6話 春の訪れ?
試し射ちが終わった後、リュカはゴーンに「白竜の弓」のことを広めないようにと口止めしていた。ゴーンはにやけながら「仕方ねぇな」と了承していたけれど、本当に黙っていてくれるだろうか。……リュカはそれでも問題ないと判断したようなので、大丈夫なのだろう。
それから三日ほどでリュカの矢も出来上がったので、私たちはドワーフの国を出ることにした。
「また遊びに来いよー! 近いうちにな!」
「俺たちが死ぬ前にな! ガハハ!」
ゴーンだけでなく、毎晩のように飲み会を開いて一緒に騒いでいたドワーフたちに見送られて、洞窟へと入る。リュカは彼らの声が聞こえなくなるとほっと小さく息を吐いた。大勢に注目されるのはあまり好きではないらしい。
「無事に出られてよかったな。……君の人気が異様だったから、もっと引き留められるかと思ったが……」
「送別会は派手だったけどね。……またそのうち遊びに来る?」
「そうだな。できるだけ早めに……何年後かにはこよう」
「早め」が「数年後」であるところが長命種のエルフらしい感覚である。だからこそドワーフたちは、早く来るようにと言うのだろう。
二人旅に戻った私たちは、次の目的地へと向かって歩き出した。
「海の方へは行ったことがないだろう? そっちに行ってみようか。……海辺の料理というものもあるからな」
「うん!」
私の趣味嗜好を大分心得ているリュカの提案で、私たちは海を目指して旅をすることになった。本来ならヒトの街に戻り、魔車に乗って移動するのが早いのだろう。だが私は竜の体重であるため、ヒトを運ぶための小さな魔物には重すぎる。
リュカの弓を実戦で慣らしつつ南下して、彼が納得できるくらい弓が馴染んだら、私が飛んで近くまで運べばいいという話になった。
夜はいつものように野営の準備をして、火を囲いながらリュカが作ってくれた料理に舌鼓を打つ。今日はひき肉を丸めてスープで煮込んだ、つみれ汁のような料理だ。こってりとしたとろみのあるスープに肉汁が溶け込んでいて、スープも肉も美味しい。つみれ汁というより、スープハンバーグと言うべきかもしれない。
「やはり、戦闘となるとまだ手元が狂うな」
「私もよく加減を間違えて粉砕しちゃうしね」
「…………今なら君の気持ちがよく分かる、というわけだ」
何故今日の肉がひき肉かといえば、リュカの矢が魔物をミンチにしてしまったからである。私のように跡形もなく消し飛ばしたわけではなく、ズタズタになってギリギリ原型をとどめているくらいの魔物の肉が出来上がった。
だから今日はそれをさらに細かくしたひき肉料理なのである。そんな料理を平らげて片付けたら、しばらくのんびりと二人で話をする。この時間にお互いの言葉を教えたり、エルフの習慣について聞いたり、ジジとの暮らしについて話したりするのだけれど、私は結構この時間が好きだった。
「スイラ、一つ聞いてみたかったんだが……竜は、恋をしたらどうするんだ?」
「え、恋……?」
「エルフの習慣については結構話しただろう? 竜はどうなのかと気になったんだ」
たしかにエルフの習慣についてはいろいろと教えて貰っている。それは私がハーフエルフのフリをするために必要な知識だから教えてくれているというのもあるのだろうけど、これは種族の違うお互いを理解するためでもあるはずだ。
そういえば竜の習慣についてはあまり話したことがなかったように思う。……だが、私は他の属性竜とは結構違うので、腕を組みながら少し悩んだ。
「私は同族と合わないし、竜に恋することはないと思うから感覚的なことは分からないんだけど……卵を産んでほしくなったり、産みたくなったりするんじゃないかな?」
「…………たまご……」
「黒竜がよく言ってたからね。生まれたその瞬間に卵を産んでくれーって言われて、吃驚したよ」
私には理解できない感覚である。前世が異世界人である私からすれば同族は恐竜のようなもので、かといって竜として生まれてしまった以上本能的にヒトを愛せるかどうかも怪しい。私が経験することはなさそうだ。
「あとは、名前を教えるのかな」
「名前?」
「うん。竜はね、名前を持って生まれるんだよ。でもその名前は魂に繋がっているから、名を呼んで命じられれば逆らえない。命を預けるようなものだから……最大限の信頼と愛情表現になるのかな」
黒竜は私に名前を教えようとしてくるので、それを聞かないように、覚えないようにといつも遮っていた。おかげで私の中の彼はいまだに「カスタードマフィン」である。
