14話 予期せぬ再会
「貴女が精霊を連れ去ったんでしょう。私の精霊を返してよ」
「連れ去る……?」
精霊は世界中どこにでも存在している。地形や気候などの条件で多い少ない、属性の偏りなどはあるが、基本的には土地に根付くものだ。私と七属性の精霊のように、専属契約でもしていなければ土地を移動することはない。
「とぼけないで。貴女の周りから声がするもの!」
「ああ、集まってきてはいますね。でも連れ去ったというわけではなくて……私がここを離れれば皆、元に戻ると思いますよ」
属性竜の魔力は精霊にとっても欲しいものらしいので、竜がいれば精霊たちが寄ってくるのは当然である。しかしそれも一時的なものに過ぎない。
「彼女は精霊に好かれる体質ですからね。どこへ行ってもその土地の精霊が集まってきます」
「エルフが私たちより精霊に好かれている、ですって……!? しかも半分のくせに! 私たちは精霊の声が聞けるのよ? そんなウソに騙されないから。精霊を引き寄せる術があるんでしょう」
「ええと……ありません。体質です」
「はぐらかさないで。……どうしても言わないっていうなら、言いたくなるようにしてあげる」
私の手を掴んで離さないまま、人魚族の女性は詠唱を始めた。精霊の声が聞こえるだけあって、イントネーションはかなり正しく、聞き取りやすい。
『水を打ち出す、攻撃、して!』
それでも拙い言葉になるのはやはり、精霊の声を聞いていたとしても、彼らは普段むずかしい言葉を使わないからだろう。意思や感情のあるエネルギー体である精霊は、知能が高い訳ではない。せいぜい保育園や幼稚園に通い出した幼児くらいの言語レベルなのだ。
そんな精霊たちから言語を習得したのだから拙くて当然だ。私から精霊語を教わっているリュカの方が正しく魔法を使えるようになっている。
『いやだ』
「……え? ど、どうして……」
魔法を使うためには精霊の協力がいる。属性竜以外は、魔力を精霊に渡すことで魔法を行使してもらうからだ。彼らに拒絶されれば魔法は使えない。
女性は酷く狼狽えた様子で周囲を見回している。しかし自分を拒絶した精霊の姿は、彼女には見えないだろう。
「今、魔法を使わなかったか?」
「えっと……不発だったということは、精霊に拒絶されたんじゃないかな」
「……ああ、なるほどな」
エルフには精霊の声が聞こえない設定なので私も聞こえていないフリをしなくてはならない。リュカの疑問に遠回しに答えると彼は納得したように頷いた。
竜に向かって竜以外が攻撃魔法を使ってもほぼ無駄なのである。竜から自分の身を守るためや、武器の強化に使うならともかく、直接攻撃ならこうして断られるのはありえなくもない。
「そんな……精霊に、嫌われたの……?」
「いえ、そういう訳ではなく……たぶん、私の方が精霊に好かれているからで、私以外にだったら魔法は使えるはずです!」
精霊に嫌われて魔法が使えなくなるという事例は実際にある。それは精霊の声を聞き、魔法を得意とする人魚族としてはあまりにもショックだろうから、励ますために言ったつもりだった。……しかし彼女は非常に傷付いた顔をしてしまった。
「スイラ、それは人魚族のプライドを傷つけるだろう。……エルフが他種族に言えたことではないが、人魚族は精霊との親和性に関してどの種族よりも優位にあると思い込んでいる」
「そうなんだ……ごめんなさい、傷つけるつもりではなくて、その……」
女性に謝ったが時すでに遅し。プライドを傷つけられた彼女は瞳に涙をためて、私の腕を掴んだまま水の中に勢いよく潜ろうとした。……なお、掴んだままの私の腕がピクリとも動かなかったせいで、完全には潜れず手だけを水上にあげた状態になり、水中で何事かを叫んで生まれた泡がボコボコと音を立てている。
(かたくなに離さないなぁ……)
腕を離して逃げればいいのに、何故かそうしない。不満をぶつけるように何かを叫んでいた彼女は、すっきりしたのかしばらくすると水上に顔を出した。
「じゃあちょっと私たちの国に来て。精霊が減ると国の復興が進まなくて困るの」
「……国の復興?」
「そう。属性竜のせいよ、おかげであちこちめちゃくちゃなの。こんな時に精霊を連れていかれたら困るんだから」
私は思わずリュカを振り返った。彼も軽く眉間にしわを寄せている。
いつだったか、黒竜から水中都市を破壊したという自慢話を聞いたことを想いだした。それがこの女性の住む国だったのだろうか。
(私のせいじゃなくても責任を感じてしまう……)
リュカの故郷を黒竜が滅ぼしたのも、彼女の国を破壊したのも、結局は私へのアピールのための行いだったのだ。あらゆる場所に残る黒竜の痕跡が、私に重たくのしかかるように感じる。
「……それは、黒竜のしわざでしょうか」
「黒竜が来たのは五十年以上前の話よ。最近迷惑なのは――」
ふと、巨大な魔力の塊がとてつもない速度で近づいてくるのを感じて顔を上げた。背後でリュカが弓を構える音がする。
人魚族の女性もヒレのような耳をせわしなく動かしていた。私を掴む彼女の手は、力がこもって白くなっている。
そしてそれはすぐに姿を現した。暗い海の中から、派手な水しぶきを上げて長い首が持ち上がる。
(……水竜……)
それは数年ぶりに顔を合わせた同族。透き通る清らかな水のように美しい薄青の鱗に全身を包まれた体。水を司る属性竜。ヒトにとっては脅威でしかない存在の出現に、楽しい宴が行われていたはずの港に絶叫が響いた。
水竜登場。阿鼻叫喚の港。スイラもさすがに吃驚です。