4話 伝説の素材
「こ、こいつは……なんて状態の良さだ。白竜の代替わりはたしか、三百年くらい前だろ。どうやったらこんな、まるでさっきまで生きてたみてぇな品質で手に入るんだ?」
それを言われてハッとした。そういえばそうだ、私たち属性竜の鱗は年数経過で生え変わりもしないし、脱皮のような現象も起きず常にピカピカなので忘れていたが、死した竜の鱗は劣化するはずである。
脳内で必死に言い訳を考えた。たまたま保存状態がよかったと言うより、新鮮な素材を手に入れる機会があったと言う方がいいはずだ。新鮮な、竜の素材が手に入る理由。……白竜は最近よくヒトの生息域に出没している。もっとも妥当な理由はすぐに思いついた。
「ほら、あの、竜の街ガルブで……白竜と黒竜が戦ったじゃないですか。私はたまたま近くにいたので……偶然、拾って」
「ああ、あの光闇決戦か! なるほどなぁ!」
黒竜と戦って傷ついた白竜の体から剥がれ落ちたもの。それでどうやら無事に誤魔化せたようだ。リュカに対し自信満々に「大丈夫」とアイコンタクトを送っておいてやらかすわけにはいかない。
ゴーンは私が作業台の上に乗せた鱗と鬣をじっと見つめ、そして非常に真剣なまなざし私へとを向けてきた。
「しかし、こいつは本当に貴重な物だ。それを……本当に、俺に任せてくれんのか」
「はい。リュカに合う、いい弓をお願いします」
「…………おう! 任されたぜ! この感謝、一生忘れねぇよ。必ず信頼に応えて見せる」
「? はい」
私が頼んでいるのに何故かゴーンの方が目に涙を浮かべていた。悲しんでいるのではなく感極まっているといった様子である。……よくわからないが喜んでいるならいいか、と思うことにした。
リュカがこの部屋に来る前に隠す必要があるので、満面の笑みを浮かべながらゴーンは素材を部屋の奥の方に運んで行った。
その後少しして鉱石を抱えたリュカが部屋にやってきたが、素材はもちろん見られていない。
「……問題なかったか?」
「うん、問題なかったよ」
素材の出どころは誤魔化せたし、ゴーンは何も疑っていない。リュカへのサプライズはどうやら上手く進みそうで、何の問題もないと思う。しかしリュカはやはりどこか心配そうな顔をしているように見えた。
「リュカ、今使ってる弓を見せてみろ」
「ええ。……こちらです」
「うーむ……良くも悪くもねぇ、普通の弓だな。これで下位とはいえ竜と戦ったのは無謀すぎねぇか?」
「手に馴染む弓が見つからなかったので」
冒険者にとって武器は己の命を守るための大事な物でもある。リュカはそこそこの弓でも上手く使ってしまえるので、いい弓が見つからないならそのままでも変わらないと買い替えることもなかった。
やはり性能の良い弓を贈りたいと思う私の考えは間違いではないだろう。ゴーンもこの弓で強い魔物と戦うのはお勧めできない、と言いたげな顔だ。
「それならいっそ俺がお前の弓を作ってやるよ」
「……よろしいのですか?」
「おう。スイラの嬢ちゃんには何も作ってやれねぇからな。それじゃあ、ちょっといろいろ聞かせてもらうぜ」
自然な流れでゴーンがリュカの弓を作ることになり、体格や好みに合わせて作るために聞き取りや身体計測が始まった。私はそれをニコニコしながら見守り、それが終わるとゴーンが作業に入ると言うので二人で家から出た。職人の邪魔をしてはいけない。
「スイラ、君がゴーンに頼んでくれたんだろう? 私の弓を作るようにと」
「……あれ、分かっちゃった?」
隠しているつもりだったのにどうやらお見通しだったらしい。サプライズは失敗してしまったようで、ちょっと恥ずかしくなった。けれどリュカはそれでも嬉しそうに微笑んでくれた。
「二人で何か話していたからな、すぐに分かった。……ありがとう、君の気持ちは嬉しい」
「ううん。だって、リュカの弓は私が壊したようなものだし……」
「それは不幸な偶然だ。君のせいじゃない」
彼はそう言ってくれるけれど、私が脅かした氷狼の群れが結果的にリュカの弓を壊す原因になったので、やはり責任は感じてしまう。
けれどこれでその責任はとれたのかもしれない。ゴーンも張り切ってくれていたし、きっといい弓ができるだろう。楽しみだ。
「ドワーフの工芸品は質が高いんだ。街を見て回らないか?」
「うん! グラスも綺麗だったよね。実はキラキラしたもの、結構好きなんだ」
「……たしかに、好きそうだ」
属性竜が金銀財宝を蓄える性質なのは知られている。特に強奪しているのは黒竜で、実際その巣には膨大な量の宝が集められている。リュカもそれを思い出したのか少しだけ声が沈んだ。……やはり、彼は竜が嫌いなままだ。
「……私はヒトから盗ったことはないよ?」
「ああ、そこは疑ったこともない。君はヒト思いだから。……ただ、君にガラス細工を贈ってもかなり気を遣わせるだろうし、壊れてしまったら悲しむだろうなと思っただけだ」
それは確かにそうかもしれない。私は光るものが好きでも、自分で持っておこうとか、自分の装飾品にしようとか、そんな考えはない。
竜の姿であればまだ加減ができてもヒトの姿でいる限り、圧縮された力に振り回される。せっかくリュカにもらったものを壊してがっくりと落ち込む未来はありありと想像できた。
「じゃあリュカが綺麗な装飾品をつけてくれないかな」
「……私がか?」
