7話 鬼人の宴
(でもリュカは寿命の違う種族と恋愛する気はないからなぁ……助けてくれたヒトにときめいちゃうのは、分かるけど)
鬼人の彼女は死を覚悟した瞬間、一撃の下に屠られた敵を見て、そしてその一撃を放ったであろうリュカにすっかり見入っている。
そういえば敵は何だったのか、と思ったところで背後からがさりと音がした。振り返るとそこには巨大な口があったような気がしたのだけれど、次の瞬間には辺りが真っ暗で何も見えなくなった。しかもなにやらねっとりとしていて生臭く、かなり不快である。
壁の奥から女性の悲鳴のような声が聞こえて、リュカが私の名前を呼んでいるのも聞こえた。そしてようやく私は、何かにぱくりとくわえられているらしいことに気づく。
(一生懸命噛み切ろうとしてる? ……あ、何か砕けた音が……歯かな?)
見た目はヒトだがこれは元の巨大な竜の体が圧縮されたものなので、密度や強度が尋常ではない。顎の力の強い生物が思いっきり噛みついたら、歯の方が負けてしまうのは当然である。
咆哮をあげながら私を噛んでいた生物が離れ、視界が明るくなった。今度こそ背後からやってきていた姿を見たのだけれど――。
「ティラノサウルス……?」
頭が巨大で、二本足で立ち、前足が小さい。その姿はティラノサウルスに似ている。全身が緑色なので、子供の描く恐竜のイメージに近い。……いや、その姿はしっかり凶悪な顔の恐竜なのだけれど。
「てぃら……?」
「あ、なんでもない。下位竜かな。私を噛んだから歯が折れちゃったみたいだね」
その恐竜のような魔物は私を敵意満々の目で睨んでいる。よくもやったな、とでも思っているのだろうか。逃げ出さないあたり恐怖心よりも敵対心の方が強い魔物なのかもしれない。
しかしこの、ぶつかってきておいて「骨が折れた! 弁償しろ!」と言う当たり屋のような態度はどうなのだろう。勝手に噛んで勝手に歯を折っただけなのに、私に敵意を向けるのはお門違いではなかろうか。
「森林竜だな。……群れで行動しているはずだ、来るぞ」
「うん、わかった。……あれ、あのヒトは?」
そういえば鬼人の女性が静かだな、と思って確認すると彼女は気絶しているようで地面に伸びていた。目の前で私が飲まれたのがショックだったのかもしれない。
彼女の無事をしっかり確認する前に、森の奥から数体の森林竜が現れる。こちらをさくっと片付けてから彼女の容態を確認した方がよさそうだ。……というわけでさくっと片付けた。
「……うん、楽勝だったね」
「そうだな。……本当に全く苦労しないな」
下位竜にも様々な種類がある。比較的小型のものは群れで行動することが多く、氷雪竜のような大型種と同等とは言えないがそれなりに頑丈で力が強い。そんなものが同時に複数体襲ってくるのだから、討伐の難易度で言えば同じくらいの危険があるはずなのだ。
属性竜である私にその危険が関係ないのはいわずもがな、白竜の弓を手に入れたリュカにも関係なくなってしまった。何せ一矢で一体を屠ることができてしまう。
(それこそ苦戦するのは属性竜相手くらいなんじゃないかなぁ……戦いたくないから、そんな未来はないと思いたい)
同族とは合わないが、言葉を交わせる相手の命を奪いたいとは思わない。……まあ、言葉でわかり合うこともできそうにないのだけど、できるだけ穏便にすませたいのである。だから私は対話ではなく、彼からは離れることを選択したのだ。
「えーとさっきのヒトは……」
「君に嚙みついた森林竜の牙が折れて彼女に飛んでいった。それで頭を弾かれて、地面にぶつけたようなんだが……」
それはなかなかの重傷ではないのか。心配しながら鬼人の女性の顔を覗き込む。呼吸はしているが額に血が滲んでおり、失神していた。脳震盪を起こしているかもしれない。
このまま血まみれの現場に置いておくわけにもいかないし、かといって頭にダメージを負っているヒトを動かすのもよくないだろう。
『このヒトの傷ついた部分を全部治してもらえますか?』
『いいよ』
治癒魔法を使ったのでもし見えない部分に傷があっても治ったはずだ。しばらくすれば目を覚ますだろう。目が覚めるまで待ってもいいが、やはりここは血なまぐさい。私も返り血を浴びているし、一度水浴びがしたいところだ。
「彼女を連れて一度テントまで戻りたいところだが……」
「そうだね。……でもこの人大きいから……あ、そうだ」
リュカが背負うにしては大きくて運びづらいし、私は力の加減が難しい。けれど私にはもう一つ手があるのだ。
いつも体の周囲にまとわせている魔力の壁。これは防壁のように使っているだけで、形自体は自由自在である。ジジ曰く原始の魔法で竜以外は使わないものだから、人前で使えるものじゃない。けれどいまこの場で目撃しているのはリュカだけだ。正体を知っている彼の前でなら問題ない。
