4.5話 歴史に名を刻むドワーフ
ゴーンは生まれてから二百年の間を職人として生きてきた。物心ついた時には親の鍛冶場に入り込んでその技を見て学び、金槌が持てるようになったころからは何かしら自分で作っていた。
よそ見などせず、ものづくりにだけ打ち込んで、この国の中では一番腕のいいドワーフとして尊敬も集めている。
(もう百年早く生まれてりゃなぁ……いや、でもまだ五十じゃ俺の腕が追い付かねぇか……)
先代の白竜が死したらしく、その素材がちらほらと発見されたのがゴーンの生まれる五十年ほど前のこと。発見されたその素材を使って武器や道具を作ろうとした者にはドワーフが多かった。
しかし一級品の素材を扱うのは難しいもので、すべて失敗に終わってしまったのだ。見つかった時の素材も経年劣化などの原因で状態が悪かったのもあるだろうが、もったいない。
(今の俺なら絶対にものにしてやるって自信がある。……だが、属性竜の素材なんて一生お目にかかることはねぇだろう。……エルフのように、もっと寿命が長けりゃなぁ)
ドワーフの平均寿命は三百歳を超える程度。あと百年もすれば年老いたゴーンは金槌を振るえなくなっているだろう。しかしそれまでに属性竜のうちのどれかが死に、その素材が手に入るなんて奇跡が起こるとは思えなかった。
しばらく前に関わったエルフ二人組の冒険者を思い出す。あの二人の寿命なら、竜の代替わりを経験することはあるのかもしれない。
(そういやあの二人はいつになったら来る気だ? エルフのやつらは時間感覚がずれてるからな、まさか俺が死んだあとに遊びに来たりしねぇだろうな)
ゴーンは元々エルフという種族が嫌いだった。人間の中で最も寿命の長い種族で老いを知らない。そのせいか他の人種を下に見ている節がある。自分たちが完璧で、人間の完成形で、最も正しい存在なのだと思いあがっているのだ。
そんな思想だからこそ基本的に同族とのみ生きるエルフだが、たまに他人種と関わることもある。しかし彼らの他人種に対する差別意識は相当なもので、それを愉快に思う者はいない。あちらこちらに残っているような、エルフと関わった話を聞いても気持ちのいい内容はでてこないのである。
(まあ、あの二人はそうでもなかったな。普通の冒険者で……いや普通って言っちまうと語弊があるんだが)
名の知れたS級冒険者のリュカと、彼が面倒を見始めた新人冒険者のスイラ。エルフとハーフエルフという、冒険者では他にいない珍しいパーティー。
エルフにしては物腰が丁寧で柔らかく、他人種を見下す様子もなく、それでいて実力も兼ね備えた二人だ。エルフ族全体の見方は変わらないものの、この二人に関してはゴーンも気に入っていた。
「おーい! ゴーンさん! お待ちかねの客がきたぞー!」
「あー? 客だって?」
知り合いの声に呼ばれて家を出た。するとそこには数カ月ぶりの懐かしい顔が並んでいて、相も変わらず儚げで美しい少女ははにかむように笑っていた。
いままで職人一筋で愛だの恋だの浮ついた気持ちを抱いたことなどなかったゴーンでも、彼女の笑顔を見るとぐっと胸が詰まる。これだけ愛らしくて謙虚でありながら酒も腕っぷしもゴーンより強いのだ。この見た目と中身の差異がとんでもなく心に刺さるのである。
そんな喜びの再会後、家に招き入れた二人へ、以前の約束通り何か作ってやると提案した。リュカに矢を作ってやることはすぐに思いついたが、問題はスイラの方だ。
何せ彼女は力が強すぎて武器を必要としない。素手で殴るのが一番強いという状態なのである。これではゴーンは何の役にも立てない。
「ああ、それなら一つ作ってほしいものがありまして……リュカの弓を作っていただけませんか。材料はありますから……その、リュカにはどうか内密に」
「ほほーう……?」
聞いたことがある。エルフは家族の無事を願って、良い弓を伴侶や子供に贈る習慣があるのだと。逆に言えば家族以外は弓を贈ることはないのだ。
伴侶へ贈る最高の弓を求めてドワーフへ依頼をしに来たエルフの話はこの国にも残っている。つまり、スイラはリュカにそれをしたいのだろう。
(この数カ月で随分絆が深まったんだな。まさか結婚までしてるとは……完璧にフられちまったか)
女に惚れるなんて初めてのことだった。それは叶わなかったが、しかしそこまで悲しくもない。やはりゴーンにとって一番大事なのは「職人であること」そして「最高の物を作り続けること」なのだ。
愛する伴侶へこっそり贈り物をしたい、なんてかわいらしいことを言う初恋の相手に、しっかり手を貸してやろう。そう決意したゴーンは、スイラの用意した材料を見て目をひん剥くことになる。
「白竜の鱗と鬣です。これで弓が作れませんか?」
スイラが取り出した小さな白い粒は抱えるほどの大きさの鱗へと変化した。白く輝く、美しい鱗。それが何度か目にした下位竜のものではないことは一目でわかる。白竜の鱗。
そしてもう一つ、彼女が握っている太い糸のようなもの。そちらは白竜の鬣だという。
(嘘だろ……!?)
