11話 竜の友と……
「いくらS級冒険者のリュカとはいえ、白竜様の友だなどという戯言を……竜はヒトの言葉を解さない。だからこそ、私のように竜の言葉を理解する人間でなければ会話はできません」
「そちらこそ虚言でしょう。彼女はヒトの言葉を理解しています」
なるほど、この男は白竜と精霊語で話し、その言葉を翻訳して伝えている――という体で信者から金を巻き上げようとしていたらしい。
人々の前で「竜が喋った」などという驚き方をしたから、元から会話している設定はどこにいったのかと思っていた。
(それもそうだよね。竜がヒトの言葉を話す……なんて想像できるはずもないか)
他の同族たちを思い浮かべる。彼らの性格や性質を思えばヒトの言葉を理解しようなどと考えないはずだ。私はたまたま元が異世界人の魂の竜で、そして属性竜を怖がらずに接し、ある程度精霊語を操り、言葉を教えてくれる存在に出会ったから今がある。
大賢者ジルジファール。あの特異な老人との奇跡的な出会いを知らなければ想像もできないに違いない。
「竜がヒトの言葉を解すなど……証拠でもあるのでしょうか」
「証拠、ですか」
「ええ、証拠です。S級冒険者といえど、貴方の言葉だけで信じることはできません」
白竜にヒトの言葉など分からないと思っているからこその発言の数々。もういいだろう。リュカも私へと視線を移し、一つ頷いた。証拠は充分なので私が話してもいい、という合図だろう。
事前に決めていた設定に沿うように話してみよう。何か間違えればリュカが上手くフォローしてくれるはずだ。
「こうして私が話せば証拠になるでしょう」
「……はい?」
代弁者を名乗る男は引きつった笑顔でこちらを見上げた。数多の視線が突き刺さるが、いつかのような憎悪を含む目は一切ない。注目されるのは得意ではないけれど、リュカも傍にいてくれるし、私は落ち着いて話ができそうだった。
「ヒトが大賢者ジルジファールと呼ぶ者から言葉を教わりました。私はたしかにヒトの言葉を理解していますし、リュカは私の唯一の友です。……しかし貴方とはこれが初めての会話になりますね」
「へ、は……へ……」
「私はヒトが好きです。けれど、私の名を使って誰かから搾取することは許しません」
代弁者の男と、その周囲の教会関係者らしき数人をじっと見下ろす。これだけ釘を刺しておけばもう私の名前で金もうけをしようなんて考えないだろう。
その証拠に彼らの顔色はまるで彼らの纏うローブと同化しているかのように白く染まっている。心底怯え切った目をしているのはなんだか少し申し訳ないが、それは詐欺を働こうとした彼らが受けるべき罰だと思い込むことにした。
一方、ひれ伏していたはずの信者と思しき集団からは非常に熱いまなざしを送られている。……こっちはこっちで落ち着かないし、なんだか恥ずかしい。
「今後、私の言葉はリュカに届けてもらうよう、お願いしても?」
「ええ、もちろん」
「ではよろしくお願いします。……私の代弁者は、冒険者のリュカのみ。くれぐれもお気をつけを」
これだけ言っておけばもう他の誰かの言葉を信じる者はいないはずだ。リュカには苦労をかけてしまうこともあるだろうけれど、彼はそれを受け入れてくれているし、私も隣で一生懸命対応する。
属性竜としてヒトと仲良くなる。ヒトに恐れられ恨まれるのではなく、好かれる存在になるための歩みは着実に進んでいるのだ。それを、誰かに邪魔されたくない。
「またこの場には訪れます。グルナ草は、治療の必要な方に届くようにしてくださいね」
「はい! 白竜さま!」
私の言葉に応えたのは怯え切った司祭たちではなく、明るい顔で見上げてくる信者の集団の一人だ。来た時のようにリュカを手の中に収めて飛び立つと、彼らは再び祈りのポーズで私を見送ってくれた。
信仰対象になるのは私の望むところではないけれど、好意的に捉えられているのは間違いない。ヒトからすれば白竜はまだ遠い存在なだけだ。もっと時間を掛ければ、友好的な――隣人のような関係になれる気がする。それまでは努力あるのみだ。
(多分上手くいったよね。リュカにも訊いてみなきゃ)
飛んでいる間はリュカと話ができないため、元々旅をしていた地域まで急いで戻ってから地上に降り、ヒトの姿に変化したら今回の件について話を切り出した。手ごたえはあったが、やはり間違いがないか不安にはなる。……もうヒトに嫌われたくないからね。
「あんな感じでよかったかな?」
「ああ、いいと思う。……少なくとも教義における信用を無くした聖竜教は、まともに活動できなくなったはずだ」
白竜の代弁者として祭り上げられる教会の司祭が、信者の目の前で「白竜は喋らない」と言い放ち、直後に白竜がヒトの言葉で話し始めたのだ。信用も何もない。
それにヒトの言葉を話せることも、その理由も明かした。今後はジルジファールが白竜を退けた日を記念した「退竜祭」と呼ばれる催しも変わるかもしれない。……私にとっては大事な出会いなのだ。誤解されたままだと悲しいし。
「しばらくは人の多い地域を避けよう。普段はあまり近寄られないが……今回は、さすがに興味を持たれそうだ」
「リュカにヒトが殺到しそうだもんね……ごめんね」
「いや、いい。私は君がヒトと共に歩む道を応援すると決めているからな」
穏やかに笑うリュカの顔を見ればその言葉が心からのものだと分かる。それは彼がとても親切なヒトだからなのか、それとも私を想うからそこまでしてくれるのか。そんなことを思ってしまってなんだか落ち着かなくなった。
「今度こそ海を目指そう。辺境であれば噂の入りは遅いからな、まだゆっくり楽しめるだろう」
「……うん! 海、楽しみだな! 海と言えば……クラーケンってどんな味かなぁ」
巨大イカの魔物の味を想像することで妙な空気を追い払った。リュカは楽しそうに笑って「色々な調理法がある」と教えてくれた。
イカ焼きからイカの煮つけにイカの揚げ物――そんな様々な料理法を耳にしているうちに私の頭の中はイカ料理に埋め尽くされるのであった。
――一方、竜の街ガルブでは新しい噂がささやかれるようになった。
「リュカは白竜の親友らしいな。……でも、リュカの相棒の、あのめちゃめちゃ可愛いのにめちゃめちゃ怪力の嬢ちゃん……スイラだったか? あの子はどうしたんだ?」
「それがな、白竜はリュカしか信用してないと言い放ったんだ。それでな……前にあの二人が氷雪竜を討伐するパーティーにいただろ。あの時はどうやらスイラが一人で氷雪竜をやったらしい」
「うそだろ……」
「ほんとだ、カルロ達が言ってた。だからスイラは竜殺しとして属性竜にも恐れられてるんだって聞いたぞ」
「竜の親友と竜殺しのパーティー……か……すげぇな……」
噂とは無責任なものである。竜なのに竜殺しなどという二つ名をつけられたことを知らない白竜は、海辺の美味にばかり気を取られ、この噂を知るのは随分先のことだ。
竜殺しの称号を手に入れた。竜にとっては不名誉なのでは…。
今後ジルジファールの伝説も変わっていきますね。
次は信者視点とか入れたい気もする。
書き下ろしが終わらないので息抜きです。コメディ成分がほしくなってしまって…。




