8話 予想外の告白
「カガリさん、私は……」
「あ、待ってくれ。返事をする前に私の話を聞いてほしいんだ。……私たちは人種が違うから、障害が多いのは分かり切っているし……でも、だからこそまず私の気持ちを聞いてくれ」
両手を突き出してリュカの言葉を止めたカガリは、大きな体で大きく深呼吸をした。鬼人とエルフは見た目だけでも全く違う。彼女はリュカの頭一つ分以上背が高いのだ。向かい合っているとその体格の差がよくわかる。
「きっと貴殿は突然の告白に驚いているし、不思議に思うかもしれないが……鬼人は強い者が美しいというか……強さは最も強く憧れる部分なんだ」
ドワーフが酒の強い相手を好むように、鬼人は武力に憧れるのだろう。森林竜を一撃で屠るリュカの矢を見て、しかもそれが己の命の危機を救う一矢であったなら、一目ぼれに近い状態になっても仕方がないのかもしれない。……まあ、リュカのいいところは強いところだけではないのだが。
「私たちはお互いを知らない。けれどこの短い時でも、貴殿の誠実さや優しさを感じている。もっと貴殿を好きになれる、という予感すらする。……私たちはあまりにも姿が違うが、それでも。私はリュカを、とても……格好いいと思うんだ」
カガリの言葉通りリュカは誠実で優しい。そして何より度量が広いと思う。私の最大の隠し事も許して受け入れてくれた。彼が憎む黒竜と同じ種族の私と、変わらぬ距離で接して、仲間だと言ってくれる。
私はリュカが受け入れてくれたからヒトとして冒険者ができているのだ。彼がいなくなったら、ソロで活動できる気は――。
(……リュカが……いつか、エルフの集落に戻れるようになったり……誰かと結婚してどこかに定住するようになったら……私は、どうしよう)
ふと気づいた。私はリュカのいない未来を考えられないでいる。ずっとこのまま彼と二人で旅を続けるものだと思っていた。私たちには寿命らしい寿命は存在しないから、この旅が終わるはずなどないと思いこんでいたけれど、旅が終わる理由は体の衰えや死だけではないと気付く。
(リュカだってずっと私と一緒に冒険を続けたいって言ってくれてるけど……でも……変わるかもしれない)
恋とはままならないものだ。一度落ちたら自分の意志で断ち切るのは難しい。カガリだって、人種が違うと分かっていてもリュカに恋をしたからこうして告白しているのである。リュカだって寿命差を理由に他人種を遠ざけているけれど、いつかは恋に落ちてそのヒトと暮らしたいと望むかもしれない。
私はそうなったら彼の気持ちを尊重したい。……一緒に旅を続けてほしいなんて、思わないようにしないといけない。それはわがままというものだ。
(……私はこれからもずっとリュカと旅を続けたい。他の誰かと暮らしたいって言われたら悲しいと思う……でもその時はちゃんと笑顔で別れられるようにしないとね。いつも、リュカは私の意志を尊重してくれたから)
でもきっと、今はまだその時ではない。彼もまだ、私と旅を続ける気なのだろう。リュカは申し訳なさそうに目を閉じて、ゆるりと首を振った。
「やはり……大きい女は嫌いか……?」
「いえ……そうではありません。私よりずっと背が高くても、体が大きくても構わないと思っています」
「では、やはり種族の差か?」
「種族の差も大したことじゃありません。恋に種族は関係ありませんから」
そういえばリュカの異性に対する考え方を聞いたのは初めてかもしれない。エルフ自体はとても排他的で他人種との恋愛なんて許さない、というような雰囲気だったのだけれど、そのエルフから追放されているリュカにとってはそうでもないのだろうか。
(うーん、でも恋愛観が違うから難しい、みたいなことを言っていた気がする……エルフの恋は穏やかだから)
他人種のように肉体的欲求を覚えることは少ないらしいのだ。だからやはり、恋をしても他種族と関係を築き続けるのは難しいのかもしれない。
「カガリさんはとても素敵な女性かと」
「……では……」
「しかし私にはすでに心に決めているヒトがいます。彼女と一生共にありたい。他の誰かと歩むことは考えられないのです」
その言葉を聞いて私は呼吸も忘れて固まった。頭の中で、今までのリュカの言葉が巡っていく。
(聞き間違い……いや……でも……え? いやいや、そんなまさか……)
エルフの恋は穏やかだ。表面上ではきっと、他人種からは分かりにくいだろう。――だからリュカが恋をしていても、分かりにくいかもしれない。
仲間として好きだから、他の誰かではなく私とずっと一緒に歩んでくれるのだと思っていた。――彼の「好き」は、エルフどころかヒトですらない私に向けられる好意は、親愛でしかないはずだと。けれど彼にとって種族の違いは大したことではないらしい。
今、リュカは一緒に歩みたい相手が、好きな相手がいるからという理由でカガリの告白を断っている。――彼の性格を知っているから、こんな場面で嘘を吐いて誤魔化すことはしないと思う。
(つまり……リュカは私のことが……でも、リュカは竜が嫌いで……ええ……?)
