5話 白竜の弓
「光属性の特徴である、強化を生かす工夫を重ねたからな。この弓を使えば強い矢を射ることができるはずだ」
リュカが顔を覆って耳をじわじわと赤く染めながら無言になってしまっている間に、ゴーンが弓の説明を始めた。そんな説明が終わる頃、片手を下ろしいつも通りの表情を見せたリュカは、なんでもなかったかのような声色で言った。
「……試し射ちをするために、一度地上に戻ろうかと思うのですが」
「おう! そっちに掛かり切りで矢の方はまだなんだが、手持ちの矢でいけるか?」
「ええ、問題ありません。……スイラ、行こう」
「ゆっくりしてきていいからな」
ニヤニヤと楽しそうに笑うゴーンに送り出され、白い弓を持ったリュカと共に一度地上へと戻った。地下へと続く洞窟を抜けても周囲に誰の気配もないことを確認したリュカは、歩き出しながら口を開く。
「……弓を贈ってくれたことは、ありがとう。大事に……使おうと、思う」
「うん」
照れているのか歯切れが悪いけれど、リュカはこの贈り物を喜んでくれたようだ。感覚を確かめるためか彼は歩きながら弦を軽くはじいており、小気味よい音が周囲に響いている。
この弓が彼の役に立てば嬉しい。これでようやく弁償ができたことに私もほっとしている。
「……でもスイラ。白竜の素材なんていつ用意したんだ?」
「えっと……ジジの墓に行った時にちょっとちぎった。いい弓ができると思って」
「…………つまりこの弓は君の体でできている訳だな」
そう言われればそうだ。貴重な素材としか見ていなかったので自覚がなかったけれど、ヒトに例えるなら自分の髪や爪で作った作品を贈ったようなものである。
(それって重すぎるのでは……!?)
今更ながらにその事実に気づいた私は慌てた。鶴の恩返しのようなもの、と例えれば聞こえはいい気がするけれど、やっぱりイメージ的には愛が重すぎるメンヘラな恋人である。いや、そもそも私はリュカとそんな関係ではないのでやっぱり重すぎる。
「ご、ごめんね……リュカの弓を壊しちゃったから、いい弓を贈りたくて……白竜の素材を使えばいいのができそうだと思っちゃって、深く考えてなかったよ。白竜の素材なら珍しいけど手に入らなくもないって言ってたし、ちょうどそこにあったし……」
何だここにいくらでも用意できる素材があるじゃないか、と名案を思い付いたつもりでしかなかった。鱗一枚、鬣一本くらい大したものではない。ヒトの感覚でいうと髪の毛を一本抜いてちょっと深爪したかなくらいのものである。それくらいでいい素材が手に入るならいいと思っていたけど例えても髪と爪なのでやっぱりイメージが悪かった。……本当に素材としてしか見てなかったよ。
「私もまさか君が自分の身を削ってまで私の弓を作ろうとするとは思っていなかった。……せいぜいゴーンに口添えしてくれたくらいだとばかり……」
少し視線を泳がせて、言うべきか言わないべきかという様子でしばし唇を結んでいたリュカはやがて決心したように言った。
「エルフは自分で素材を集めて作った弓を伴侶や子供に贈る。いい弓を作って、家族の無事を願う気持ちを込めるんだ。……たまに集めた素材でドワーフに依頼をし、出来た弓を贈るエルフもいる。君はそれだと思われた可能性が高い」
「……うん?」
「ゴーンに……私と君が夫婦だと誤解されている可能性が高い」
やたらとからかうような視線を向けていたゴーンの顔を思い出し、その表情の意味を理解して慌てた。表向きエルフに見える私の行動は、エルフの文化に照らし合わせて見られるはずだ。正体を知らない者にとって私はハーフエルフでしかないのだから、ゴーンには夫へ弓を贈る妻のように見えていたのだろう。
「ご、ごめん……!」
「いや……君にエルフの風習を伝えきれていない私が悪いから。そういう誤解は嫌だろう? どうにか言い訳を考えておく」
「ううん、別に嫌ではないんだよ」
私たちはただの冒険者のパーティーで大事な仲間だ。エルフが同室に泊まるのは珍しいことではないが、ジン族から見ればそれは恋人以上の関係に見える。恐らく今までも私たちを恋人や夫婦として見ている者はいただろう。だから今更ではある。……名前も知っている知り合いに誤解されたことはなかったが。
「でもリュカは困るよね……」
「…………いや、困ることはないが……」
「でも……勘違いされたままだと、好きなヒトができた時に困らない? 私は竜だから、ヒトとそういう関係になることはないと思うけど、リュカは違うでしょう?」
私は種族が違う。けれどリュカはいつか、好きなヒトができるかもしれない。その時隣にいる私と夫婦だなんて勘違いされていたらとても厄介だろう。
だが私の言葉を聞いた彼は、何故だか悲しそうに唇を引き結んだ。……あれ、何か間違ったことを言ったかな。
「私は、ずっと君と居たいと思っている。他の誰かと共に歩むことを考えたことはない。……私は君が好きだからな」
困ったように笑う顔。いつも通り優しいリュカの声色。私の大事な仲間で、私が竜だと知っている唯一のヒト。彼はずっと変わらない。私が竜だと知る以前から、彼が私に向ける目は全く変わっていない。
(だから……気のせい、だよね……?)
