第48話 覇王の力
その男が俺たちの前に現れた途端、空気が文字通り揺れた。蜃気楼のように、周囲がゆらゆらと揺れている。圧倒的な威圧感による錯覚か、空気すらその威圧感に耐えかねて震えざるを得ないのか。俺たちもその圧倒的な存在感に一言たりとも言葉を発することができなかった。
「さて、どれほどのものか、試してみようじゃないか」
そう言って、一瞬にしてそのロボットの大群の中へと飛び込んでいく。そして、ロボットの頭をわしづかみにしてねじ切る。
「……これでは木偶の寄せ集めではないか」
ねじ切った首を放り捨て、男は一言そうぼやく。
そうして、一方的な戦いが繰り広げられる。
「……まじかぁ、ここまでくると怖いね」
ベルがその光景を見てぼそりと呟く。先ほどまで俺たちが大苦戦していたロボットが一息で首を落とされ、四肢をもぎ取られ、拳で貫かれ、淡々と破壊され続けていた。
その光景に怖さを感じているベル。しかし、俺の感情には恐怖なんて微塵も存在していなかった。
「……かっこいいな」
「……え?人外になりたいの?」
その時、俺の頭の中は尊敬、そして、羨望の感情に支配されていた。こうなりたい。俺も圧倒的な力で敵を蹴散らして、人を助けられる、そんな存在になりたい、昔の夢を体現したような姿に俺はそんな感情を抱かざるを得なかった。
だが、そうなれないということも俺は理解してしまう。一挙一動からその男の絶対的自信が垣間見える。そんなものを俺は持っちゃいなかった。いつだって迷って、葛藤して、そんな人間が俺で、あの男にはなれないのだと理解する。
「……お前は何なんだ!?」
今まで黙り込んでいたベルの父親がそう言葉を発する。
「我は覇王!十全なる最強の人間だ」
「は、覇王?」
「世界最強の超能力者」
「世界最強、か」
あの圧倒的な力を見せられて疑うなんてことをできるはずがない。世界最強の超能力者、か。
「今はお前のとこのリーダーに奪われたがな!」
リーダー、フィーネはこの男を超えたというのか、その言葉に驚く。戦闘能力では今まで見てきた人間の中で最も強いと言っても過言ではない。正直、フィーネからこの男ほどの威圧感を感じたことはない。
「我は一人で最強ゆえに、座を奪われることになったが、戦闘能力だけなら我を超えるものは居ないだろう」
つまり、フィーネは奏者全体としてみて、最強となったが、この男はただ一人で最強だった。そう考えれば異常だと言い切ってしまえる。なんなら、奏者全体であったとしてもこの男に届くのか怪しいだろう。世界最強を決めるのは世界なのだから、単純に救った人数の数が奏者のほうが多かった、ゆえにフィーネが世界最強の座を得るに至ったという経緯なのだろう。
「これで終わりだな」
そうして覇王は最後のロボットの頭部を投げ捨てる。
「さて、お前が主犯ということでいいか?」
「……そんなことは」
「救難信号を出していたのはあの二人だということは確認できているが」
「っ!だったら」
ベルの父親は一目散にその場から逃げ出そうとして、そうして、洞窟の壁に衝突する。
「あ、魔法解いてなかった」
幻覚のかかったままな男はあらぬ方向へ駆け出し、そのまま転倒することになった。
「んー、スリープっと」
その魔法を唱えた瞬間、身悶えていた男はぴたりと静止し目を閉じる。
「寝てるんだよな?」
「一種の麻酔と思ったほうがいいかも」
「さて、ならばあとはお前たちをここから出せば救出は完了というわけか」
そうして、覇王は一つ拳を繰り出し、その瞬間空間がひび割れる。
「もう一人いるはずなんですが」
「ほう?救難信号はお前たちだけだったと記憶しているが」
祈は救難信号を組織に送ってないのか……。祈の場合送れなかったのか、それとも単純に送るという思考がないのか。あの少女の場合どっちもありうるから問題だ。
「なるほど。ではお前たちは先に出ておけ、我が」
「俺も行きます」
確かに、何もないかもしれないが、何かあった時、覇王だけに任せるというのは、俺の心が許さなかった。
「……この程度も倒せないというのに、か?」
そう言われてしまえば、返す言葉もない。俺が行っても何もできない可能性のほうが高いだろう。だが、それでも、ここで行かないという選択肢は、男として、そしてヒーローになりたかった人間として選べなかった。
「ほう、ならば好きにするといい」
覇王は俺の瞳をじっとのぞき込んだあと、そう言葉を口にする。何を考えているのかは分からないし、視線が俺に向けられただけであまりの威圧感に体が震えだしそうになる。しかし、ここで目をそらしては負けを認めることだと俺にだってわかる。
「せっかくの縁だ、一つアドバイスをしておくとすれば、少年、自分を曲げるな、一つの意志に従って行動し続ければ、自ずと力は応える」
「あ、私は戻るよ?」
ベルがそんな言葉を吐いて、覇王のこじ開けた空間の隙間へと入っていく。警戒心はないのかと思うが、俺たちを捕らえるとか、殺すとかそういう目的ならとっくに死んでいるのだし、警戒も何もないか。覇王の気分次第で俺たちの生死は決まる、そう言ってしまってもいいほど圧倒的な差だったのだ。
本当に味方でよかったと、思う限りだった。
「さあ、ではいくぞ」
そうして、覇王が先導して俺たちは洞窟の中を歩き始める。この先に待ち受ける絶望に向けて。




