第27話 自己犠牲精神
俺も祈もたぶん少しおかしくなっていた。
「……狂った、か」
目の前に立ちふさがる男がそんなことを口にする。絶体絶命の状況で笑っている人間を見たらそんな感想を抱くのも当然だろう。俺が相手の立場だったとしてもそう思うだろう。
「さあ、こっからが本番だぜ?」
祈のその言葉を初めとして、俺は祈を背に乗せたまま駆け出す。俺はともかくとして、とても祈は動ける状態じゃない。あの男もかなりけがを負ってはいるが、祈ほどでもない。それでも、戦いたいというならそれを叶えるのが俺の役割だろう。
俺は自身の身体能力をフルに生かして、その男の目の前にまで距離を詰める。先ほどよりも圧倒的な速度で迫る俺に、その男の反応は遅れる。
「……これは少しまずいな」
一瞬にして男は結界を展開するが、俺はそれを腕の一振りで破壊する。つーか、さっきはこんなもの作ってなかったじゃねえか!本気じゃなかったのかよ!
「ほらほら!形勢逆転だよ!」
俺の上で調子のいいことを言っている祈。
「……お前は何もしてないだろう?」
それはそうだ。俺の上に乗ってヤジを飛ばしているだけになっている。とはいえ、あれだけボロボロになって喋れてるだけで驚きというのが正直なところなのだが。アドレナリン云々でどうにかなるレベルなのだろうか。
「えい!」
そんな声とともに祈は炎を男に向かって飛ばす。札はおそらくなくなったのだろう。
「……無駄だ」
その炎はあっさりと男が軽く腕を振るうだけで消滅する。
そして、俺はその男の懐に潜り込み爪を立てる。肉を切り裂くような感触があり、一瞬にして男は飛びのく。だらだらと血を流しながら、その男はこちらをにらみつける。
「とんだ隠し玉があったもんだな」
傷はかなり深いだろう。確かな手ごたえがあった。この状態であれば、俺の力はこの男に届く。いや、圧倒している。まさかここまでの力の差があるとは思わなかった。
だったら、早く男を仕留めて祈を……。
そう考えた時だった。その少女から言葉が紡がれる。
「ねえ、少しだけ、わがままなんだけどさ」
そう前置きして、
「私一人でやらせてくれない?」
「……大丈夫なのか?」
「うん。君なら私が本当に死にそうになったらどうにかできるでしょ?」
そんな言葉を紡ぐ。
「……分かった。危なければ問答無用で助けに入るぞ?」
「それでいいから」
明らかにおかしい判断だし、間違っている。もし俺が、祈が、正常な精神状態であればこんな提案だってしないし、認めなかった。
なぜ認めたのか、だってそれは、祈の顔が何か困ったような、困惑しているような、今にも泣き出してしまいそうな、そんな顔に見えたから。
ここで無理やり連れ帰ってしまえばきっと、取り返しのつかないことになる。そんな直感があったのだ。
〈side祈〉
訳が分からなかった。自分の行動が。思考が。だけど、このままだと駄目だと、そうささやく何かがあった。先ほどまであったはずの全能感はすっかり消え失せ、自虐的な思考ばかりが脳裏をよぎる。躁鬱ってこんな思考状態なのだろうか。先ほどまでも、今も、等しく正常ではない。そんなことはわかっている。
いや、だからこそ、このままじゃ駄目だと感じているのだろう。ここで逃げ出してしまったら、本当に戻れなくなる。一度ひび割れてしまった仮面をつけなおすことなんてできないのだから。
「……気でも狂ったか?」
男がその苛つくような言葉を口にする。
あー!五月蠅い!分かってるんだって!私がおかしいってことくらい!なんでこうも向こう見ずな行動をしているのか!
「イライラするなあ!?ああ、私ってそんなに純粋じゃないんだ」
気持ち悪いよな。天然を気取った人間なんて。
「はぁ……。もうどうでもいいんだ。私が何なのかって」
「だったら、もう死ね!」
そうだよね。あいつからしたら、さっさと私を殺してしまうことがば、未来に一矢報いる唯一の方法だもんね。
一瞬にして私の周囲に魔法陣が展開されていく。ははっ、こんなのどうしろってのさ。圧倒的な実力差に私は怖気づいてしまう。
「……ふざけてんのか?」
立ち尽くす私の周りの魔法陣が一瞬にして消滅する。……ああ、そっか私死ねないんだった。
「ねえ?私を殺してよ」
だから、私は彼にそう言葉を紡ぐ。もう疲れちゃったんだ。もう今更、自分を取り繕う気力もないよ。
「こんなになってまで、生きたくない。もう、わけわかんないんだ」
こんなことを言っている間にも周囲に魔法陣が現れてはかき消されていく。なんで、こんなに差があるんだろうね。私と彼には。だというのに、なんで私は彼を憎むこともできないんだろうね。
最初っから分かっていたんだ。私の破滅的思考回路。自己犠牲精神とでもいえばいいだろうか。上手く、表現できないや。だけど、本当に最初から私という人間は私という人間を大切にしようとは思えないんだ。だって、私にはたぶん、自分が存在していないんだと思うから。




