第2話 暴徒
「じゃあ、骸はあの席に座れ、緋色のとなりだな」
そんな空気を切り裂くように、教師はパンと手を叩き、席を指さす。その席は俺の隣だ。緋色というのは俺の苗字だ。
美少女と隣の席になるのは全高校生のあこがれと言ってもいいだろう。つまり、俺はそんなあこがれの対象となるようなポジションを確保したわけだが……。
まあ、うらやましがられるわけもなく。この少女はただの美少女ではなく残念美少女だということが広まった。創作の中でこそ魅力を感じるキャラだが、実際に自称陰陽師と関わり続けるのはしんどいだろう。
「なるほど、よろしくね!緋色君」
笑みを浮かべ俺にそんな声をかける祈。
「よろしく、陰陽師さん」
陰陽師、彼女はそう名乗った。
まあ、当然現代そんなものを信じているような人間がいるわけもないが、俺の場合は事情が違う。昨日、この少女に炎をまとった札を投げつけられたのだ。
つまるところ、彼女は本当に陰陽師ではあるのだろう。いや、人間が化け物になれるのだから、陰陽師くらい居てもおかしくはない、のか?
「どーした?」
俺が考え込んでいたからだろう、少女は俺の顔を覗き込む。
「いや、別に何もない」
考えても仕方ないことでもあるよな。
「そっか~。さっそく嫌われたのかと」
「あいさつされただけで嫌ったりしねえよ」
まあ、陰陽師と名乗っている以上避けられることは多いだろうが。それは嫌っているというより、関わらないでいよって感じだろう。
「ならば、よろしくってことで!」
そう言って祈は拳を俺に向かって突き出す。
そんな姿に、俺は思わず苦笑をこぼしつつ、その拳に俺も合わせるのだった。
「おお!初めてやってくれる人と出会った!」
表情を驚愕に染めて自分の手を見つめる彼女に俺は再度苦笑をこぼすのだった。
そうして、学校も終わり帰宅していた。
「キャー!」
突然に、そんな悲鳴が鳴り響く。
「またか……」
最近、この町では悲鳴が鳴ることが多い。
周りにいた人々は足早に立ち去っていく。そんな、彼らとは逆方向に俺は足を向ける。
そして、俺がその場にたどり着くと、一人の女性が数人の暴徒に囲まれ殴られようとしている。
「……この町だけ世紀末かって感じだよな」
おそらく犯罪率を調べたら暴行の件数はこの町がダントツで一位になるだろう。
「チッ……」
俺は、女性と暴徒の隙間に入り、振るわれる拳を受け止める。
「早く逃げろ」
俺は女性にそう声をかけるが、女性は腰が抜けたようでその場から動く様子がない。
「ダメか……」
まあ、今までも何度もあったことだ。俺は目の前の暴徒に回し蹴りを叩きこむ。
その一撃を受けた暴徒は家の塀まで飛び、激突する。
「てめぇら頑丈すぎんだろ」
数メートルは吹き飛んだだろうに、そいつはあっさりと起き上がる。俺が今まであってきた奴らも同様に、いくら吹き飛ばしても起き上がってくる。
どうしたもんか。追いかけて連続で攻撃を叩きこむのがベストなんだろうが、この女性をかばいながらだと厳しい。
結局、ここから離れずに迎撃を続けるしかねぇな。
「ば、化け物……」
女性はカタカタと震えながらそう呟く。俺と暴徒を見ながら。
やっぱ、人を数メートル蹴り飛ばすのは化け物に見えるよな……。
俺は生まれつきか、身体能力が高い。あの獣になった時ほどではないが、全力で跳べば屋根を渡るくらいはできる。
そんな身体能力を隠しきれるわけもなくて、化け物扱いなんてしょっちゅうされるもんだ。
今更、化け物と呼ばれようが特段気にするようなことでもない。
「わきゃー、人襲われてんじゃん」
そんな、空気を切り裂くような声が響いたと思えば、俺たちの前に光の壁が現れる。
「救世主参上!ってね」
そんなことを言いながら、姿を現す自称陰陽師。
「さあさあ、君たち逃げ……」
彼女がそう言葉にしようとした瞬間、俺の顔を見てフリーズする。
「……」
「……」
「なんかさ、こういう空気で知り合いに会うと気まずいね」
しみじみとした様子でそんなことをつぶやく祈。
俺はそんな感想を口に出せるお前のほうがすごいと思うよ。うん。
「まあ!今ここが危険なことには変わりないんだから、君もさっさと逃げるべきだよ?」
気を取り直した様子でそう俺たちに伝える祈。
「いや、そうは言ってもそこの女が腰抜かしてるみたいでな」
未だに蹲ったままの女性を指さしながら言う。
「ほーん。まあ?緋色君に任せるとセクハラな世ですからねぇ」
そこじゃないんだけど……。こんな状況でも訴えられるんかな?わかんねぇ。
「じゃあ、私が背負って逃がすから君はその壁の内側に居な?」
そう言って、祈は女性を背負って駆け出す。
陰陽師って身体能力も高いんだなぁ……。
軽々と女性を運んでいく彼女の姿を見ながらそんなことを思った。てっきり、あの炎を飛ばす系の超能力かと。
その姿が見えなくなってから、俺はつぶやく。
「さーてと、んじゃやりますか」
祈の生み出した壁を通り抜けて、俺は再度暴徒らへ近づくのだった。