第16話 少女
〈sideしろ〉
痛い痛い痛い。とにかく全身が痛む。視界が揺らぎ、まっすぐ歩けているのかすらも怪しい。
二人の後を追って、追いかけているが、その姿すらも捉えられなくなってきた。私が限界になる前になんとか、この元凶のもとにたどり着けるといいんだけど。
「あぐっ——」
四肢に鋭い痛みが走り、思わず膝をつく。
「……これ、まずい」
思わず、言葉をつぶやく。
ちらりと自分の体を見ると、ところどころから出血している。いくつか内出血もみられる。しかし、単独の能力だけでこんなことにはならないだろう。
おそらく、送り付けてきているのはただの痛みだけなのだろうが、その異常な痛みの大きさに体が錯覚して、出血を起こした、と考えるほうが無難だ。その証拠に、前を歩く二人は特にダメージを受けた様子はない。あの薬で遮断できているのだろう。
「猶更、急がなきゃ」
自分の体に鞭を打って、立ち上がる。骨が折れるのも時間の問題なじゃないだろうか。だけど、薬を飲むわけにはいかない。今、鎮痛作用のある薬はこの一錠しかない。
……よくよく考えれば、この屋敷の奥に入るにつれ痛みは増大している。二人は薬の効果もあって気づいていないだろうけど、間違いない。つまり、元凶となる存在は奥にいると考えるのが無難。
私だけでも先行するか?いや、それはそれで危険だろう。
「がんばるか」
大丈夫。骨を折るくらいなら何度もあった。多少の痛みなら耐えられる。なんとか、元凶が気づいてしまわない程度に二人を誘導することにしよう。そう考え、私たちは歩を進めていくのだった。
〈side未来〉
「ん?なるほど」
突然、祈がそんな声を上げる。
「どうした?」
俺がそう声をかけると、彼女は地面を指さす。
俺が目を向けると、そこには血痕が続いていた。
「血痕があるとなると、なんらかの理由で逃げ込んだ先がこの屋敷だったって可能性が高いかもね」
「もしくは、怪我をした誰かを連れ込んだ可能性も、か」
「確かに、それならかなり面倒だね」
「人質に取られる可能性も想定しておくべきだな」
「……あんまり言いたくはないんだけど、優先順位はつけておいてよ」
「当然、迷ってる暇もないだろうしな」
可能ならば助けるが、それで負けるなんてことになったらまずい。
「ならよし!とはいえ、一番大事なのは自分の意志だからね?そこを曲げちゃだめだよ」
「?」
「まあ、分からなくてもいいよ。ただ、後悔する選択はしないようにってこと」
「そうか……」
よく分からないままだが、分からなくてもいいならそこまで深く考えなくてもいいか。
「……じゃあ、これを追っていくとしますか」
「だな」
そう言って、俺たちはその血痕をたどる。時間が経っているにしてはやけに新鮮なその血を。
「……子供部屋?」
その血が続く先にあるのは一つのドア。そのドアにはやけに可愛らしい札がついており、その部屋が子供部屋であることを示していた。
「人の気配もある。ここに人がいると見て間違いなさそうだね」
「……それは間違いなさそうなんだが」
妙な違和感があった。この扉に。部屋の存在に。
「……入り口はどこかに穴でもあけないとここ以外になさそうだね」
「入る、しかないか」
「ま、そんな緊張なさんな。いつでも動ける態勢でいれば問題なしだよ」
そうして、祈がその扉に手をかけまわそうとする。
「……鍵?」
「子供部屋にか?」
「鍵穴だってあるし間違いなさそう。珍しいね」
「……この部屋って廊下に囲まれた中央にあったよな?」
「あー、確かにそう考えると間取りも変だね。何かの動画で見たよ」
「ほんとに実在するんだな、じゃなくて、そうだとすると、子供部屋ってより監禁部屋ってのが近くないか?」
「だとすると、あの血痕はその被害者のものってこと?」
「そこまではわからないが」
「そして、能力者はなぜここに立てこもってるのか」
「確かにな……」
「袋小路だし、もっといい場所はあるだろうに」
「まあどちらにせよ、入るしかないわけだが……」
「鍵を探す?しろを呼んでピッキングしてもらってもいいけど」
「確かに、ゲームだと定番だけどな」
俺は、そのドアに歩み寄ってドアノブに手をかける。
「え?いやいや、それは無茶だって」
そうして、思い切りドアノブをひねる。
バキリと何かが折れるような音がして、ゆっくりとドアは開く。
「……えぇ、金属へし折ったよ。っていうか折れるんだ」
ことりと落ちた金具を見ながら、祈がつぶやく。
「昔から力はあるんでな。で、犯人は」
そうして、俺たちはその部屋の中に目を向ける。
「……こないで」
その中にいたのは少女だった。身長ではしろやフィーネよりは少し上だろうか。とにかく、小さい少女がいた。
「だ、大丈夫?」
そうして、少女は血まみれで四肢はあらぬ方向に曲がっている。
「やだ、やめて、来ないで、痛いの嫌」
その少女は、そんなぼろぼろの体をカタカタと振るわせながら俺たちの方向を見つめる。その姿はとにかくおびえているようだった。
「だめ、話が通じてなさそう」
祈がそう呟いた。確かに、少女はおびえるばかりでこちらの声は届いていない様子だった。
「近づくしかない、ね」
「ああ」
あまり、刺激したくはないが、近づかなければ何もしようがない。
「大丈夫、大丈夫だからね」
そう言いながら、祈は少女のほうに歩を進める。
「こないで、いやー!」
少女が、そう叫んだ、瞬間、俺の全身から力が抜け落ちる。祈も同様で、俺たちは倒れこんでしまう。そうして、自分たちの体に目を向けると、全身から出血していることに気づく。おそらく、あの少女の超能力なのだろう。
そして、俺たちは倒れこんでしまって、立ち上がることもできそうにない。こんな状況になってもなお、痛みは全くないのだからあの薬はとんでもないものなのだろう。それを超えてくる能力も、だが。
しかし、どうしようもなくなった。這ってでも、この部屋から逃げればどうにかなるだろうか。そんなことを考えていた時だった。
「……隠れないほうがいい、ね」
そんな声が聞こえたと同時に、しろが姿を現す。
「しろはにげ……」
「だいじょぶ、これくらいなんともない」
そんなことを言っているが、彼女の全身は血まみれだ。手はだらんと垂れ下がっており、骨でも折れてしまっているのだろう。どう見ても満身創痍といった姿だ。明らかに俺たち以上に大きなダメージを負っている。
「たぶん、私が適任だから」
そう言って、しろはその原因ともいえる少女の方に足を向ける。