彼は私がヒトではないことを理解している。属性竜に同胞を殺され、故郷を焼かれ、竜を憎んで生きてきた。そんな彼が、竜である私に恋愛的な好意を向けるはずがない。
そうだと理解しているはずなのに、リュカの「好き」がそういう意味に聞こえた。戸惑って何も言葉を返せないでいる間に、開けた岩場を見つけて立ち止まる。
「ここでいいか。……スイラ、ありがとう。君が弓を贈ってくれたこと自体は本当に嬉しいと思っている。ただ……やっぱり何かする時は相談してくれ。君の望まない結果になってほしくない」
「……うん、分かった。もうリュカに隠し事はしないよ」
「ああ。……驚かせようとしなくても、君の気持ちだけで私は嬉しいからな」
微笑んだリュカは、矢を撃つ際によく唱えている風魔法の詠唱をして一つの岩に向かって矢を放った。放たれた矢は空気を切り裂き軌道上の地面をえぐりながら岩へと到達し、その岩を木っ端みじんにした後も進み続け、まっすぐいくつかの岩を砕きながらやがて目視できるギリギリの距離の絶壁へとぶつかって、壁に大穴を開けてからようやく落ちた。
衝撃を受けて抉れた崖の上部が崩れ去って巻き起こる粉塵を遠目に、リュカの顔を横目で窺って見ると彼は片手で顔を覆っており、私もちょっとどうしていいか分からなくなってしまった。
「えーと……すごいね。さすがゴーンさん」
普段はこれで堅い鱗を持つ魔物を貫通する程度の威力を出す矢なのだが、その力はかなり増幅されているように思われる。
リュカが魔法を詠唱した途端にいつも以上に弓の周辺に精霊が集まっていたので、かなり力を貸してくれたのだろう。
「…………調整は難しそうだが、慣れればいい弓であるのは……間違いない……と思う。普段は詠唱もいらないな」
「……扱い、難しくてごめんね」
「いや……問題ない」
それからリュカは魔法を使わずに何度か弓を引き、周囲の岩を砕いたり貫通させたりと試し射ちをしていた。粉砕と貫通は使い分けているようだが、どうやってそうしているのかはさっぱり分からない。
かなり真剣な表情なので、本当に扱いづらい弓なのだろう。力が強すぎて調節が難しい、という状況は身を以て知っているので申し訳なくなってきた。……申し訳ないので矢の回収くらいは手伝っているのだが、贖罪になった気がしない。
「おおよそは掴めた。あとは実践で慣れていこうと思う」
「うん……」
「……君の気持ちもこの弓も本当に嬉しいし、大事にする。ありがとう、スイラ。……しかし君の弓に慣れたらもうほかの弓は使えそうにないな、その時は責任を取ってくれるか?」
「うん! その時は責任持ってずっとリュカに弓を贈るね……!」
微笑みながらそんな冗談を口にするリュカからは、お世辞でなく本当に喜んでいるという気持ちが伝わってきた。それでようやく私も笑顔を返すことができたし、笑顔のまますたすたと歩きだしたリュカのあとについていく。
いつも世話になっている彼への恩返しがしたいのだ。私がこのヒトの世界で生きていくために、ずっと協力してくれているリュカに私ができることなら、なんだってしたい。
(……あれ、何か忘れてるような…………まあいいか)
岩場だったのに吹き飛んでほとんど更地になってしまった場所を背にして、私たちはもう一度ドワーフの国へと戻った。
岩を消し飛ばしたついでに考えてたことも飛んじゃってますけど気のせいじゃないですよ。
次はリュカ視点かな…。