あの竜は私のことが好きなのかもしれないけど、私は彼の命を握りたくはない。そんな重たい責任を持つほど、私は彼に情を抱いていない。むしろ苦手である。
「でも私はそれがすごく重たいことだと思ってるから、お互いにそれくらいの気持ちがないと教えちゃいけないと思ってるよ」
「……そうか」
リュカにだって私の真名は伝えていないのだ。この世界で一番親しいのは彼なのに、そんな相手に教えていないことを他の誰かに伝えるはずがない。
リュカだって私の命を預かるのは重たいだろう。それに、私はスイラという名前も偽物だとは思っていない。
「”スイラ”は、たしかに本当の名前じゃないんだけどね。……リュカがそれで呼んでくれたから、私の名前になったんだよ。ヒトの世界で生きる私の名前は”スイラ”で間違いないって思ってる」
この世界では私以外の誰も私の真名を知らず、呼ぶこともない。でもリュカに名乗った「スイラ」という名は、彼に呼ばれて初めて私の名前になったと思っている。リュカが優しい声でその名を呼んでくれる時、私は自分に語り掛けられているのだとたしかに自覚できるから、これもまた私の名前で間違いないのだ。
「……リュカ、どうかした?」
「いや……君がヒトとして最初に出会ったのが私でよかったと、そう思ってな」
「うん! 私もそう思ってるよ」
竜としてヒトと初めて出会ったといえるのはジジ。ヒトのフリをして初めて出会ったのがリュカだ。私にとってはどちらが欠けても今の私にはなりえないし、大事な存在である。……ジジはもう亡くなってしまったので、直接言葉を交わすことはできないけれど。それでも感謝は尽きない。
もちろんリュカにも感謝してもしきれない。そんな彼は長い耳を指先で軽く掻いており、照れているように見える。火の色が反射して分かりにくいけれど、よく見たらまた耳が赤くなっていた。
(もしかしてさっきのは恋バナってやつなのかな。……エルフの恋は穏やかなんだっけ)
竜の恋について訊かれたので、以前リュカが語っていたことを思い出した。他の人種と違ってエルフ族の恋は穏やかだと。あの時のリュカは私のことをハーフエルフだと思っていたので詳しくは聞かされていないのだが、肉体的欲求が少ないということだけは理解している。
(じゃあきっと、恋をしても他人種からすれば分かりにくいだろうね。…………ん? なんか引っかかるような)
頭の奥から何かを思い出しそうだった時、騒がしい音が遠くから聞こえて私は顔をそちらに向けた。リュカも少し間を置いてそちらに気づいたのか目を向ける。
「……誰か戦ってるね」
「そうだな……様子を見に行くか」
「うん」
私とリュカは装備を身に着けて音の方へと向かった。誰かが何かと戦っている音から、近づくほど戦況が分かりやすくなってくる。どうやら苦戦しているらしい。
やがて二つの影を視界にとらえた。片方の影はバランスを崩して地面に倒れ込み、もう片方の巨大な影がそこに襲い掛かろうとしている。リュカは迷いなく、襲い掛かっている方に弓を引いた。
「…………やはり、余裕がないと調整がな」
「うん、わかる」
進行方向にあった木を一本吹き飛ばしてそれでも狙い通りに影を射抜いた矢は、その標的を木っ端微塵に吹き飛ばした。その向こうで新しい木が折れた様子はないので、矢はそのあたりに落ちているはずだ。
襲われていたヒトの確認と矢を拾うために私たちはその場へ足を運ぶ。雲で隠れていた月がその姿を現したことで、何が起きたのかわからずぽかんとしたまま地面に座り込むヒトの顔がよく見えた。
(……角が生えてる……)
たしか角の生えたヒトは鬼人族だ。ヒトの中でも力が強く、体の丈夫な種族である。座り込んでいても私の肩くらいまでの高さがあり、ずいぶん背が高くて強そうだ。しかし彼女が持っている太刀はぽっきりと折れていて、武器が壊れたことで上手く戦えなかったのだろう。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ……」
私が声をかけてもその女性はある方向を見つめて呆けて――いや、惚けていた。
彼女は矢を拾うリュカをじっと見つめたまま、目を離せないでいる。
(……あれ、もしかして……リュカに……?)
これは春の訪れというやつだろうか。私は何とも言えない気持ちで、彼女とリュカを交互に見やった。
リュカの春はもう訪れてるから……。
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