第3話 陰陽師
「相変わらず、固ってぇな」
次々に襲い掛かる暴徒を殴り飛ばしながら俺はつぶやく。かれこれ、数十回は殴り飛ばしているだろうに、ほとんどダメージを負った様子もなく、ひっきりなしに押し寄せてくる。
「一人くらいは死んでてもおかしくねぇってのに」
祈に見られると面倒そうだからさっさと終わらせたかったんだが……。
「ふぇ?そっちにいんの?」
そうして時間切れが来たようで、陰陽師さんが帰ってくる。
「このとおり、やわな鍛え方はしちゃいねぇんでな」
「いや、鍛え方でどうにかなる話じゃないんだけど」
そう言って、考え込む祈。
「というか!そんなことより、なんで結界から出てんのさ!」
一瞬考えこんだが、すぐに突っ込みを入れてくる。
「そんな気にすんなっての。俺は無傷、OK?」
「Not OKだっての……。まあ、とりあえずはいいかぁ」
どっちなんだ?
「……というか、だいぶダメージ与えてんねぇ」
暴徒のほうを見ながら祈はつぶやく。
与えたつっても、全然すぐ起き上がってくるんだけどな。
「……ん?これもしかして」
祈はそう呟いて俺に視線を向ける。
「緋色君は見えちゃいなさそうだなぁ」
そして、彼女は腕を広げる。
「虚ろのものよ姿を示せ」
呪文のようなものをつぶやいて、暴徒らに向かって札を投げつける。
すると、一瞬空間が光で満たされて……。
「はぁ?」
そこには小さな緑色の生物がいた。
醜悪な顔に先ほどの姿からは想像もできないほど小柄な体躯。
よく、ファンタジーで見聞きするゴブリンと呼ばれる存在だろう。
実際の体があの形なら見た目通りに殴ってもダメージなんて与えようがないな。
「いやはや、相手の本当の形を分からないのによくあんなダメージ与えたもんだよ」
「……」
案外世界ってファンタジーなんだなぁ。
柄にもなくそんな感想を抱く。いや、目の前で人間が人間じゃないものに姿を変えたのだ。現実的な思考回路なんて吹き飛ぶわけで。
「むー、ぼーっとしてると危ないんだよ?」
俺がその景色に呆然としていると、祈がそんな声をかけながら俺の後ろに向かって札を投げつける。
「わ、悪い……」
一般人ならフリーズしてもおかしくない状況だし、謝るのも変だけど反射的に謝ってしまう。なんだか不服なのだけど。
「グギャ!」
そんな俺にゴブリンが襲い掛かってくる。
やけにあの暴徒しゃべらないなぁとは思っていたけど人間じゃなかったのだから当然か。いや、こんな鳴き声も発しちゃいなかったと思うけど……。
俺はそのゴブリンの頭に向かって蹴りを叩きこむ。
ゴキリと嫌な音がして、ゴブリンは崩れ落ちる。首の骨が折れたのだろう。
「うひゃ~えぐいなぁ」
祈はそんなことを言いながら、燃えるお札をゴブリンに投げつけ続ける。
それを受けたゴブリンは文字通りに炎上し、苦しみ悶えている。
「……いや、あんたのほうがえぐいだろ」
一撃で殺している俺と、死ぬまで焼き続ける祈どう考えても、後者のほうがえぐさは上だ。殺している時点で同じかもしれないが。
そして、命の尽きたゴブリンは光になって消え去る。ほんとに、俺らの知ってる生き物ではないんだな……。
それからしばらくして、ゴブリンは全滅させることができた。
「全く、呆れたもんだよ」
やれやれと言わんばかりに首を振りながら呟く祈。
「ま、俺は化け物なもんでな」
俺は皮肉るようにそんな言葉を返した。
「?……化け物?」
その言葉を聞いた祈は小首を傾げながら続ける。
「化け物ってのはねぇ、さっきみたいなやつを言うのよ。君みたいなのは」
祈はう~ん、そうだな~、などと呟きながら、その言葉を発する。
「そう!ヒーローでしょ!悪者をバッタバッタとなぎ倒す正義のヒーロー!」
「――っ!」
その言葉に俺は、動揺せざるを得なかった。
「ん?どした?」
そんな俺の様子を見てか彼女は心配そうに俺のほうを見つめる。
「……いや、何でもない」
俺は誤魔化すようにそんなことしか言えなかった。
「そう?……んじゃ!気を取り直しまして」
そう言って彼女は告げる。俺の運命が変わるその言葉を。
「私の相棒になってよ!」
「……相棒?」
「そう!正直私って肉弾戦苦手なの、だから、君と組めたらいいなって」
確かに、結界も札もゲームで考えれば後衛職の業だろう。とはいえ、俺ほどではないにせよ、身体能力も高い。そんな彼女で肉弾戦が苦手って……。陰陽師の世界怖いな。
「……少し考えてもいいか?」
俺には即答できずに、そんな回答をするしかなかった。
「おーけー、んじゃ、決まったらここに連絡して~」
そう言って彼女は、スマホを操作し某メッセージアプリのQRコードを提示する。流石の俺も、そのアプリくらいは入れていたので彼女を友達に追加する。
彼女のアイコンは一枚のお札。……いや、花の女子高生がそんなんじゃだめでしょうよ。アイコンだけなら、ひと昔前に流行った呪いのLINEのようである。
「じゃあ、私たちも帰りますか!」
「特に後処理とかはないのか?」
創作の中の現代版陰陽師は自分の存在を隠すため戦った後の処理をする、そんなイメージがあったのだが。
「ふぇっ!」
俺のその言葉を聞いた途端、彼女はびくりと震える。そして、ギギギと首をこちらに向け……。
「そんなことしたくありません!」
やっぱり、やらないといけないんだ。半泣き状態になっている彼女を見ながら、そんなことを思うのだった。
その後、なぜか俺も手伝わされ隠蔽が行われたのだった。この調子で今までどうやって来たんだろうか?