別や人種による無意識な偏見は今もたくさんありそうですね」
「そうだね。おそらく君もたくさん味わってきたはずだよ」
「もしかすると、自分では気づいていないものもありそうです」
「そう。それこそ無意識な偏見<アンコンシャス・バイアス>なんだ」
向けられた偏見に気づけてすらいない。そんな自分が新人を預かって大丈夫なのだろうか。
視線を落として考え込む藤原に一条は言葉を続けた。
「でも、そんな君だから、彼を任せたいと思ったんだよ」
一条の視線は、真っ直ぐに藤原を見つめている。その瞳には同情でも慰めでもない確かな信頼として、強い期待が込められていた。
藤原がこれまで経験してきた痛みや悔しさ、その全てを知った上で、この重責を任せようとしている。
「彼も君のように……世間からの『普通』というものに翻弄され、押し潰されてきた人間だ。だからこそ、君なら彼の本当の価値を見出し、導いてあげられると信じている」
一条の言葉が、藤原の心にじんわりと染み渡る。退職代行で去った新人の影に囚われ、上司としての自信を失いかけていた自分に、新たな光を提示してくれた。
あの童顔の青年が、自分と同じように「普通」に苦しんできた過去を持つ。そう考えると、彼のことが、少しだけ違って見える。
この人は、一体どこまで見抜いているのだろう。そして、あの新人を連れてきた本当の理由は何だろうか。
藤原の内心を見透かすかのように、社長がにこやかにグラスを空けた。
「それじゃ、また明日ね」
「ご馳走様です。ありがとうございました」
夜風に吹かれながら、駅へと向かう道すがらも社長の言葉が藤原の胸に響いていた。
あの言葉は、藤原が抱えていた罪悪感をじんわりと溶かしていくようだった。自分は本当に上司失格だったのだろうか? いや、少なくとも、自分なりに精一杯あの新人と向き合ったはずだ。
スマートフォンが震え、ポケットから取り出すと、一条社長からのメッセージだった。
「退職代行の件、君のせいではないよ。彼は会社が必要じゃなくなっただけ」
その言葉に、藤原は思わず立ち止まった。君のせいではない、というシンプルながらも力強い肯定が、藤原の凝り固まった心を解き放つ。
メッセージの下には、動画リンクが添えられていた。
恐る恐る、URLをタップする。画面に映し出されたのは、光沢のあるスーツに身を包み、高級そうな椅子に深く腰掛けた男。紛れもない、あの退職代行で会社を去った元部下の姿だった。
背景には、都心の夜景がきらめいている。まるで、どこかの企業のCEOかのような出で立ちだ。
動画のタイトルは、『億り人への道〜最速FIREの秘訣〜』
思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
再生ボタンを押すと、かつて藤原が「もう少し大きな声を出して」と指導した、彼のか細い声が響いてきた。
「どうも、皆さん。今回は、たった半年で仮想通貨によって億の資産を築き、セミリタイアを達成した方法について、お話ししていきます」
耳を疑った。
仮想通貨。億。セミリタイア。半年。
藤原が夜遅くまで企画書を添削し、営業のノウハウを教え、社会人としての常識やマナーを叩き込もうと必死になっていた間に、彼はひっそりと別の場所で「億」を稼いでいたというのか。
動画の中の彼は、まだ撮影に対しての不慣れさは感じるものの、藤原の前では見せなかった饒舌な口調で語っていた。
藤原が知っていた彼は、会社に馴染もうとするもどこかぎこちなく、社会のルールに戸惑っていた「新人」だった。
だが、画面の中の彼は、まるで別人のようだった。自信に満ち溢れ、悠然としていて、その目には確かな光が宿っていた。
なるほど、そうか。社長の言う通り、彼は会社が必要じゃなくなっただけだ。
藤原が彼に教えようとしていた「社会の常識」や「ビジネスの作法」は、今の彼にとって、必要ではなくなったのだ。
愕然とした。同時に、心の底から安堵が広がっていくのを感じた。自分のせいではなかった。
