第39話 催眠
「おー、遅かったねー」
俺より早くその場所にたどり着いた祈はその襲撃者らしき男を踏み台にして佇んでいた。そこは、踏みつけなくてもよくないですかね?いや、絶妙に浮いてんのか?それならそれで、男の上にいる必要はないだろうに。
「だいじょーぶ、下から見えるようなスカートじゃないから」
「そこは心配してない」
ラブコメじゃあるまいし、というかこの男が祈とのラブコメをやるってのはさすがに嫌だ。いや、祈相手じゃなければ好きにやってくれていいんだよ?
そんな謎の言い訳を内心呟きながら、その男に俺は近づく。
「見たところ、日本人じゃなさそうだが」
西洋系の顔に近いのではないだろうか。全く会話もしていない俺にはそのくらいの情報しかわからなかった。
「うん。言葉通じなかったしそうだと思うよー」
「じゃあ、俺たちじゃ情報を得るのは難しそうだな」
御多分に洩れず俺も祈もほとんど外国語なんてわからない。祈に至っては中学英語レベルが限界だろう。
「……なら私が話す」
「処分したりしない?」
突風が吹き付け、俺たちの目の前に箒にまたがったベルが現れる。黒くて巨大な三角帽子に箒にまたがって空を飛ぶ。まさにイメージ通りの魔女がそこにいた。西洋系の顔立ちだし、少なくとも純粋な日本人ってわけじゃないのだろう。それもあって、何の言語かは分からないがあの男と話せるということだろう。
「見てればいい」
「まあ、いくらでも対処はできるか」
そんな雑でいいのか?
「真っ向勝負じゃ、あなたには勝てないし」
「うん。君は見たところ、戦闘能力に優れてるってわけじゃなさそうだ」
「その通り。私に戦闘力は求めちゃいけない」
「そこで開き直っちゃうんだ……」
祈が若干引いている。珍しい光景だ。いや、そうでもないかも。
「まあ、変なことはしない」
「それならいいけど、一応私は離れるよー」
「うん。それで安心ならどうぞ」
そうして、ふわふわと祈はその場から離れて、瞬間、ベルからすさまじい何かを感じた。
「いわゆる魔力ってやつだよー。私の霊力とも妖力とも違う。あっちの文化で扱われるエネルギーだね」
「それは全部違うものなのか?」
「いやー、何とも言えない。しろ曰くもとは同じだけど、使用者が変換してる説が有力って」
「なるほど?」
よく分からないが、そういうものなんだな。
「そもそも、しろとしてはそういった何らかのエネルギーを超能力として変換してると思ってるらしい。つまり、私たちは何かを霊力、魔力とかに変換して超能力として出力するわけだから、面倒なことやってるよね」
「つまり、単純な超能力のほうが強いってことか?」
「うーん。あんまり変わらないと思うよ?体感だけど」
「だったら気にすることはないか」
「うん。ないね」
何も変わらない知識を得た俺なのだった。気を紛らわすようにベルのほうに視線を向ける。
「---」
何か、呪文を唱えた瞬間、その男の目が開き、そこから虚ろな目が現れた。
「んー、やっぱり、あの子催眠特化って感じだねー」
「魔女の中にも特化しているとかあるんだな」
「うん。うちの魔女は火力こそ正義!みたいな感じだからねー。私もそうだけど」
祈はそうでもない気がするが、まあそこで論争しても仕方がないのでスルーする。
虚ろな目の男は、ベルから繰り出される言葉すべてに返答を繰り返していた。
なんで、詳しく描写しないんだって?だってなんて言ってるか分からねえもん。何を聞き出してるのか、何と答えているのか、全くわからない。多分、英語じゃないんだろうなくらい。
「……うん。暇だー」
「俺も言うの我慢してたんだが!?」
「いや、だってさー、分かんないじゃん。あれも、催眠で何でも答える状態にしてから情報を引き出してるくらいしか分かんないしさー」
「そこは黙って待つとこだろ」
「私に黙ってだー?できるわけないでしょーに」
「それはできて欲しかったな」
いやー、その性格はこの現代社会を生きるの向いてないよ。
「沈黙は是とかいう風潮は私はぶち壊す」
「絶妙に意味が違う気がするが」
そんな、意味の分からないやり取りをしているうちに、ベルのほうも情報の引き出しが終わったようで、その男を寝かしつけてからこちらへ歩を進める。
「なにコントやってんの?聞こえてるよ?」
「はは、私にゃ言語分かんねーからさ」
「……はぁ、翻訳の術くらいできるでしょうに」
「あやや……」
その言葉に祈は黙り込む。いや、確かにありそうだな。思い浮かばなかったけど、そういう便利な術があってもおかしくない。
「十中八九、考えることを減らしたいんだろうけど」
「みゃー!ここまで私という人間を理解してる奴は初めてだ!」
「どっちかっていうと、難しい話を聞きたくないだけな気がしてきた」
祈はそういう人間だよな。そんな気はしてる。してたけど。
「じゃ、難しい話するから聞いてね」
「なんか、私に対して悪意持ってないかな?」
いやー、あれだけ脅して疑ってたらいい印象はないでしょうに。いや、性格的には疑ってるってよりその時の思い付きを質問してるだけかもしれないが。
「しらなーい」
そんなこんなで、ベルの難しいお話を始める。いや、そんなに難しい話じゃないけど。というか、割と単純な話だけど。