「うん。ずっと一緒に居るからいつも目に入るし嬉しくなると思う。リュカの髪も綺麗で好きだよ」
「………………うん、そうか。…………髪留めでも探してみよう」
顔を押さえながらもいつも通りの声で提案されたので、たぶん大丈夫なのだろう。彼はいつもシンプルな紐で髪をまとめていたから、その代わりになる綺麗な髪留めを探してみることにした。
ドワーフの街を巡って、リュカの瞳によく似た緑の輝く宝石があしらわれた髪留めを買った。彼の金の髪にもよく似合うし、光に満ちたドワーフの国ではそれがとてもキラキラと光っていて綺麗だ。
「とっても綺麗で似合う!」
「……そうか。君が喜ぶなら、悪くないな」
リュカは普段あまりこういう装飾品を使わないし、興味もないのだろう。けれど今の表情は、慣れないせいか照れはあるけれど嫌がっているようには見えなかった。
「おーい! エルフの二人! 飲み比べ大会を始めるぞー!」
そんな買い物を終えた頃、見知らぬドワーフが私たちを呼んだ。私たちの存在はここに住むドワーフたちに知れ渡っているのだろう。飲み会に参加することまでばっちり通達済みらしい。
太陽の光が届かないこの国では時間の感覚がなくなる。しかし鐘が鳴り響いて時間帯を知らせており、どうやら今鳴っているのは夕刻を知らせる鐘のようだ。この鐘を合図にドワーフたちは仕事を終え、中心部の広場で飲み比べ大会を始めようとしている。
私たちも呼ばれて参加することになったのだが、純粋なエルフであるリュカは酒に弱いため地下水を飲みながら見学だ。一方で私は飲み比べ勝負を挑んでくるドワーフたちを次々に負かし、酔った彼らに腕相撲を申し込まれた際にはゴーンと同じで「腕を動かせたらドワーフの勝ち」という勝負をして完勝した。
「結婚してくれ!」
「いや俺と結婚してくれ!」
「俺なら綺麗なガラス細工を作ってやれる! 結婚してくれ!」
数人のドワーフが盛り上がりすぎて求婚してくる始末だったが、酒の場の冗談だろう。全部しっかり断ったけれど人気者になりすぎて群がられ、加減を間違えやしないかとひやひやしていた時のこと。
「スイラ、酔い覚ましが必要でしょう。……すみませんが、彼女にも休憩を」
「おおっと、そいつは悪かったな。帰ってくるの待ってるぜ!」
リュカの助け舟で集団を抜け出すことができてほっとした。騒がしい広場から離れ、人気のない場所を目指して歩く。大抵のドワーフは飲み会に集まり、それ以外は家の中で休んでいるようで、広場から離れればヒトの気配は極端に減った。
ドワーフの街にはあちこちに休憩用のベンチが設置されている。私たちはそんなベンチの一つに腰かけた。私には必要ないけれど、ヒトであるリュカは座らなければ休めないだろう。
「ありがとう、リュカ。助かったよ」
「君が困っているように見えたからな。……ドワーフと結婚する気も、ないだろう?」
「うん。……だって、私はヒトと違うからね。でも皆はそれを知らないから」
ドワーフたちが見ているのは、以前のゴーンと同じく「酒も腕っぷしも強いハーフエルフ」のスイラだ。もしこれが、実は属性竜がヒトに化けた存在だと知ったらどう思うだろう。少なくとも冗談でも求婚はしないと思う。
(竜を好きになるヒトなんている訳ないからね。……種族が違いすぎるもん)
私がヒトを好きなのと、ヒトに恋愛感情を持つかどうかが別なように。ヒトとて竜に恋愛感情を持つことはないだろう。だから"冒険者スイラ"に向けられている感情は皆、勘違いなのだ。
「私は知っている。……それに、君のことが好きだ」
「知ってるよ。一緒に居てくれてありがとう、リュカ。いつも感謝してる」
リュカは属性竜を嫌っているけれど、私のことは好きで、仲間だと思ってくれている。それはちゃんと理解しているし、得難いことだとも感じているのだ。種族に関係なく私という存在を見てくれているという証拠である。
(そういえば最近、リュカはよく好きだと言ってくれるような……ちゃんと伝わってるのになぁ)
彼が竜を嫌っているのも事実なのでそのあたりを誤解されないようにと心配しているのかもしれない。でも私が感謝を伝えるとリュカはどことなく残念そうに笑うので不思議だ。
ゴーンは弓作りにかかりきりになったので、私たちは結局いつものように町はずれにキャンプを作って、ドワーフの国を観光したり、時々個人的な依頼をこなしたりしながら過ごした。……何故かキャンプの周辺で毎夜飲み会が開かれていたが。
そんな日々を過ごして一ヶ月。リュカの弓がようやく完成したと知らせを受けて、私たちはゴーンの元を訪れた。
「見てくれ! 自信を持って言える、最高の出来だ!」
美しい、輝くように白い弓。ゴーンには見えていないけれど、精霊が興味深そうに集まってきている。彼らもたくさん協力してくれそうで、とてもいい仕上がりらしいと素人目でも分かった。
「どうだリュカ、こいつはスイラの嬢ちゃんからの贈り物だぜ。なんと白竜の素材を使った、この世に二つとねぇ弓だ」
弓を目にして固まっていたリュカは、それを聞いて片手で顔を押さえた。……喜んでくれたかな?
サプライズは大成功!(失敗かもしれない)
スイラはヒトが竜を好きになるわけがないと思っているのでリュカが気持ちを伝えても伝わらないところがありますね
次辺りゴーンの視点を挟んでもいいかもしれない…