その二つの素材は傷も汚れも劣化もなく、完璧な状態だ。本来、属性竜の素材は人間の行動範囲にやってくるまでに傷つき、劣化しているものである。それでもなお他の魔物を凌駕する素材だからありがたがられているのだ。
先代の白竜が死んで三百年。代替わりの多い属性竜とはいえ、今代が死んだとは考えにくかった。しかし先代の素材であれば状態が良すぎる。
驚くゴーンに、スイラは答えた。白竜と黒竜が争ったガルブの街の付近で、運よく拾ったのだと。
(本当に運がいい!)
人間の側に立つ白竜と、人間を襲う黒竜。光と闇の属性竜が対決した、歴史に刻まれるであろうその戦いを人々は「光闇決戦」と呼んでいる。地下に暮らすドワーフの国にももちろん聞こえてきた、とびっきりの知らせである。そこで手に入った新鮮な素材。もう二度とこんなものが出回ることはないだろう。
「しかし、こいつは本当に貴重な物だ。それを……本当に、俺に任せてくれんのか」
お目にかかることすらないと思っていた素材。職人なら一度は夢に見る、希少素材。競りにでもかければとんでもない値が付き、どこかの国に献上すれば貴族にだってなれるだろう。
それを、たった一度、依頼をしてきただけのドワーフに任せていいのか。しかもゴーンはエルフが嫌いで、スイラに出会ったばかりの頃はかなり態度が悪かった自覚もある。
(いいのかよ、俺を……そんなに、信頼しちまって)
下手をすれば持ち逃げされる可能性だってあるし、引き受けたとしても腕が悪ければ素材を台無しにしてしまう。……しかしスイラは何一つ疑っていない様子で、変わらぬ微笑みを浮かべて頷いている。
「はい。リュカに合う、素晴らしい弓をお願いします」
貴方ならこの素材を生かせると信じています。そんな声が聞こえた気がした。
この信頼に応えなければ男が廃る。いや、ドワーフの職人としての誇りが腐ってしまう。恋だの愛だの、そんなものは関係ない。
職人一筋に生きてきた、金槌に命を懸けてきた者として。絶対に白竜の素材の能力を引き出した素晴らしい一張を作り出して見せる。
「おう! 任されたぜ! この感謝、一生忘れねぇよ。必ず信頼に応えて見せる」
体のうちに情熱が滾る。こんなに熱い仕事はこの生涯に二度とないだろう。今までずっと、槌に人生をささげてきてよかったすら思えた。
リュカの身体数値など必要な情報を得たらさっそく仕事に取り掛かる。白竜の力が籠った素材を上手く加工して、弓の形へと変えなければならない。
この加工の工程で素材が持つ力を失わせてしまうのが三流、半減させてしまうのが二流。一流はその力をすべて引き出してこそ。
(白竜の属性は光。ってことは、コイツには強化系の能力と治癒系の能力が秘められてる)
伸ばす方向によっては射た者を治療する、治癒の弓だってできるだろう。だがリュカに必要なのはそれではない。引き出すならば強化の方向性だ。
傷を負うことなどないように。敵を必ず仕留める強力な一矢を放つ弓を作る。白竜の素材ならそれができるはずだ。
その弓の完成には一月近くかかった。矢の方はまだ完成していないが、ひとまず弓だけでも先に見せてやろうと二人を呼び出す。
白く輝く美しい弓。どんな素人が見たって傑作に見えるであろうそれを目にして驚くリュカに、ゴーンは胸を張った。
「どうだリュカ、こいつはスイラの嬢ちゃんからの贈り物だぜ。なんと白竜の素材を使った、この世に二つとねぇ弓だ」
伴侶からこんなものを贈られて喜ばない男はいないはずだ。思った通り、普段ほとんど表情を動かさない男が崩れる表情を隠すためか片手で顔を覆っていた。
(大成功だな、スイラの嬢ちゃん!)
ゴーンの目くばせにスイラも嬉しそうに笑った。ああまったく、いい仕事をしたものだ。
いい仕事をしちゃったなぁ……