自分が、指導者としてなにか取り返しのつかないことをしたからではない。軋む音がするほど張り詰めていた心が、ゆっくりと緩んでいく。
藤原は、深く、深く息を吐き出した。まるで、何年間も背負っていた重い荷物を下ろしたかのように、体が軽くなった気がした。
自己啓発本を買う度に自分をどれほど追い詰めていたか。でも、もういい。あの本は役立たずだったわけじゃない。 自分の失敗をほんの少しだけ許してやることができた。
いや、許す、というよりは彼の選択を知れたことで、自分の努力や悩みが間違いではなかったのだと肯定できたという感覚に近い。
ただ、見誤っていただけだ。
夜空の星が、いつもより明るく見える。
そうだ、今は目の前のことに集中しよう。
会社には、もう一人の新人が待っている。
童顔で肌のやたら綺麗な青年。桜井悠真。
帰りの電車に揺られながら、ふと窓に写った自分の口元を見ると、自然と笑みが浮かんでいた。
どうやら、会社へ行くのが心の底から楽しみになっているらしい。
今度こそ正しく見ることができるだろう。
翌朝、藤原は足取り軽く、いつもの倍は早く出社した。胸には、昨晩社長との会話で得た、奇妙な高揚感と、新しい部下への好奇心がある。
自分を責めていた昨日までの重苦しさはどこにもなく、代わりに新鮮な空気を吸い込んだようなすっきりとした感覚が残っていた。
自分の席に着くと、デスクにはもうきっちり整理された書類とPCが置かれている。
隣の席に目をやると、例の童顔青年——桜井悠真が、すでに完璧な姿勢でディスプレイに向かっていた。時計を見れば、定時までまだ30分以上ある。
「早いですね、桜井さん」
口から出た言葉は、自分でも驚くほど穏やかだった。
挨拶を受けて、桜井は口角を少しだけ上げるようにして微笑んだ。
その白い肌と大きな瞳は、朝の光を受けてかどこか中性的で、まるで漫画の主人公のようだ。
「おはようございます、藤原さん」
彼の声は、初日と同じく必要最低限の声量だった。
しかし、今の藤原は、そこに「頼りなさ」や「幼さ」だけを見ることはなかった。社長の言葉が、そしてあの元部下の動画が、他者に対してのフィルターを一枚剥がしてくれたのだ。
藤原がコーヒーを淹れに行くと、フロアのあちこちで、社員たちが顔を合わせながら雑談しているのが耳に入ってきた。
「そういえば、あの新人さん、一体いくつなんだろ?どう見ても大学生だよね」
「なんか今までずっと家に引きこもってたから肌が綺麗らしいよ」
「社長とお酒の話で盛り上がってたから20歳は超えてるだろうな」
みんな彼のことが気になっているんだなと知り、藤原は思わず口元が緩む。
自分の席に戻ると、噂の桜井はもうウェブミーティングをしながらキーボードを叩いていた。その指の動きは淀みがなく、ディスプレイに表示される文章は、尋常ではない速さで形を成していく。
藤原は、彼の隣に座り、終わるのを待ってからそっと声をかけた。
「桜井さん、今日は来月に開催される『体験型アートフェス』の企画進捗ミーティングに参加してもらいます」
藤原は会議資料をタブレットに映して差し出す。桜井は一瞬だけ視線を資料に移すと、すぐに藤原の目を見た。
「ありがとうございます。その資料は共有フォルダにあったので目を通しておきました」
「おお、もう見てたんですね。そしたら、何か気になることや気付いたことがあれば教えて下さい」
「ありがとうございます。実はいくつか気付いた点などがあって……」
桜井がそう言って、自分のノートPCを藤原の方に向けた。ディスプレイには、すでに整理されたプレゼンテーション資料と細部にわたる予算案、そして実現可能性まで考慮された複数の新規コンテンツ案が並んでいた。
しかも、それはイベントのターゲット層の趣味嗜好や、最新のSNSトレンドまで詳細に分析された、緻密な内容だった。
藤原は思わず、息を呑んだ。
「これ……いつの間に?」
昨日の業務説明では、この企画について軽く触れただけだ。しかも、彼は定時でさっさと帰っていたはずだ。いつ、これほどの情報収集と分析を済ませ、これだけの資料を仕上げたのか?
