10話 白竜の代弁者
「またいつでも遊びに来てくれ! 鬼人は二人を歓迎する!」
カガリの元気な声に見送られて、私とリュカは鬼人の集落をあとにした。いつもの通りの二人きりの道中なのに何故か少し落ち着かない。
(二人きりになると意識しそうになっちゃうな……何も変わらないはずなのに)
リュカが私のことを異性として好いていたなんて、いままでずっと知らなかった。ただリュカの気持ちを知っただけで、私の気持ちが変わる訳でもないし、リュカも私に今以上の関係を求めている訳ではない。だから何も変わらないはず、なのだが。
「スイラ、一度街に行きたいと思うんだが」
「あ、うん。もちろん。……何しに行くの?」
「情報を集めに行くんだ」
ここ最近は地下であるドワーフの国で過ごしたり、山奥で弓の扱いに慣れようと特訓していたり、その山奥の鬼人の集落にいたりでヒトの多い街からは離れていた。
どこかで強力な魔物が発生したとか、災害があったとか、そういう話は街に行かなければ分からない。S級の冒険者であるリュカには魔物災害があれば駆けつける責任があり、彼自身もまた困っているヒトを放っておけない性質なので、しばらく人里離れた後はこうして確認にいくらしい。
「そっか。……何も起きてないといいな」
思い浮かんだのは黒い竜の姿。彼と争って以降、その消息は知れない。私自身が他の竜と関わっていないから竜同士の情報が入らないのもあるし、ヒトの世界でも光闇決戦と呼ばれるあの事件以降属性竜の目撃情報はないのだ。
黒竜が何を考えているのか、私には理解できない。何かとんでもないことを引き起こそうと企んでいないかちょっと心配だった。
山を下りてまずは小さな村に辿り着く。さすがに田舎の小さな村では大した話は聞けないと思っていたが、ちょうど旅の商人がやってきていたので、話を聞くことができた。
「別段大きな災害は起きてないな。どこも平和なもんだ」
「そうですか、それはよかった」
「属性竜を見かけたって話も聞かないが……ああでも、白竜の代弁者だっていう聖者様が現れて、竜の街で白竜の言葉を聞かせてくれるらしいぜ」
私とリュカはその話を聞いて顔を見合わせた。商人からその噂について詳しく聞かせてもらい、いくつか食料を買ってから別れる。
どうやら白竜信仰を謳っている「聖竜教」が勝手なことをし始めたようだった。私が何も関わっていないのだから、広められている「白竜の言葉」がどんなものか分からないし、知らないところで言動を作り上げられるのは困る。
「君の本意に関係なく、捻じ曲げられる可能性が高いな。止めた方が良さそうだ」
「そうだよね……」
白竜を信仰するのは勝手にすればいい。しかし私の意志を代弁すると言うなら、彼らの言葉が私の言葉になりかねない。ようやく少しだけヒトとの関係が改善したのに、ヒトの欲望のために作られた白竜の言葉でまた憎まれるようになったら堪らない。
「私の代弁ができるのってリュカくらいなのに……」
白竜として会話したことがあるヒトはリュカかジジくらいのものだ。ジジはすでにこの世を去っているし、私の考えをよく知っているのはもうリュカしかいない。
「……そうだな。むしろ、そうしてしまった方がいいかもしれない」
「……え?」
「白竜の君と私が姿を見せ、君が私を通すように言えば誰も白竜の言葉だと騙れなくなる。私が君の意志にそぐわないことを否定できるようになるからな」
リュカは知名度も信頼もある冒険者だ。しかも寿命はないに等しいエルフである。長い年月を代替わりすることなく存在し続けることができるので確かに適任かもしれない。これから先も私は彼と共に冒険を続けるつもりなので、その点においてもリュカが私の代弁者となってくれる方が都合がいいだろう。
「じゃあ私が竜の姿でリュカを連れて人前に出ればいいんだね」
「冒険者スイラの姿がないことを説明する理由が必要だがな」
「それは……あ、そうだ。白竜はリュカしか信用してないってことにしよう。スイラがいたら白竜が近づいてこないから離れてもらってる、とか」
「君が良いならそれでいこう。……問題が大きくなる前に行動した方がいいな」
私とリュカはすぐに村を出て人里から離れ、そして竜の姿で彼を連れて飛び立った。向かうのは竜の街、ガルブである。
リュカを手の中にそっと納めて飛行し、人前で彼を降ろせば一目で私たちの親しさが伝わる。ただ街に直接降り立つ訳にはいかないので、街の近くに降りる予定だった。
(んー? なんか白い集団がいる……)
街から少し離れた場所に、白い衣の集団が集まっているのが見える。それはどうやら私の足跡に涙が溜まってできた、竜の池の跡地の付近のようだ。
「リュカ、あそこでどう? あの白い人が集まってる場所」
トン、と手の内を一回叩かれる。この状態での会話は困難なので、事前に決めていた合図だ。一回なら肯定、二回なら否定。三回以上連続で要相談である。
私はまず白い集団を含む近辺に向かって光属性の竜の息吹を使い、強化魔法と併せて彼らが風圧で怪我をしないように配慮した。そうしてゆっくりと池のほとりに降り立つ。……周囲の木がなぎ倒されるのはもう致し方ない。
「は、白竜さまだ……!!」
白い集団のほとんどは私に向かってひれ伏した。土下座のような姿で指を組んだ手だけを頭の上に掲げている。……こういう格好で服従してほしい訳ではないので、かなり戸惑った。
一部離れた場所にいる数人だけが立ち尽くして私を見ている。衣がかなり上等で、白い生地に金の刺繍が施されたような豪華な衣装である。司祭服っぽいので、聖竜教会の上層部というか、偉い人なのだろう。
「みなさん、御覧になりましたか。白竜様のお言葉は先ほどお伝えしたとおり。白竜様の慈悲が欲しければ、教会へと寄付をすることが最も重要です。寄付金の額が大きければ大きいほど、白竜様のお力を必要としているということ。……こちらのグルナ草も、一定額の布施を納めた者でなければ受け取る資格はありません」
立ったままだった一人が大きな声で放った言葉に首を傾げた。グルナ草は確かに価値のある薬草だが、教会に布施を納めなければ採集できないというのは意味が分からない。これは教会のものではないし、誰のものでもない。強いていうなら私のものである。
「おかしなことをおっしゃいますね。……その布施がどうして白竜のためになると?」
「竜がしゃべ……!?」
大声を出していた男が驚いてこちらを見た。しかし彼は私の顔を見た後、すぐにふっと笑って首を振る。
「竜がヒトの言葉を喋るはずはない。……何者だ、出てこい」
ところがどっこい喋れるんだけどね。と思いつつボロが出てもいけないので、ひとまず先に口を開いたリュカに任せることにした。私はそっと包んでいた手を開き、彼が乗っている方の手をそっと喋っている男の方に差し出す。
男は私の動きにぎょっとして一歩下がったが、私の手から降りた人物を見て目を見開いた。
「S級冒険者、リュカ……!」
「白竜の代弁なら私がしましょう。彼女はヒトから財宝が欲しいなんて考えてはいませんよ。友である私が断言します」
ざわり。白衣の集団からざわめきが広がる。私はその場にそっと佇んで、彼らの成り行きを見守ることにした。
いろんな伝説が始まっちゃうなぁ。
書き下ろし依頼はまだ終わってないんですけど息抜きに…。