その魔力で彼女を持ち上げて、その下に自分の腕を差し入れた。いわゆるお姫様抱っこに見える格好である。これなら彼女が突然目を覚ましても抱きかかえられているように見えるし、私が直接触れているわけでもないので傷つける心配もない。
「よし、これでいこう」
「……いつも思うんだが、その魔法は不思議だな」
「ジジもこの魔法には興奮してたよ」
こうして無事に女性を野営地まで運んだあと、汚れ一つないリュカと違って真っ赤に染まっていた私は近くの川で綺麗に洗い流し、森林竜の牙で破れた服も着替えてから戻ってきた。その時には女性も目が覚めていて、リュカと二人で話し込んでいた。
「目が覚めたんですね」
「!? 化けてでたのか!?」
「化け……いえ、生きていますよ……?」
そういえば彼女は私が森林竜に噛みつかれた直後に気絶したのだ。目覚めたばかりで私がいなかったら、話題には出しにくいだろうし死んだと思っていても仕方がない。
しばらく混乱していた女性も、いくつか言葉を交わせば私が生きていることを確信できたのか落ち着いた。
「あの状況で助けられたのか……すごいな、貴殿の腕前は……」
「……いえ、私の力ではありません。彼女の力があってこそですよ」
「ああ、しかもなんと謙虚な……戦士として尊敬に値する」
鬼人の彼女に対してリュカは表情を引っ込めてしまっているが、少々困っているようにも見える。あの状況で私が頑丈過ぎて無傷だった、という説明をするのはなかなか難しいだろう。
私が竜であるためにヒトの力を超えている、と正直に明かすわけにはいかないし、リュカがやったのだと思っていてくれた方が面倒はない。彼もそう思っているのか、詳しい説明はしなかった。
「私の名はカガリ。近くに私たちの集落がある。……恩人である二人を是非、招待したいんだ」
「いえ、お気になさらず」
「そういわず、頼む。鬼人として恩人に礼もできずに返したら、先祖に顔向けできない」
カガリの性格なのか鬼人族の特徴なのか、どうやら随分と生真面目な武人らしい性質のようだ。彼女の強い押しに根負けして、私とリュカは鬼人の集落へと招待されることになった。
彼らの集落はどことなく懐かしい雰囲気で、にほんむかしばなしにでも登場しそうな日本の農村に近い。ただ鬼人はとても背が高いため、建物の大きさは彼らに合わせてかなり大きいのだが。
頭に角を生やし、背が高く、筋肉質で、武人のような出で立ちの彼らは、荒んだ鋭い眼光で私たちを迎え入れ――何故か宴がはじまった。
「リュカに乾杯!」
「竜殺しの英雄に乾杯!」
「スイラに乾杯!」
「癒しの聖女に乾杯!」
リュカは英雄扱いで祭り上げられており、とても静かな表情をしていた。ある意味慣れているのだろうけれど、喜んではいない様子である。私も私でありがたがられて、リュカと同じように鬼人に囲まれていた。
鬼人族は集落の周辺に住み着いた森林竜に困らされていたらしい。交戦が続き負傷者もかなり多く出ていて、そろそろ限界だったようだ。集落の中でも英傑とされていたのがカガリであり、彼女が最後の砦だった。
そんな彼女までも危機に陥ったところで現れたのが私たちだ。リュカは森林竜をすべて屠った英雄として、私は傷付いた彼らを放っておけず治癒魔法を使った結果、戦士を癒した聖女扱いになってしまい、あれよあれよという間に大歓迎、お祭り騒ぎになったという訳である。
(夜明け頃に村に入って、怪我人を治療したら……あっという間にみんな元気になって、宴の用意を始めちゃうんだもんなぁ)
というわけで、カガリと出会った翌日の夜。鬼人たちの集落で開かれた宴の主役として、私とリュカは参加しているのだった。
森林竜も原形の残っていたものは持ち帰られて料理されており、綺麗に骨だけにされた一体が飾られている。この村にはもともと宴用の広場があるようで、中心では大きなキャンプファイヤーが行われていた。
鬼人たちも酒が好きなようで大いに飲んで騒いでいて、私とリュカはそれぞれ別の鬼人たちに囲われて話をせがまれ、自然と距離が離れている。
時が経つほど鬼人達も酔いが深まり、ずっと話をしていた者たちも歌う踊るなどはしゃぎ始めて、ようやく一息吐けそうになった時。ふと、リュカの姿がないことに気が付いた。
(あれ、どこに行ったんだろう。……騒がしいのは得意じゃないから、どこか静かなところにでもいるのかな?)
それなら私も一緒に休憩しようと思い、そっと宴を抜け出した。賑やかなかがり火から離れ、村はずれの方へと歩く。休むなら集落よりも森の方に行くと思ったからだ。
そうして宴の声も聞こえなくなってしばらくすると、月明りに照らされてきらりと光る金髪を見つけた。一緒にいるのはカガリのようで、二人は向き合って何かを話している。
「リュカ、どうかこの集落に残ってくれないか? 私は……貴殿と仲を深めたいのだ」
そんな言葉が聞こえてきて、私はピタリと足を止めた。
次回、リュカの告白。
集落でのスイラの活動なんかは第三者視点で書きたいところですね。