桜井は、至って真面目な顔で答えた。
「昨夜、帰宅してから、少しだけ。気になったので」
藤原は、もう一度、彼の顔をまじまじと見た。この顔の裏に、一体どれほどの経験と知恵が隠されているのだろう。彼の少しだけが、世間の普通とはあまりにもかけ離れたものであることを悟った。
その日一日、桜井は周囲の期待を、いや、藤原が抱いていた「新人」への常識を、何度も軽々と超えてみせた。
企画会議では我々が気づかなかった市場の盲点を鋭く指摘し、クライアントとのウェブミーティングでは、相手が求めるものを的確に言語化して、その場で解決策を提示した。
まるで、これまで数々の修羅場をくぐり抜けてきた、百戦錬磨のプロのようだ。
午後の休憩時間、コーヒーを淹れに席を立った藤原の耳に、数人の社員のひそひそ話が飛び込んできた。
「あの新人、マジですごくない? うちの社長、とんでもないダイヤの原石拾ってきたな」
「新卒であの落ち着きと分析力は尋常じゃない。将来、部長とか常務になってもおかしくないぞ」
「でも、電話相手の名前を聞き忘れちゃうし、社会経験豊富なのかよくわからない感じだよね」
藤原は、口元に笑みを浮かべたまま、そっとその場を離れた。
「本当に、ずっと桜井さんの話題で持ち切りだな……」
今日の桜井の活躍は、間違いなく社内に新しい波紋を広げただろう。 彼に対する想いは、これからもっと大きくなるに違いない。
藤原は、胸の中で静かに、だが確かな期待を抱いていた。
会社での日々は、もはや単なる仕事ではなく、予測不能な刺激に満ちた未知のイベントへと変わっていた。
あれから怒涛のような半年が過ぎ去った。桜井悠真が加わってからというもの、企画部はかつてない活気に満ちている。
『体験型アートフェス』は彼の斬新なアイデアと、データに基づいた緻密な戦略のおかげで、予想をはるかに上回る成功を収めた。
来場者からの満足度は高く、メディアでも連日大々的に取り上げられ、会社全体の評価を押し上げたのは間違いない。
藤原は、そんな彼の隣で、上司として、そして一人のビジネスパーソンとして日々刺激を受けていた。
そしてその夜。大成功を祝う打ち上げパーティーが開かれていた。 普段は控えめな桜井も、今日は少しだけ顔が赤い。
社長に絶え間なく注がれ続けている赤ワインのせいもあるだろうが、きっとイベントの成功が嬉しかったのだろう。
周囲の社員たちは、口々に「桜井くん、天才だよ!」「君がいなかったら、この成功はなかった!」と彼を称賛している。
藤原は、そんな光景を温かい目で見守っていた。自分の新人時代を思い返すと、恥ずかしくなるほどの鮮烈なデビューだ。
「その若さで本当にすごいね! どこでそんなスキルを身につけたの?」
一人の女性が屈託のない笑顔で悠真に問いかけた。その言葉には、一切の悪意も、偏見もない。ただ純粋な賞賛と、微かな好奇心だけが宿っている。
桜井はグラスを傾けてふと顔を上げた。
いつもより少し潤んだ瞳が、藤原、さらに社長の顔を順に追う。
彼の口元に、いつものポーカーフェイスとは違う、どこか企んでいるような、あるいは諦めのような不思議な笑みが浮かんだ。
「その若さ、ですか」
彼が呟いた瞬間、店内のざわめきが、ふと小さくなった気がした。
藤原の胸に、一抹の不安がよぎる。
「よく言われるんです」
どこか楽しげに、しかしはっきりと口にする桜井に、いつもとは違う雰囲気を感じる。
「童顔過ぎていつも誤解されるんです。皆さん僕のこと、いくつだと思ってました?」
場の空気が、一気に凝縮される。
誰もが、口々に「二十歳?」「せいぜい二十五でしょ!」「ピチピチの新卒!」といった言葉を投げかける。