私はとても混乱していた。ヒトの告白の現場をのぞき見なんてするからこんなことになるのだ。ひとまず冷静になるためにも一度この場を離れたい。
そう思って一歩引いた。小枝を踏んで二人に気づかれる、という定番のオチならまだよかっただろう。しかし動揺していた私は、いつかのように魔力の操作を誤って地面を踏みぬいた。……あまりにも恥ずかしくてその場にしゃがみ込む。感情のブレで魔力操作を誤るのはこれで二度目だ。穴があったら入りたい。いや、むしろ穴は今あけたばかりだが。
「!? なんだ!?」
「っ……スイラ……?」
ドンッ、と大きな音を立てて軽く地面が揺れたのだから当然二人も音の方角を見て、私に気づく。カガリの方は何が起きたか分からないだろうが、リュカは私が何をやらかしたのかしっかり理解しているだろう。……とても居た堪れない。
「……どうやら軽い地揺れが起きたようです。スイラ、大丈夫か? 亀裂に足が挟まったのか?」
「う、うん。大丈夫。ここの地面、危ないから直しておくね……?」
なんとなくリュカの顔を見られない。盗み聞きしてしまった罪悪感と、意図せず彼の気持ちを聞いてしまった戸惑いと、その他もろもろの感情で心と思考に整理がつかないのである。
(……私の勘違い……は、ないと思うんだけど……あとでちゃんとリュカに聞いてみよう)
ひとまず精霊に頼んでへこんだ地面は綺麗にならしておいた。私が立ち上がると、カガリもなんだかばつの悪そうな顔で私を見ている。
「その、聞いていただろうか」
「はい……ごめんなさい」
「いや、こちらこそ。……貴女からすれば相棒を奪うような提案に聞こえるだろうし、怒るのも当然だと思う。けれど私はどうしても気持ちを伝えたかった。……おかげで気が済んだ。可能性がない、と分かったなら執着はしない」
カガリの表情には諦めが見て取れた。そして彼女の目は私をうらやましそうにも見ていて、その意味をなんとなく理解できてしまう。……カガリも私と同じ結論に至ったようだ。
地揺れの音に驚いた数人の鬼人が宴からこちらにやってきたが、カガリが「問題ない、ただの地揺れだ」と説明し彼らを連れて宴へ戻っていく。その際、一度振り返った彼女が片目を閉じてウインクして見せたのが非常に愛らしくて魅力的だった。……二人でゆっくり話をしてこいという意味だろうか。
ここでは私はようやくリュカの顔を見た。彼も少し困ったような表情で私を見ていて、数秒の間無言で見つめ合う。
「あの……まだ、混乱してるんだけど……色々訊いていい?」
「なんでも答えよう」
「……じゃあ、まず……その、リュカって……私のこと、どういう意味で好き?」
まずこれだ。この答えを知らなければ、私の思考は混乱したまま前に進まない。勘違いだったらそれまで、ただ今まで通りに戻る。でもそうでなかったら、私は考えを改める必要があるのかもしれない。
リュカは小さく息を吸って、吐いた。自分を落ち着けるかのように。そうして翠玉色の瞳をほんのりと細めて、極めて大事な宝物でも前にしたような目で私を見下ろす。
「君を仲間として大事に思うと同時に、異性として愛している。生涯の伴侶を望めるとするなら君がいい」
それは勘違いのしようもない、明確な愛の告白だった。……リュカが私のことを好きだなんて、予想外すぎるよ。
予想外だったのは君だけだよ
地震の関係でなかなか執筆時間がとれず更新が遅くなりました。
色々やらなくてはいけないので更新が遅くなるかもしれませんがご容赦を。