藤原も内心、やはり二十代前半だろうと思っていた。
だが、彼の頭の中には、社長が語った「君と同じように、世間の『普通』に翻弄されてきた人間」という言葉が渦巻いていた。
彼は、相当酒が回っているのかおぼつかない足取りと赤らんだ顔でニヤリと笑う。
それは、まるでいたずらを成功させた子供のような、しかしどこか達観したような、複雑な笑みだった。
「実は僕、今年で、ヒック……、三十五歳になります」
——店内が静まり返る。
数秒の沈黙の後、爆発したような驚きの声が響き渡った。
「「「はあああああああ!?!?」」」
「うそでしょ!?」
「絶対おかしい! ありえないって!」
「妖怪かなにかじゃん!」
誰もが信じられないといった顔で、彼を凝視する。これまでの人生で無意識に貼り付けてきたレッテルが、一瞬で剥がれ落ちるような衝撃だった。
そんな大混乱の中で、藤原だけは、なんだかストンと腑に落ちたような感覚を覚えていた。
「ああ、なるほどな……」
これが、『無意識の偏見』というやつか、と藤原はストンと腑に落ちた。
彼の童顔からは想像もできない、あの落ち着きと、膨大な知識量。時折見せる達観したような視点。そして、何よりも、「社会常識のズレ」が、全て繋がった気がした。
経験値だ。
彼は、決して若さゆえの経験不足なのではなかった。一般的な会社員としての経験は確かに皆無かもしれない。
だが、その代わりに、自分達が想像もできないような世界で、誰もが驚くほどの圧倒的な密度で知識やスキル、そして人間観察力を磨き上げてきたのだ。
自分たちが好き勝手に「童顔だから年下だろう」というレッテルを貼り、無意識のうちに「まだ若いから」「教えてやらなければ」というフィルターを通して彼を見ていたこと。
そして、そのフィルターが、いかに彼の本質を見誤らせていたかを、今、藤原は痛感していた。だが、それはもう、苦い後悔ではなかった。
むしろ、「やはりそうだったか!」という納得と、新しい発見への興奮が入り混じった感覚だ。
桜井悠真が三十五歳。つまり、自分と同い年。いや、もしかしたら誕生日によっては自分より年上なのかもしれない。
そんなことを考えていると、なんだか妙におかしくなってきて、ふっと笑みがこぼれた。
そんな藤原の様子を、店の隅で静かに見つめる人物がいた。一条社長だ。
一条は、口元に不敵な笑みを浮かべたまま腕を組み、その光景を眺めている。
まるで、全てを見通し、意図した通りに駒を進めたチェスの名手のように。藤原は、自分たちが社長の掌の上で踊らされていたことを悟り、思わず苦笑した。
彼の狙いは、まさにこれだったのだ。
桜井悠真という「生きた教材」を投入し、社員たちの無意識の偏見を、強制的に、しかしユーモラスに打ち砕かせること。藤原もまた、その社長の掌で転がされていた一人だった。
「やられましたよ、社長」
藤原は心の中でそう呟いた。だが、その言葉には、もはや不満も後悔もない。ただ、清々しいほどの敗北感と、そして、新たな「気づき」を与えてくれた社長への深い感謝の念だけがあった。
彼の秘密が明かされたことで会場は一時騒然としたが、やがて彼が打ち明けた年齢は受け入れられ、今度は「三十五歳なのにその童顔は奇跡!」「一体どうやって若さを保ってるんですか!?」といった、また別の意味での好奇と驚きの声に変わっていった。
藤原は、喧騒の中心で、くしゃっとした笑顔を浮かべる桜井を見守っていた。大きく口を開けた口元から覗く二つの八重歯が、まるで小さな牙のようで可愛らしい。
「へぇ、あんなに楽しそうな顔で笑うんだな……」
明日からの仕事は、きっともっと面白くなる。
そう確信しながら、藤原はグラスに残ったビールを飲み干した。